レッスンを終わるとプロデューサーが迎えに来ます。



プロデューサーはいつも自販機の前で待っています。



そして私を見つけるといつも同じことを言います。





「ありす、お疲れ様。なんか飲むか?ココアとかあるぞ。」



「今はレッスンで疲れたのでココアよりスポーツドリンクがほしいです。それと橘と呼んでください。」





私もいつもの決まりきった返事をします。



彼は後ろの自販機でスポーツドリンクと缶コーヒーを買います。



いつも缶コーヒー。



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「はいよ。ありすって名前いいじゃないか。」



「そうやってみんな言いますけど私はあまり好きじゃないです。」



「どうしても嫌か?かわいいじゃないか。」



「どうしても嫌です。日本人ぽくないですし、なんか子どもみたいです。」



「考え方が大人だな。」



「はい。はやく考え方だけじゃなく大人になりたいです。」





はやく、はやく大人になりたいです。

プロデューサーの運転する車で事務所まで帰ります。



前まではあんまり気にしてはいなかったけど、プロデューサーはなんで缶コーヒーばかり飲むのでしょうか?



なんとなくだけど聞いてみましょう。



会話がないのも暇ですし。



だからと言って隣でずっとタブレット弄くってるのは流石に悪い気がしますし。



まあ、ただの雑談です。







「なんでプロデューサーはいつも缶コーヒーを飲んでるんですか?」



「なんかな、缶コーヒーって好きなんだよ。」



「缶コーヒーは糖分が多くて体に悪いですよ。」



「だからせめて微糖にしてるよ。」



「あんまり変わりませんよ。無糖のコーヒー飲めば良いじゃないですか。」



「缶コーヒーのブラックはあまり好きじゃないんだよな。」



「ブラックが飲めないわけじゃないですよね?」



「ブラックは別に飲めるぞ。特にちひろさんが淹れてくれるコーヒーは上手いぞ。」



「そうなんですか?私はまだブラックは飲めないです。苦くて…。」



「ははは、ありすは子どもだな。」





プロデューサーの発言に少しむっとする。



子ども扱いと名前を呼ばれたこと。



でも多分この人は無意識にやっているというか悪意がないというか。



だからこそたちが悪いです。



だからちょっと語気を強めて。





「子ども扱いしないでください。それと橘と呼んでください。」



「ごめんごめん。」





言葉の割にはあまり反省しているようには見えません。



プロデューサーも私のことを子どもだと言うのでしょうか。



年齢は確かに子どもかもしれないけど、中身は大人のつもりです。





「そういえばなんで缶コーヒー飲んでるのかって話だよな。」



「はい。そうです。」





「缶コーヒー飲んでるとさ、仕事しているなって思うときがあるんだよ。」



「仕事している?」



「少し前の缶コーヒーのCMに影響されているのかもな。」



「そうなんですか?」



「前にさ世界を誰かの仕事でできているってCMがあったじゃん?アレを見てからプロデューサーって特殊な仕事だけど俺も世界を作ってるって思うと熱くなってな。」



「少し前に話題になったCMでしたね。それの影響ですか。」



「あとはありすは多分知らないけど明日があるさって曲を使ってたことがあってな。あの曲も好きだったんだよな。」



「その曲は知りませんけど前向きな題名ですね。」



「プロデューサー界では有名な曲だぞ。それでCDデビューしたやつがいるぐらい。」



「プロデューサーがCDデビューしたんですか?」



「某事務所のプロデューサーが歌ってる。」



「不思議ですね…。」



「不思議だな…。」



「だから缶コーヒーを飲むとそれらのCMを思い出すから好きなんですね。」



「そうだな。他にも理由はあるけど。」



「他にもあるんですか。」



「うん。飲むきっかけになったのは違う理由。」



「なにがきっかけなんですか?」



「俺がまだありすと同じくらいの年のころだな。俺の親父がさ、出かけたりすると途中でなんか飲むかっていつも聞いてきたんだよ。」



「今のプロデューサーみたいですね。」



「そうかもな。親父の影響かもな。それでさ俺はいつもジュースを飲んでたんだけど親父はいつも缶コーヒーを飲んでてさ。なんかそれがかっこよく見えたんだよな。だから飲み始めた。」



「かっこよく。」



「そう。なんか缶コーヒー飲めると大人っぽくない?」



「その発言は私より子どもっぽいですよ。」



「あれ?わからないか。それで自分で飲み始めたのは中学のころだな。初めて自販機で缶コーヒー買って飲んだらそれはそれは大人になった気分だったよ。」







「そんなにすごいんですか?」



「ああ、今飲むと甘く感じるけどそれでも当時は苦く感じてさ。苦味が大人にしてくれるきがしたよ。」



「そこまで言いますか。」



「まあ背伸びしてたんだな、俺も。」



「背伸びですか。」



「俺もありすみたいにはやく大人になりたいって思ってたんだよ。」



「どうしてですか?」



「なんでだろうな。若いころってのは些細なことでも気にしたり、嫌になったりするんだよ。大人になったらそれらから解放される気がするだろ?」







「なんとなく…わかります。私の名前のせいで子ども扱いされるのでそれが嫌で…。」



「名前のせいじゃないぞ。ありすは実際子どもだろ。当時自分が大人みたいな発言してる気がしても今振り返ったら子どもだったなって思うこともあるぞ。」



「そうなんですか?じゃあプロデューサーは大人になって変わったことってありますか?」



「特にないな。些細なことが気にならなくなったぐらい。ありすもそのうちわかるさ。」



「わかりますか。」



「ああ、わかるさ。」



「そろそろつきますね。」



「そうだな。」





なんだかプロデューサーの言うことは素直に聞ける気がします。



周りの大人たちとは少しいい意味で違う気がします。





次のレッスンの日。また終わったらプロデューサーが迎えに来てくれます。



いつもの自販機の前。言うこともいつもと同じこと。



ただいつもと違うこと。





「ありす、お疲れ様。なんか飲むか?」



「そうですね、缶コーヒーが良いです。」



「平気か?苦いぞ。」



「多分…、平気です。」



「そうか。」





私が缶コーヒーをお願いすること。







「はいよ。」



「ありがとうございます。」





カチャとなるプルタブをあけて飲みます。



なるほど。確かに苦いけどこれは大人になった気分です。





「私、少し名前のこと好きなれるかもしれません。」



「どうした急に?」



「少し大人になったんですよ。」



「…そうか。」





プロデューサーは満足気に笑っています。



私の顔はどうなっているのでしょうか?



苦くて顔をしかめているのでしょうか?それとも笑っているのでしょうか?



いや、多分プロデューサーみたいに満足した顔をしているのだと思います。



たまには缶コーヒーも悪くないですね。



おわり