「先輩、お疲れ様です」



「おぉお疲れ。久しぶりだな」



「ですね。そろそろ会うかなとは思ってましたが」



「お前煙草なんて始めたのか」



「……えぇ、最近ですが」



「良いことないぞ」



「じゃあ、先輩はどうして吸ってるんですか」



「そりゃお前、良いこと無いからだよ」



「何すかそれ」



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「あららぁ手つきが素人だ」



「そ、そりゃ最近吸い始めたからですよ」



「火が近いぞ」



「すみません…………あぁ、苦い」



「そう思うだろ。驚くことにな、その内何も感じなくなる」



「この苦さに慣れてくんですか」



「慣れて慣れて本数も増える。加えて煙草の値上がりだ。本当に良いことなんて無い」



「でも、止められない」



「止めれないんだよな」









「俺に言えるのは、苦いと感じる内に止めとけって事だけだな」



「それは……無理な相談ですね」



「おいおい、昔は素直に二つ返事だったのによぉ」



「研修中は取り敢えずハイって言えばいいと思ってたんです」



「聞きたくなかったなぁ」



「冗談ですよ。まぁでも……あの頃思ってた事と、現実は違いますね」



「現実はどうだ?」



「それなりです」



「それなりか」



「はい」



「でも煙草は吸う」



「毎日吸いますね」









「お前の担当、ええと……」



「佐久間まゆ、ですね」



「そう、まゆちゃん。最近調子良いみたいだな」



「ですね」



「どうした、あんま嬉しそうじゃないな」



「まさか。嬉しいですよ、仕事は山ほどありますが」



「売れっ子の担当はそうだよなぁ……俺も昔は仕事に潰されると思ったよ」



「今はもうプロデューサーしてないんですよね」



「まあな。楽でもないが、そこまで苦でもない」







「……最近は、声や歌の仕事が増えました」



「ほう」



「まゆ自身も得意らしくて、実力もまだまだ伸びそうです」



「いい事だ。仕事と共に成長するのは、理想の形だ」



「ですね……その分、ダンスの方も伸びて欲しいと思うんですがね」



「先ずは得意を伸ばす事だ。一つ身に付けば、苦手な所への意識も変わる」



「その教えを、まゆにも伝えてますよ」



「善き哉善き哉」



「今でも、先輩に指導してもらえてよかったと思ってます」



「そうかそうか。ほれ、火をどうぞ」



「あ、すみません」







「…………あの」



「ん? どした」



「……いや、やっぱいいっす」



「思わせ振りだな」



「はい、いや…………ですね」



「お前は最初からだんまり決めるタイプだよなぁ」



「結局治らなかったですね」



「その辺俺を見習って欲しかったな」



「先輩は何でも大っぴらに言い過ぎだと思います」



「それくらいの方がこの業界楽だよ。口が軽いと思われてりゃ、秘密を打ち明ける奴は減る」



「それで……味方が減ってもですか?」



「端から仲間が少ないんだよ。社外の人間とは、会話だけでも取引だ」



「初めて聞きました」



「俺も最近分かったからだよ」







「マ、どうあれ機会があったら逃さないこった。例えば今とかな」



「です、か」



「どうせこの時間帯に煙草吹かすのは俺くらいなもんだ」



「…………じゃあ、先輩が煙草吸ってる間だけ、いいっすか」



「あぁ。この1本を味わっとくから、好きに話してくれ」



「ありがとうございます」







「それじゃあ……どこから話せばいいか、分からないんすけど」



「先ずは最近の事を」



「知っての通り、今俺は佐久間まゆのプロデューサーです」



「もう直ぐで1年になる位です」



「仕事のメインは雑誌モデルで、声や歌の仕事が次に伸びてます」



「アイドルとしてのステージは、まだ大舞台にも慣れていない感じはしますが」



「プロデュース方針としては、概ね順調です」



「このペースを維持すれば、アイドルとして問題は全く無いです」



「このままなら……」









「まゆは、いい子です」



「礼儀正しくて、レッスンも真面目」



「歌の事となると一生懸命、先生に指導を仰いだり」



「そういう様子で、周りからも一目置かれています」



「元々読者モデルな事もあって、知名度も中々です」



「そこに慢心しない、というかあんまり本人は意識してないみたいですが」



「とにかく、アイドルとしては申し分ない実力があると思います」



「あの子のプロデュースが出来る事で、毎日忙しいですが」



「それでも、充実していると思います」







「……ここからは、個人的な思いです」



「思い過ごしかもしれません。そう思ってもらって構いません」



「まゆをプロデュースしている間は、充実してます」



「でも…………怖い」



「俺は、まゆが怖いんです」



「アイドルとしての佐久間まゆではなく、ずっと側に居る、佐久間まゆが」







「事務所に居ると、ずっと視線を感じます」



「最初は気のせいだって思ったんです」



「俺が信頼出来なくて、不安だからこそ見ているんだって」



「でも、段々と打ち解けてからも、変わらない」



「日に日に距離は近づいてます」



「二人きりになると、怖くて仕方がない」



「あの子がじっと俺を見るんです」



「そして笑うんです」



「俺とは真逆で、あの子は楽しくて嬉しくて、堪らないみたいです」







「どうしてまゆがそんな顔を見せるのか、俺には分かりません」



「佐久間まゆのプロデュースなら、自信があるのに」



「いざまゆ本人の事になると、俺は何一つ分からない」



「まゆが何を思って俺を見ているか、笑っているか」



「聞いても、答えてはくれません」



「でも、そんな事が何度も続いて、続いて……」



「これが自惚れで、まゆが冗談なら全然いいんです」



「でも、そうじゃない」



「あの目を見たら、とてもそんな風には思えない」



「俺は何時か、まゆに…………まゆから、逃げ出してしまう」







「先輩」



「あぁ」



「そんな短い煙草、吸うんですか……」



「お前こそ早く次の煙草出せ。ほれ、火だ」



「……ありがとうございます」



「取り敢えず今は吸っとけ。頭がぼやけて、楽になる」



「…………ですね。息を吐く度、意識がぼんやりとして……」



「そして引き戻される。それでも、少しの間だけでも……」



「……難儀ですね」



「あぁ、人生は難儀だ」









「雨……」



「あららぁこいつも難儀だ」



「先輩、傘は」



「忘れたよ」



「俺もです」



「梅雨明けたって言ってたろ」



「ですね」



「マ、止むだろ」



「止みますかね」



「あぁ。続くが、何時かは終わる」



「だといいんですが」









「さて、俺は戻る。これ以上はお小言が飛んでくる」



「俺も遅くなるとちひろさんが休憩待ちしてるんで」



「そうか」



「先輩。今日の話は、聞かなかったことにして下さい」



「……あぁ、そうするよ」



「ありがとうございます」



「何もしてねーよ。只一緒に煙草吸っただけだ」



「それだけでも十分ですよ。一人で吸ってるのは楽しくなくて」



「そうか。……マ、また何かあったら此処に来い」



「そうします」



「それじゃあな」











「戻りました」



「プロデューサーさん遅いです。じゃあ私休憩取りますから、その間ここよろしくお願いします」



「はーい」



「ちゃんと時間計ってましたから、私も同じだけ休みますからね」



「はいはい」



「……この後、ミーティングですよね?」



「そうですが」



「出来れば、着替えた方がいいと思いますよ」



「善処します」



「そうして下さい、それじゃ」



「……着替えなんて、持ってないですよ」









「さて。そろそろか……」



「お疲れ様です、プロデューサーさん」



「……お疲れ様。雨、大丈夫だった?」



「ちょっと濡れちゃいました」



「タオルとか持ってないなら探してくるけど」



「お願いします……あ、プロデューサーさん、煙草、吸いましたか?」



「あぁ……ほら、だから離れて」



「いいんです。お疲れなんですね」



「そうでもないさ」









「タオル、ありがとうございます」



「いいよ。しかし雨が続くなら、帰りは送った方がいいかな」



「そうですねぇ。雨、止みそうにないです」



「止まないかな」



「プロデューサーさん」



「何だ」



「今なら、誰も居ません」



「うん」



「いい……ですよね?」







「まゆ、近いぞ」



「近いから、いいんです」



「誰か来るぞ」



「誰も来ません」



「やめてくれ」



「どうして?」



「……煙草、吸いたてだから」



「それでも、いいんです」



「やめてくれ」



「だいじょうぶです……」











「……やっぱり、苦い」