更新遅め

うみえり

キャラ崩壊あり

百合要素あり



以上のことが大丈夫な方はぜひお付き合いください。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1437987070



――――――







絵里「海未を押し倒したいのよ」



希「は?」







突然の発言に理解が追いつかなかった。



だって、せっかくの休みの日に急にエリチの家に呼び出されて。

相談があるからって。

なにかと思ってきてみたら――。





絵里「聞こえなかった?」



希「うん。ごめんな、ちょっと意識がどっか行ってたわ。もう一回言って?」



絵里「……いいわよ」





絵里「私、海未を押し倒したいの」





希「…………」





これや。



……うん。

まぁ、整理しよか?





希「まぁ、エリチと海未ちゃんが付き合ってるのは知ってるよ?」



絵里「えぇ、ちゃんと皆に話したもの。当然ね」



希「うん……それに、すごく好き合ってるのも二人を見れば分かる」



絵里「ふふっ、そう言われると照れるわね」





そう言いながらも、得意気な表情をするエリチ。

ちょっとイラッとしたけど、まぁ、それはいいやん?





希「それで……」



希「それをなんでウチに言うん?」





正直な話。

海未ちゃんを……そのぉ、押し倒したい……とかっ!

そんなの勝手にしてればいいと思う。

それをウチに言われても、困る。







絵里「えぇと……」





とそこでエリチは目を泳がせた。

なにやら言い淀んでる感じ?



さっきまでのイラッと来る表情じゃない。

もしかしたら、さっきまでのは何かを誤魔化すための……?





希「……エリチ?」



絵里「…………」





今度は黙ってしまった。



……ふむ。

もしかしたら、なにやら複雑な事情があるのかも?

恋愛事なんて、ウチには縁のないものだし。





希「なにか、事情でもあるん?」





だから、ウチは率直に尋ねた。

するとエリチは、





絵里「……笑わない?」





不安げにそう言った。

それにコクンと頷く。

私の様子を見て、エリチはふぅっと息を吐いて。



それから、やっと。

エリチは本当の悩みを打ち明けた。







絵里「実はね、海未と手も繋げてないの……」







――――――

――――――







海未「…………は、破廉恥ですっ!!」



ことり「はぁぁぁ……」







とある日曜日。

ことりの家での女子会でのことです。

相変わらずの海未ちゃんに、思わずため息が出ちゃいました。





海未「だ、駄目ですっ! いけません!」



穂乃果「もうっ! さっきからそればっかり!」





ついに、穂乃果ちゃんも痺れを切らしてそう言います。





穂乃果「なに!? 海未ちゃんは絵里ちゃんのこと嫌いなの!?」



海未「そんなわけないでしょう!? 好きに決まってますっ!」





うふふっ♪

好きに決まってます、だって♪

やーん!

きゅんきゅんしちゃいます♪



でも、それなら……。





穂乃果「なら、なんでっ!?」





バンって机を叩いて、身を乗り出す穂乃果ちゃん。

ことりの言いたいことも一緒に代弁するみたいな勢いで叫びました。







穂乃果「なんで絵里ちゃんと手を繋がないの!?」



海未「破廉恥だからですっ!!」







あはは……。

何度目のやりとりだろう?

乾いた笑いがでちゃいました。







穂乃果「はぁぁ、さっきからそればっかり……」





流石の穂乃果ちゃんもため息を吐きました。

ガックリと肩を落とします。





穂乃果「付き合ってるっていうのに、手は繋がない」



ことり「抱きついたりもしないし……」



穂乃果「ちゅーだってしてないんでしょ!?」



海未「ちゅっ――!?」





絶句。

赤い顔でパクパクと口を開く海未ちゃん。



あらら。

手も繋いでない海未ちゃんには、まだ早かったみたい。





海未「と、とにかくっ!」



海未「そ、そんなことできるわけないでしょう!?」





捲し立てるみたいに。

早口で海未ちゃんはそう言います。





ことり「うーん……」



穂乃果「はぁぁぁ」





どうしたらいいんだろう?

海未ちゃんと絵里ちゃんの問題といえば、それまでなんだけど……。

でも……。





ことり「絵里ちゃん、寂しそうだよ……」



海未「うっ……」





ポツリとそんな言葉が口をついて出ます。

それは海未ちゃんも分かってるみたいで、苦い表情になっちゃった。



それはそう、だよね。



練習のとき、海未ちゃんと組もうとしてる絵里ちゃんの姿をよく見るし。

休み時間も絵里ちゃんは2年生の教室によく来る。

それはもちろん、海未ちゃんと一緒にお弁当を食べるためで……。





穂乃果「帰りだって、絵里ちゃんと一緒に帰ってるのに進展ないじゃん!」



ことり「進展どころか、むしろちょっと離れて歩いてるよね、海未ちゃん」



海未「うぅぅぅぅ」





二人きりで下校してる時の様子をなんでことりたちが知ってるのかも気付かずに、海未ちゃんはさらにうなだれちゃいました。



絵里ちゃんに申し訳ない。

そんな意識はあるみたい。

だけど……。





海未「……どうしたらいいかわからないんです」





どうしたらいいかわからない。

たぶんそれは海未ちゃんの本心。





海未「私だって、絵里に触れたいんです」



海未「好きな人に触れたい。当然じゃあないですか……」



海未「けれど、絵里に触れた途端、私の頭は真っ白になって、体もビックリするくらい熱くなって」



海未「そんな感覚、知らないんですっ! だから!」







海未「怖いんですよぉ……」







ことり「海未ちゃん……」





俯く海未ちゃん。

怖がりな海未ちゃんは、自分の知らないその感覚に怯えてる。



ふと、その姿が昔の海未ちゃんと重なる。

昔、友達になりたいって言えなくて怯えてた海未ちゃんの姿と。



どうにかしてあげたい。

親友がこんなに悩んでるんだもん。

けど、一体どうしたら……?



思考が沈みかけた、その時でした。



――――――







穂乃果「よしっ! 穂乃果たちに任せて!」







――――――

海未「穂乃果?」



ことり「穂乃果ちゃん?」





いきなり立ち上がって叫んだ穂乃果ちゃんに、二人で首をかしげました。





穂乃果「ほら! 海未ちゃん! 手、貸して!」



海未「は、はいっ」



穂乃果「ことりちゃんも!」



ことり「う、うんっ」





そんなことりたちに構わず、穂乃果ちゃんは私たちの手をとって、





穂乃果「ぎゅぅぅぅぅ!!」



海未「え、えっと?」



ことり「穂乃果ちゃん?」





ぎゅぅぅぅぅ、って握りました。

ぎゅっじゃなくて、ぎゅぅぅぅぅって。



それから、ニコリと微笑んで、





穂乃果「ほら!」



穂乃果「穂乃果たちと手を繋いでも、全然恥ずかしくないでしょ!」



穂乃果「だから、大丈夫! きっと絵里ちゃんとも手、繋げるよっ!」





そんなことを言いました。



う、うーん。

そういうことじゃないと思うけど……。

冷静に心のなかでそう突っ込む私。



だけど、





海未「……穂乃果」



ことり「…………」





いつもの海未ちゃんなら。



何を言っているんですか。

それとこれとは別でしょう?



って、言うんだろうけど。



落ち込んでいた海未ちゃんの心には、穂乃果ちゃんのその前向きな言葉がスルリと入り込んじゃったみたいで……。







海未「わ、わかりましたっ!」



海未「穂乃果! ことり!」



海未「私、頑張りますから! だから、一緒に手伝ってください!」







なんて。

目を輝かせながら言うのでした。



あ、あぁ。

これは大変そう、かも?

海未ちゃんが乗り気になったのはいいことなんだけどね?



やる気になった海未ちゃんとそれを見てはしゃぐ穂乃果ちゃんの姿を見て。

ことりはなにやら大事になりそうな予感を感じていたのでした。





――――――

――部室





希「はーい。というわけで、ヘタレなエリチにアドバイスをくださ〜い!」



絵里「ちょ、ちょっと希!?」





エリチに悩みを打ち明けられた次の日。

ウチはある人たちを部室に呼び出した。

それは……。







にこ「はぁぁ、なんでにこが……」



凛「アドバイスかぁ……うーん?」





にこっちと凛ちゃん。



にこっちは面倒くさそうに。

凛ちゃんは真剣に唸りながら。

ウチとエリチの正面に座っている。



え?

なんでこの二人かって?

そりゃあ、決まってるやん?







希「恋人持ちの二人なら、なにかエリチにアドバイスできるやろ?」







というわけ。



餅は餅屋。

恋愛の悩みなら恋人がいる人に聞くのが一番やん?





凛「ふふんっ! 凛に任せるにゃ!」



希「おぉ! 頼もしいね、凛ちゃん」





自信満々の凛ちゃん。

それから、





にこ「はぁ、しかたないわねぇ」



絵里「にこ? 協力してくれるの?」



にこ「仕方がないでしょ? ここまで聞いて、なにもしないのは、にこの主義に反するわ」



絵里「……ありがとう、にこ」



凛「絵里ちゃん! 凛には〜?」



絵里「ありがとう、凛」



凛「エヘヘ♪」





うんうん!

やっぱりウチの人選は間違ってなかったみたいやね!





にこ「ふふんっ、しょうがないから、このにこにーが――」



凛「はいはい!」



希「はい、凛ちゃん」



凛「ふっふっふっ……」



にこ「」





早速、凛ちゃんが手を挙げた。





希「なにかあるん、凛ちゃん?」



凛「うん! いいアドバイスがあるにゃ!」





凛ちゃんに話を振ると、凛ちゃんは自信満々な様子。

これは期待できそうやね。





絵里「……凛、聞いてもいいかしら?」



凛「うん! 任せて!」





にこ「にこが先に手を挙げようと思ったのに……」



希「ドンマイ、にこっち」





落ち込むにこっちを尻目に、凛ちゃんはその提案をした。







凛「凛、知ってるよ」



凛「こうすればいいんだにゃ!」







――――――

――――――







絵里「う、海未!」



海未「は、はい! な、なんでしょう!?」







練習終わりのことです。

絵里が少し大きめの声で私の名前を呼びました。

ビクッと体が跳ねてしまいました。

声も少し裏返って……。





穂乃果「…………」



ことり「…………」





ふと絵里の向こう側に、心配そうにこちらを見る二人の姿が目に入りました。



わかっています。

そんな気持ちで、コクリと頷きました。





絵里「海未?」



海未「あっ、す、すみません……なんでしょうか!」





いけません。

せっかく絵里が話しかけてくれたのです!

しっかりと絵里の顔を見なくてはっ!!





海未「…………」



絵里「え、えっと……」



海未「…………」



絵里「そ、そんなにじっと見つめられたら恥ずかしいのだけれど……」



海未「はっ!? す、すみませんっ」





不覚でした!

つい絵里に見とれてしまいました。

せっかく話しかけてくれたのですから、ちゃんと話を聞かないと失礼ですよね。



軽く呼吸を整えてから、





海未「なんでしょう?」





そう尋ねます。

もちろん笑顔で……で、できてますよね?





絵里「あの、もしよかったらなんだけど……その…………」



海未「? すみません。よく聞こえなかったのですが……」





なんでしょう?

いつもの堂々とした絵里らしくありませんね?

なにやら赤い顔で、モゴモゴと口を動かしています。





絵里「だ、だから……そのっ……」



海未「絵里?」



絵里「…………ない?」



海未「え?」





また聞き取れなくて、聞き返します。

すると、絵里は大きく息を吸ってからこう言いました。







絵里「クレープっ! 食べに行かないっ!?」







――――――

――――――





絵里「はい、海未」



海未「あ、ありがとうございます」





絵里からクレープを受け取ります。

作りたてでまだ温かい。





絵里「あずき抹茶でよかった?」



海未「あ、はい!」





ふふっ。

さすが絵里ですね。

私に聞かないでも、ちゃんと私の好きなものを覚えていてくれて。





海未「…………」



絵里「海未?」



海未「あ、いえ……」





少しだけ胸の奥がむずむずします。

やっぱりこの感覚はまだ慣れません。

ですが、やはりこれに慣れないと、ですよね?



それに……うん。

嫌な感じではない、です。





絵里「さて、どこかに座って食べましょうか?」



海未「あっ、はい!」





絵里の言葉に頷いて、絵里の隣について歩き出しました。

まだ、その間は少しだけ遠いのですが……。





海未「……あ、あのっ! やっぱり払います!」



絵里「え? いいわよ」





ベンチに座ってから、私はそれを切り出しました。



さすがに自分の分は自分で払わなくては……。

そう思ってのことだったのですが、絵里には断られてしまいます。



苦笑いしながら、絵里は続けます。





絵里「たまには奢らせてよ」



海未「い、いえ! 親しき仲にも礼儀あり、です」



絵里「もうっ! そんなの気にしないでもいいのに……私たち、恋人でしょう?」



海未「あっ、うぅぅ……そうですけど……」





恋人、という響きに照れる私。

付き合い出してからずいぶん経ったとはいえ、やはりその響きにはまだ慣れることができていないのです。



そんな照れた自分を誤魔化すように、





海未「クレープ代くらい自分で払いますっ」





そう言ったのですが、絵里の方が一枚上手なようで……。





絵里「クレープ代『くらい』、奢らせなさい?」





私の言葉をそのまま使って、そう言う絵里。

そして、ウインクをひとつ。





海未「うっ……は、はい」



絵里「分かればいいのよ♪」





そう言った絵里の表情は、とても素敵な笑顔で……。



もうっ!

その笑顔はズルいですよ、絵里ぃ。



クレープをいざ食べ始めようとした時です。

ふと気になったことがありました。





海未「……そういえば、なぜクレープなんですか?」





絵里は基本的に買い食いをしない。

生徒会長の任期は終わったから、本当は買い食いを避ける理由はないのですが……。

前にそれを尋ねたら――。



「海未ってそういうのあまりしないでしょ?」



「なら、私もそれに合わせるわ……ううん、合わせたいの♪」



と言われてしまって。

確かに私はあまり買い食いはしません。

これでも園田道場の跡取りですから。

あまり行儀の悪いことはできないんです。



ふふっ。

そんな私のことを考えてくれて……。

やはり絵里は優しいですね。



…………。



ではなく!

そんな絵里がクレープを食べに行こう、なんて。





海未「珍しい、ですよね?」



海未「あっ! 別に嫌なわけではないんですよっ!?」





絵里と一緒にいるだけで、なにをしても幸せですから。

……と心のなかで呟きます。

言葉にはしません、はい。





絵里「……あっ、そ、そのぉ……」



海未「って、絵里?」





なんだか様子が変ですね。

……もしかして、聞いたらいけないことだったんでしょうか?





絵里「と、とにかくっ! 早く食べましょう! クリームが溶けてしまうわ!」



海未「あ、そうでしたね」





半ば強引に話を切り上げた絵里。



まぁ、クリームが溶けてしまうのは困ります。

話すのは程ほどにして、食べましょうか。





海未「では、いただきます」



絵里「……ふぅ」





クレープを食べながら。

今日クラスであったことや練習のことを話します。

ゆっくりとした時間が流れて……。







絵里「あっ」



海未「ん? どうしたんですか?」





クレープを一口頬張って顔を上げると、不意に絵里が声をあげました。



なんでしょう?

少し緊張した表情をしているのですが……。





海未「絵里?」



絵里「…………」





名前を呼んでも返事はなし。

本当にどうしたんでしょう?



もう一度名前を呼ぶと、





絵里「あっ、えぇ」





我に返ったように答える絵里。

それから、私の方を見て――





絵里「じっと、してて?」



海未「――えっ?」





ゆっくり顔を近づけて……。

って!?





海未「絵里っ!?」





体を後ろに仰け反らせながら、彼女の名前を呼びます。

けれど、彼女は止まる気はないようで――。





絵里「いいから……黙って……?」



海未「っ!?」





静かな、でも、逆らえない強い口調。

反射的に私は目を閉じてしまいました。





絵里「…………」



海未「……っ」





目の前が見えなくても、なんとなく息遣いは感じられます。





あぁ……。

また頭が真っ白に――。







――――――

――――――





絵里「…………」



凛「…………」



にこ「…………」



希「言い訳を聞こう」



絵里「…………はい」





部室のイスに座って小さくなるエリチに、ウチはそう言い放った。





絵里「あの……」



希「言い訳はいいやんっ!!」



絵里「ひいっ!?」





怯えるエリチ。

でも、そんなの関係ない。





にこ「不条理ね」



凛「んー、でも、これは絵里ちゃんも悪いと思うにゃ……」



にこ「……ま、そうね」





凛ちゃんたちがなにかを言ってるけど、今のウチには聞こえない。



希「なぁ、エリチ?」



絵里「はい。なんでしょう、希さん」



希「頑張るって言ったやんなぁ?」



絵里「はい。言いました」





うん。

確かに聞いた。

ウチ、この耳でしっかり聞いた。

凛ちゃんが出した案を頑張って実行するって。





希「海未ちゃんの口元にクリーム付いてたよね?」



絵里「はい……」



希「それをどうするってアドバイスやったっけ?」



絵里「…………」



希「……どうするんやったっけ?」



絵里「……ペロッて、舐めるって……」



希「そうっ! なのに、なのにっ!」







希「なんで、ハンカチで拭いただけっ!?」



絵里「ひいっ!?」







あの海未ちゃんでさえ雰囲気に流されて、目まで閉じたのにっ!?

あれやん!?

もう、あれやんっ!?







希「こんのっ、どヘタレがっ!?」



絵里「ひぃぃぃぃっ!?」









にこ「はぁ、まったく情けないわねぇ」



凛「え? にこちゃんがそれ言うの?」



にこ「……なんか言った?」



凛「絵里ちゃんダメダメにゃぁ! 男前なにこちゃんを見習ってほしいにゃぁ!」



にこ「……わざとらしいわよ」





――――――

――海未の部屋





海未「あ、あぁ……ハレンチですぅ」





さっきの絵里ちゃんとのことを思い出して、真っ赤な顔をしている海未ちゃん。

自分の顔を両手で覆っています。





ことり「いい雰囲気だったのになぁ」





そんな海未ちゃんを見て、ポツリと言葉がもれました。



ホントにいい雰囲気だった。

見た目は大人っぽい二人の落ち着いた雰囲気。

それに、クレープ……。





ことり「……あれは、絵里ちゃんが悪いよね」





あそこでクリームを舐めとってあげないのは、海未ちゃんに失礼だよ!

もう!

海未ちゃんも相当のヘタレさんだけど、絵里ちゃんも相当だよぉ……。





海未「え、絵里の顔がぁ……あぅぅぅ」



ことり「……はぁぁ」



海未「……こ、ことり! 助けてくださいっ、さっきからずっと頭も胸もモヤモヤするんですっ」





なんて。

少しだけ涙を浮かべて、海未ちゃんは言います。

この間の威勢はどこに行っちゃったんだろう。



……こういう時に限って、穂乃果ちゃんもいないし。

うーん。

しかたないです!





ことり「ねぇ、海未ちゃん?」



海未「は、はい」



ことり「頑張るんだよね?」



海未「うっ……」



ことり「……だよね?」



海未「はい……」



ことり「よしっ!」





海未ちゃんがコクリと頷くのを見て、ことりはある提案をすることにしました。







ことり「海未ちゃん」



ことり「絵里ちゃんともっと近づける作戦があるんだけど……」







――――――

――教室





失敗から一夜明けて。

希に怒られ、傷心の私は深いため息を吐いた。





絵里「……はぁ」





あんなに怒らなくても、という気持ちと。

自分の不甲斐なさに対するため息。



そんなため息を聞いていたみたいで……。





にこ「昼休みなのに、辛気臭いわね」



絵里「にこ……」





にこが話しかけてきた。

にこも事情を知っているから、少しは私の気持ちを察しているよう。





にこ「……お昼は?」



絵里「……」



にこ「はぁ、あんたも面倒ね」





そう言って、机の上に紙パックのジュースを置いた。

イチゴオレ、ね。





にこ「にこの奢りよ」



絵里「……ありがと。いただくわ」





今はにこの優しさがありがたい。



ストローを差して、一口飲む。

……おいしい。





にこ「ま、にこも絵里のこと笑えないからね」



絵里「……?」



にこ「あの子曰く、にこはヘタレらしいから」



絵里「ふふっ」



にこ「笑うな、ヘタレ」



絵里「うぐっ」





そんなやりとりを交わして。

ふと、にこが教室の入口辺りに目を向けた。

それに倣って、私もそちらを見ると……。







海未「……こんにちは、絵里」







海未がいた。

3年の教室だもの、通りかかったってことはないわよね。





にこ「さっさと行ってやりなさい」



絵里「えぇ」





にこの言葉に頷いて席を立つ。

……よし。





――――――

――生徒会室





海未と一緒に生徒会室にやって来た。

もちろん、二人でお弁当を食べるために。



……うん。

やっぱりお昼は誰も来ない。

海未と二人きり、か。

…………よしっ!





絵里「それにしても珍しいわね?」





私はそう切り出した。

実際、海未が3年生の教室に来るのは珍しい。

まぁ、上級生の教室ってだけで抵抗があるのは分かる。

だから、いつもお昼は私が海未を迎えに行ってるんだし。





海未「あっ、その……別に深い理由はないのですが……」



絵里「そう」





海未の目が少し泳いだのがわかった。

深いことは聞かないことにしましょうか。

誰にだって聞かれたくないことだってあるものね。





絵里「それじゃ、食べましょ?」



海未「あっ、そうですね」





海未の少し安心したような表情を見てから、お弁当の包みを広げる。

ふたを開けて……って、あら?





海未「絵里? どうかしたのですか?」



絵里「あー……」





失敗したわね。

ちゃんと入れたはずだったのだけど……。



絵里?

私の名前を呼ぶ海未に、苦笑いを返して、





絵里「……えぇと、はしを忘れてしまったみたい」





正直にそう告白した。



ふふっ。

まったく絵里は、たまに抜けているんですから。



いつもの海未ならそんな風に微笑むんだろうな。

そんな風に思ったのだけど……。





海未「っ!?」





なぜか目を見開いて、驚いた様子の海未。

って、なんでそんな反応?





絵里「なんで、驚いているの?」





その様子を不思議に思って、そう尋ねた。





海未「……い、いい、いえっ!」



絵里「?」





けれど、海未は狼狽えてしまって、答えは返ってこない。



おかしな海未ね。



その様子は少し気になった。

だけど、お昼休みもそこまで長いわけじゃないし……。

せっかく海未と一緒にお弁当を食べられるんだもの、早く箸をとってきましょう。



そう判断して、私は、





絵里「ちょっと待ってて。職員室に箸を貰いに行ってくるわ」



海未「っ!?」





そう言った。

すぐに戻ってくるわ。

そう言って、生徒会室のドアに手をかけたところで――







海未「待ってくださいっ!」







海未に呼び止められた。

珍しく大きな声。



えぇと?

なにかしら?



海未の方に向き直って、尋ねる。

すると、海未は少しだけ赤い顔で……。







海未「あ、あのっ!」



海未「わ、私のっ……その、箸を――」







――――――

――――――





穂乃果「もうっ! 海未ちゃんのヘタレっ!」



海未「うっ!?」





作戦決行後の夜。

穂乃果ちゃんの部屋に、穂乃果ちゃんの怒った声が響きました。





穂乃果「なんでさっ!? なんで、あそこで引いちゃうのっ!」



海未「だ、だって……」



穂乃果「だっても、へちまもないのっ!」





……へちま?

って、ヒートアップしちゃってる穂乃果ちゃんを止めなきゃ!





ことり「ま、まぁまぁ、穂乃果ちゃん」



穂乃果「……ことりちゃん」



ことり「海未ちゃんだって頑張ったんだよ?」



海未「そ、そうですよっ!」





穂乃果ちゃんを宥めることりの言葉に便乗するみたいに、海未ちゃんも同意しました。

……はぁ、まぁいいや。





ことり「普通の海未ちゃんだったら、お昼に誘うことだってできなかったよ?」



ことり「ことりたちに泣きついて、『穂乃果、ことりぃ! 一緒についてきてくださいぃ』なんて言ってた海未ちゃんだよ?」



穂乃果「……うーん。まぁ、それと比べたら……」



ことり「結局、箸を一緒に使いましょうって言えなかったけど……」



穂乃果「ねー! はぁぁぁ」





海未「…………うぅ」







チラリと海未ちゃんを横目で見ると、海未ちゃんは案の定うなだれちゃってます。



と、海未ちゃんが何も言わないことをいいことに、穂乃果ちゃんはさらに文句を続けます。





穂乃果「もうっ! せっかくことりちゃんが絵里ちゃんのお弁当箱から箸を抜き取ってくれたのにっ!」



穂乃果「そのチャンスをモノにできない海未ちゃんはダメダメだよっ!!」



海未「…………」



穂乃果「まったくぅ! いつも穂乃果にはちゃんとしなさいって怒るのに、海未ちゃんもちゃんとできてないじゃん!」



海未「…………」



穂乃果「ヘタレー! ヘタレ海未ちゃんっ!」



海未「…………」





海未ちゃんの体がプルプルと震え始めたのが見えました。

あっ……。





ことり「ほ、ほのかちゃん、そのくらいで……」





これは危ないっ!

そう思って、穂乃果ちゃんを止めようとしてももう遅い。





海未「穂乃果っ!!!」



穂乃果「ひっ!?」





あぁ……遅かったです。

海未ちゃんはものすごい形相で、穂乃果ちゃんに詰めよって、





海未「そんなこと言って、穂乃果も人のこと言えないでしょう!?」



海未「いつもいつも、ちゃんとしていないあなたが私に説教など100年早いです!!」



穂乃果「な、そんなことっ!」





海未「今日、授業中に寝ていたのは誰ですかっ! 生徒会の仕事もためて! 誰がその処理を手伝ってると思ってるんですかっ! それに、最近体重も増えたでしょうっ!! あれだけ自己管理をしっかりしなさいとっ!」





穂乃果「そ、それは今関係ないでしょ! 今は恋愛の話で――」





捲し立てる海未ちゃんに、穂乃果ちゃんはなんとか反論をしました。

でも、それは……。





海未「あれ? 告白できなくて、私とことりに泣きついてきたのはどこのどなたでしたっけ?」



穂乃果「うぐっ、そ、それはっ……」



海未「ほらっ! 告白も『ちゃんと』できない穂乃果が、私のことをヘタレなんて言う権利はないんですよっ!」



穂乃果「な、なにをぉ!!」





ヒートアップしていく二人。



あわわわっ!?

ここまできたら、もうことりには手に負えません。

頼みの綱は――







「お姉ちゃんっ! うるさいっ!」



「海未ちゃんもっ! 絵里さんに言いつけるよっ!」







穂乃果「」



海未「」





壁越しに聞こえた声に黙る二人。





海未「……言い過ぎました」



穂乃果「……ううん。穂乃果の方こそ」





ことり「あはは……」







――――――

――部室





にこ「で? 今度はにこに案を出せって?」



希「せやね。同じヘタレなにこっちなら、エリチでも出来そうな案を考えつくやろ?」



にこ「喧嘩売ってんの?」





売ってない売ってない。

そう言って、ウチはヒラヒラと手を振る。

じろりとウチのことを睨むにこっちに、エリチが話しかける。





絵里「……私からもお願い、にこ」



にこ「絵里……」



絵里「もう、にこだけが頼りなの」





そんな風にエリチは、にこっちを説得する。

……あれ?

にこっちだけが頼りって……ウチもおるよ、エリチ?



そんなウチの内心を察することもなく、二人は勝手に話を進めていく。





にこ「はぁ、しょうがないわね」



絵里「にこ!」



にこ「じゃあ、よーっく聞きなさいよっ」



絵里「えぇ! さすがにこね、頼りになるわ」





希「…………」



凛「ふっ、元気出すにゃ、希ちゃん」



希「……うん」





――――――

――――――





練習も終わり、ほとんどのメンバーが帰っていきました。

部室に残っていたのは……。





絵里「…………」



海未「…………」





私と絵里だけ。

恐らく皆、気を使ってくれたのでしょう。

自然と二人きりの状況が出来上がっていました。





絵里「…………」



海未「…………」





私は着替え終わっているのですが、絵里はまだのようで。

私は絵里に背を向けて、壁を見つめています。





絵里「海未?」





そんな私の背中に、絵里からの声がかけられました。

そちらへは顔を向けず、返事だけを返します。





絵里「……いつも思ってたのだけど、なんで壁の方向いてるのかしら?」



海未「えぇと……」





絵里の質問に、思わず声を詰まらせます。



そ、それは……。

目が泳いでるのが自分でも分かりました。

絵里からは見えないのが幸いしましたが……。





絵里「もしかして、恥ずかしいの?」



海未「うぅ……」



絵里「ふふっ、図星みたいね」





後ろを向いたままでも、絵里が微笑んでるのが分かりました。



そ、そうですよっ!

恋人の着替えを見るなんて!

は、はずかしいですし……破廉恥ですっ!



そう言って、俯く私。

顔が熱いですぅ……。





絵里「恥ずかしがり屋ね、海未は」



海未「……悪いですか」



絵里「うーん、少し困っちゃうかしら」



海未「…………」





顔を見ずとも、絵里が苦笑を浮かべているのを感じ取ってしまって。

何となく居心地が悪くなってしまう私なのです。





絵里「海未?」



海未「え、はいっ!?」



絵里「あ、あの……着替え、終わったわよ?」



海未「はいっ!」





どうやら、今の話は着替え終わるまでの繋ぎだったようですね。

そう思って、私は安心しながら振り返りました。



って!?





海未「え、えりっ!?」



絵里「……なに、かしら?」





思わず、大声をあげてしまいました。

はしたないとは思います。

けれど!





海未「なにかしら、ではないです!」



海未「なんで、着替え終わってないのですかっ!!」





私の目の前には、まだ着替えの終わっていない絵里がいました。

スカートははいているものの、上はまだ下着だけで。

白くて綺麗な肌が、私の目を奪って……。





海未「っ!?」





変な気持ちになりかけた自分を律するように、





―― バチンッ ――



絵里「海未!?」





自分の両頬を叩きます。

それから、その両手で自分の顔を覆いました。

絵里のことを見ないように、と。





絵里「……海未」



海未「ま、まったく! なにをしているのですかっ! 私を騙すなんて!」



絵里「……ごめんなさい」



海未「……は、破廉恥ですっ!」



絵里「…………」





私の言葉に、絵里は答えない。



少しの沈黙の後。





絵里「…………海未」



海未「は、早く上を着てくださいっ! そして、早く――」



絵里「っ!」





帰りますよ!

そう言おうとして、





―― グイッ ――



―― ドンッ ――





海未「きゃっ!?」





体を押されるような感覚。

そして、背中に軽い衝撃。

その衝撃に思わず悲鳴が出ました。



ちゃんと見ないように、と顔を手で覆ってたはずなのに。

気づけば、私の目の前には絵里の顔がありました。





海未「え、り?」



絵里「…………」





絵里はなにも言いません。

さっきまで背中に感じていたひんやりとしたロッカーの温度も、もう感じない。

感じるのは……。





絵里「――海未」



海未「んんっ……」





顔にかかる絵里の熱い吐息だけ。





……なんでしょう。

頭がボーッと……。





絵里「ねぇ、海未……」



海未「なん、ですか……」





絵里の口元に、視線がいって。

絵里がこう言うのが分かりました。





絵里「私のこと、見てくれないの?」



海未「…………」





そう言った絵里は、そのまま私の耳元に顔を近づけて……。







絵里「――私を見て、海未」







まるで、私の精神を溶かすみたいに。

ポツリと絵里はそんなことを呟いて。



……あぁ。

もう、私は――





――――――

――――――





穂乃果「というのが、穂乃果の作戦! どうかな?」



ことり「す、すごい! すごいよ、穂乃果ちゃん!」



海未「た、確かに……」



穂乃果「ふふんっ! そうでしょ?」



ことり「でも、そんな作戦どうやって思いついたのぉ?」



穂乃果「…………」



ことり「……穂乃果ちゃん?」



海未「……穂乃果?」



穂乃果「…………えっと……」





海未「もしかして……実体験、なのですか?」





穂乃果「あ、あぅぅ……」



ことり「そ、そうなんだ……へぇ……」



海未「……したのですか? それとも、されたのですか?」



穂乃果「された、側……」



海未「はぁ、やっぱり……」



穂乃果「で、でもっ! 最初に仕掛けたのは穂乃果だよっ!」



海未「……でも、最終的にはさっき言ったことをされたのでしょう?」



穂乃果「は、はい……」



海未「……まぁ、いいですけど……」



ことり「あはは……。でも、海未ちゃんの場合、問題があるかな?」



穂乃果「問題?」



海未「問題、ですか?」



ことり「うん……。ほら、海未ちゃんの相手って……」



穂乃果「あっ、そっか」



海未「…………」



ことり「つまりね? 穂乃果ちゃんの作戦は――」







ことり「絵里ちゃんが、海未ちゃんに『壁ドン』しなきゃできないんだよ?」







――――――

――――――





海未「絵里、すいませんっ」



絵里「えっ?」





うまくいく。

きっと、そんな風に考えて、その後のことを考えていたせい。

海未の声が聞こえて。

背中に衝撃を感じたのと同時に、私は天井を見ていた。



そんな私に馬乗りになるように、







海未「…………えり」







海未がいた。



焦点の合わない目。

あらい呼吸。

火照ったような真っ赤な顔。

いつもの海未とはかけ離れた姿。



その姿を見ていたら。

なんだかここが部室であることを忘れていきそうな、現実離れしてしまったような奇妙な感覚を覚えてしまう。





海未「……えり」



絵里「んっ……」





海未は私の左頬を撫でた。

熱い温度に、声が……出ちゃうっ。





絵里「海未? ど、どうしたのよ……」



海未「……」





海未は質問に答えず、まだ私の顔を撫で続ける。

左頬から、左の瞼へ。

そこから鼻筋へ。



そして――





絵里「あっ……」





思わず声がもれてしまった。

だって、海未がそこに触ったから。

熱い指で、なぞる。





海未「えりの……くちびる」



絵里「っ、うみっ」





優しく、でも、ねっとりと。

私の唇を触る海未。



このまま、私ここで――



そんな考えが脳裏をよぎる。



その期待通りに、海未は私に全体重を預けてきた。

素肌に、海未の制服のリボンが擦れる。

海未の顔がすごく近い。



そして、海未の顔が耳元に……。







海未「――絵里、好きです」







その海未の言葉は、私の中にゆっくりと溶けていって――。



―― prprprpr







絵里「!?」



海未「…………」



絵里「う、海未っ!!」



海未「え、あっ!?」





突然鳴った電話の音と、私の声に我に返った海未。

自分の体勢を理解してから、





海未「っ!?!?」





真っ赤な顔で、私の上から飛び退いた。





海未「す、すすすす!!」



絵里「ほら、電話。鳴ってるわよ?」





あまりに慌てすぎて、すみません、と言えない海未に、そう指摘する。

実際、海未の携帯はまだ鳴り続けていて。





海未「あっ、す、すみません! 少し出ますね!」



―― タッタッタッ ――





そう言って、海未は自分の携帯を慌てながら取って、部室を出ていった。







絵里「…………」



絵里「…………はぁ」





深いため息が出てしまった。



……あと、もう少しだったのに。

誰よ、このタイミングで電話かけてきたの……。

なんて、心の中で毒づく。





絵里「って、無視すればいい話だったのだけどね」





きっと放っておけば、切れたんだろうけど。

そうすれば、きっと……。



……うん。

それをしなかったのは、やっぱり私の意思。







絵里「これじゃあ、ヘタレって言われても文句言えないわ」







思わず笑ってしまう。

もちろん、苦笑い。





絵里「くしゅんっ」



絵里「……服、着ましょう」





――――――

――――――





海未「も、もひもし」



『もひ?』



海未「ご、ごほんっ! もしもし! なにか御用ですか、ことり!」



『あ、えっと……どうしたかなぁ、って』



海未「どうした、とは……」



『えっと、絵里ちゃんへのアプローチのこと』



海未「っ!?」



『ちゃんと『床ドン』できた?』



海未「…………」



『海未、ちゃん?』



海未「ことり……私は――」



『わっ!? ちょ、ちょっと、穂乃果ちゃぁぁん!?』



海未「えっ?」



『もしもし! 海未ちゃん?』



海未「……穂乃果」



『どうだった!? 穂乃果の作戦ちゃんとやった?』



海未「……まぁ、一応は」



『……え、ホントに?』



海未「え? は、はい……。絵里が私のことを『壁ドン』してきて……なので、絵里を……っ」



『絵里ちゃんが『壁ドン』してきたの……?』



海未「……は、はい」



『………………』



海未「穂乃果?」



『ごめんっ! またかけるね!』



海未「ちょっ!?」





―― ツーッツーッツーッ ――





海未「…………な、なんなんですか……」





――――――

――――――





ことり達との電話を終えて。

私は部室に戻りました。



まだ、絵里が待っているかもしれない。

そう思ったのです。

けれど、





海未「…………いません、よね」





部室には誰もいない。

夕日の赤い光が窓から差し込むだけでした。





海未「当然ですね」





ポツリとひとり呟きます。



当然、です。

待っているわけがない。

あんなことをしておいて、あんな破廉恥なことをしておいて。





海未「ははっ、逃げられちゃいました……」





自分の言葉を耳に入ってきます。

力のない言葉は今にも消えてしまいそうでした。





海未「…………」





穂乃果の立てた作戦とはいえ、実行したのは私自身。

しかも、あのときの私は完全に理性を失ってしまっていました。



もし、あのとき電話が鳴らなかったら?

もし、あのまま進んでいたら?



途中で止めてもこんな結果なのですから、最後まで進んでいたらと思うとゾッとします。





海未「…………はぁ」





ため息を吐いてから、私は部室の扉を閉めました。

ため息はすっと夕日の色に溶けていって。



このまま私も溶けてなくなってしまえたら、なんて。

そう思ってしまいました。





――――――

――――――







絵里「遅い!」



海未「って、なんでいるんですかっ!?」







校門の前。

腕を組んだまま、彼女は私に言いました。

少しだけ拗ねたような表情で、





絵里「恋人を放って逃げるのは、どうなのかしら?」



海未「うっ……」





そう苦言を呈します。



本当に痛いところをついてきますね。

まぁ、当然のことなのですが……。





海未「……本当に、すみません」





たまらず、謝罪の言葉を口にします。

けれど、絵里は許す気はないみたいで……。





絵里「ダメ」





と、一言だけ。

その瞳は、私のことを鋭くとらえていて。



許さない。

口にしなくても分かってしまうその言葉に耐えきれず、私は思わずうつむいてしまいます。





海未「…………」



絵里「…………」



海未「…………」



絵里「…………」





絵里の視線が突き刺さる。

それが痛くて。



けれど、やはり謝らなくてはいけない。

私は決意をして、顔を上げました。



すみませんでした、と。

私がそれを口にする前に、絵里はこう言いました。



――――――







絵里「海未はホント、バカよ」







――――――



そう言った絵里の顔は、どこか困ったように笑っていて。

怒っているようには見えません。





海未「えっ、絵里?」





不思議に思って、彼女の名前を呼びました。

すると、彼女は、





絵里「ふふっ、なに?」





なんて、微笑みを浮かべました。



なんで、そんな穏やかな表情なのですか?



私はそう尋ねました。

私には絵里のその微笑みの理由が分からない。





絵里「ふふっ、そうね……」



海未「絵里?」







絵里「海未が私のために頑張ってくれた」



絵里「それを知って嬉しかったから、よ♪」







そう言って、ウインクをする絵里。



え、えっと?

頑張ってくれた、って?

絵里の言葉に首をかしげます。

いまいち、要領を得ないというか……。



そんな様子から察したようで。

絵里は、本当は言わない方がいいのだろうけど、と前置きをしてから続けました。





絵里「穂乃果から聞いたのよ」



絵里「海未がしようとしたこと」





海未「っ!?!?」



それだけで私は悟りました。





絵里「お弁当に海未から誘ってくれたり」



絵里「あーん、しようとしたり」



絵里「それに、さっきの『床ドン』も」





絵里「そうやって……私と近づこうとしてくれた、のよね?」





海未「…………」





俯いて、無言を貫きます。

だ、だって、今顔を上げたり声を出したりしたら、それを認めることになって。



……恥ずかしすぎますよぉっ!!





絵里「……無言は肯定を示すのよ?」



海未「っ」



絵里「ふふふっ」





そんな私の心中を知ってか知らずか、絵里はそんな風に言って、微笑みました。



海未「絵里は、ずるいです……」



絵里「そう?」



海未「はい……」



絵里「穂乃果たちに作戦を立てて貰った海未の方がずるいと思うけど?」



海未「うぅぅぅ」





なにも言い返せません。

そんな私を見て、また微笑む絵里。

俯く私。





少しだけ静かな時間があって。

それから、





絵里「ねぇ、海未?」



海未「なんですか、絵里」





絵里が私の名前を呼んだ。





絵里「…………」



海未「…………」





また沈黙。

その間、絵里はなにかを考えているようで……。





絵里「……すぅ……はぁぁ」



絵里「よしっ!」





深呼吸の後、なにかを決意したような表情になった絵里。

彼女は私の目を見つめて、こう言いました。





絵里「手」



海未「え?」







絵里「手、繋ぎましょうか?」







――――――

――――――







ねぇ、海未?



私は貴女に、ずるいのは貴女の方だ、って言ったけれど。

本当にずるいのは、私の方なのよ。



あんな風に言っておいて、私だって、希たちに相談していたし。

穂乃果から海未のことを聞いてしまった。

なにより、貴女が頑張ってくれることに甘えようとした。



だから、ずるいのは私。



……うん。

いつかはちゃんと話すわ。

たぶんそう遠くない日に……。



だから、今だけはこうやって貴女の手を引かせて?

貴女をリードする私でいさせて?





いつか、私の覚悟が決まって。

貴女に、嵐のような熱い想いをぶつける日が来るわ。



恋愛が苦手な貴女は、また今日みたいに怯えてしまうかもしれない。

けど、怯えないで。

私も、もう逃げないから。



…………。



もし、私が逃げそうになったら。

もし、貴女が怯えそうになったら。



こうやって、手を繋ぎましょう?

この手を絶対に離さないでいれば、きっと私たちは素敵な未来を手にできるわ。





ねぇ、海未?

私、貴女のことがね――







絵里「大好きよ」



海未「私もです、絵里」









―――――― fin ――――――



――――――





『もしもし?』



にこ「どうしたのよ、こんな時間に?」



『…………』



にこ「ホント、どうしたの?」



『……にこちゃん、もしかして、絵里ちゃんにアドバイスしてた?』



にこ「えっ!? な、なんのことにこっ?」



『だって、普段の絵里ちゃんだったら、『壁ドン』なんて出来ないはずだもん!』



にこ「え、えー? そんなことないと思うけどなぁ♪ ほらぁ、絵里ちゃんって、すごくクールで大胆だからぁ♪」



『…………』



にこ「……うん、ごめん。無理があったわ」



『うん』



にこ「はぁ、そうよ。あれ提案したのは、にこよ。なんだか見てられなくてね」



『……そっか』



にこ「…………うん」



『でも……なんで? なんでそれを提案したの?』



にこ「…………え、えっとぉ……」



『にこちゃん?』



にこ「っ、えー? にこはぁ――」



『にこちゃん』



にこ「うっ……」



『正直に答えてよ……』



にこ「っ…………よかったから」



『え?』







にこ「あんたにされて! すごくきゅんきゅんしたからよっ!!」



にこ「だから、きっとそうすれば二人も上手くいくと思ったの!」



にこ「わ、悪いっ!?」







『…………』



『…………』



にこ「な、なんで黙ってるのよ……」



『………………』



にこ「ねぇ、何か言いなさいよ」



『……えへへっ』



にこ「うっ、なんで笑うのよ……」



『え? なんか嬉しくなっちゃってぇ……えへへぇ』



にこ「っ!? うっさい!!」



『お、怒らないでよー』



にこ「はぁぁぁ、正直に言ったにこがアホだったわっ!」



『に、にこちゃぁん……』



にこ「ふんっ!」



『…………ねぇ、にこちゃん?』



にこ「……なによ?」



『また、してもいい?』



にこ「なにを……?」



『『壁ドン』』



にこ「っ!?」



にこ「やめなさいっ!」



『絶対やる! やるもんっ!』



にこ「うっ……」



『するから! するから、さ……』



にこ「……?」





『にこちゃんもして? 『床ドン』』





にこ「…………」



『……ダメ?』



にこ「……はぁ、しょうが、ないわね」



『ほ、ほんと!?』



にこ「えぇ。にこに二言はないわ」



『やくそくだからねっ!』



にこ「はいはい。分かったわよ――」







にこ「アホのか」



『えへへぇ、してくれるなら、穂乃果、アホでもいいや♪』







にこ「……ふふっ」



『じゃあ、おやすみ! にこちゃん!』



にこ「おやすみ、穂乃果」







―――――― fin ――――――

――――――





凛「かーよちん♪」



花陽「どうしたの、凛ちゃん?」



凛「えへへっ! 凛、こうやってかよちんとデートするの大好きにゃ♪」



花陽「ふふふっ、私もだよ、凛ちゃん♪」



凛「…………」



花陽「? どうかした?」



凛「かよちんのクレープ、美味しそうだね」



花陽「ふふっ、食べる?」



凛「うんっ!」



花陽「はい、どうぞ?」



凛「んっ、美味しいにゃ!」



花陽「それはよかった♪ って、凛ちゃん!」



凛「んー? どうしたのって――!?」





―― ペロッ ――





凛「にゃ、にゃにゃにゃっ!?」



花陽「……クリーム、ついてたよ♪」



凛「あぅぅぅ……」



花陽「ふふふっ、凛ちゃん可愛い♪」







―――――― fin ――――――