注意



キャラ崩壊あり

ヒロインは折本



――――



【総武高校前】



八幡(3月。来月に控えた新生活の始まりに備え、皆が慌ただしく動き始める時期)



八幡(かく言う俺も先月の終わりごろに受験した総武高校の合格発表のためこうして足を運んでいるわけだが)



ワイワイ ガヤガヤ



八幡(やはりというか人が多い……。いや、受験した時に判ってたことですけどね)



八幡(悲喜こもごも入り混じる、同年代の少年少女らの姿を横目に、自分の受験番号を探す)



八幡「お、あった」



八幡(小さくガッツポーズ)



八幡(大きな感動はなく、ただただ合格したのだという事実が胸の内にすとんと落ちた)



八幡「……書類貰わねえと」



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1431509773



* * *



八幡(受験票と引き換えに入学願書を受け取り、合格者向けの説明会に参加する)



八幡(説明会から解放されて校舎を後にしたら、既に時計の長針は正午を回っていた)



八幡(昼はどうするかな……やっぱサイゼか)



八幡(サイゼは最高。サイゼは至高である。千葉県民として、サイゼ発祥の地に住むものとしてこれは)



折本「――あれ、比企谷?」



八幡「――!?」



八幡(耳に飛び込んできたのは、聞き慣れた声)



八幡「お、折本……」ビクッ



折本「なんで声震えてんの? マジウケる」



八幡「あっはい、そっすね……」

折本「比企谷も総武受かったんだー」スッ



八幡(いたって普通に隣に立つ折本に、俺は内心穏やかではいられない)



八幡(いやだって俺この人に告白して玉砕してるわけですからね?)



八幡(しかも告白翌日にはクラス全員に知れ渡っているというおまけつきで)



八幡「……も、ってことは、お、折本も受かったのか」



折本「うん、そうそう! 受かると思ってなかったから、マジウケる!」



八幡(いや、ウケないから……ていうか間違っても落ちた奴の前でそんなこと言うなよ……)



折本「ていうか、比企谷も受けてたんだ。クラスメイトなのに知らなかった」



八幡(一応クラスメイトとして認識されていることに驚くが……俺も折本が総武を受けていたとは知らなかったのでお互い様だろう)



八幡(……え、てことはなに。俺の玉砕黒歴史が総武にも広まっちゃうわけ?)



折本「比企谷?」

八幡「あ、な、なんでもない……」



折本「ふーん」



八幡(自分から振っといてマジで興味なさそうだなこいつ……)



折本「比企谷さ、今暇?」



八幡「ま、まぁ……」



八幡(担任には総武に合格したことを電話で報告したので、今日は登校する必要はない)



折本「じゃあ、ご飯食べ行かない? あたしお腹空いちゃってさぁ」



八幡(え? なんなの? 自分で振った相手と飯食いに行くのが今時のJCのトレンドなの? 死体蹴りかなにか?)



八幡「いや……俺は……用事が……」



八幡(ないけど)



折本「じゃあ決まり〜」



八幡(何も言ってないでしょ!? 聞いてた!?)

折本「え? 比企谷に用事なんかなさそうじゃん。ウケる」



八幡「いやウケねーから……ていうか聞いててなおそれかよ……」



折本「……」



八幡(なんで黙るの? 俺もしかして口答えしちゃいけない感じでした? マジかよ確かにスクールカースト最下層だけど)



八幡「や、あの……」



折本「なーんだ、普通に受け答えできんじゃん。最初からやればいいのに」バシバシッ



八幡「い、いたっ、たたく、たたくなっ」



八幡(やめて! やめてよ! そういう何気ないスキンシップに騙されて心の傷を負う男子中学生は多いんですよ!?)



八幡(かく言う俺もそれで心の傷を……しかも目の前のこの折本かおりに作られてるんですがそれは……)



八幡(つーか自分のトラウマメーカーと食事にいくとかなんなの? マジで罰ゲームなの?)



折本「〜♪」



八幡(こいつ……俺を振ったことを覚えているんだろうか……)

折本「で、どこ行く?」



八幡「決めてないのかよ……」



折本「このあたしが比企谷のチョイスを採点してしんぜよう」フンス



八幡(俺はもう既にあなたに0点叩きだされてると思うんですがそれは……)



折本「で?」



八幡「あ、ああ……サイゼ、とか……」



折本「ふーん、サイゼ……」



八幡(だ、ダメなのか? ていうか俺、他に知らないだけなんですけどね!)



折本「ま、いっか。でも高校生になったらアウトだかんね。ウケる」



八幡「そっすか……」



八幡(今後折本とサイゼに行くことはなさそうだし、もう別にどうでもいいが)

【サイゼ】



折本「いやー、それにしても比企谷と同じ高校に通うことになるとはねー……」



八幡「……本当ですね」



折本「なにそれ他人事過ぎじゃん。マジウケる」



八幡(こいついつもウケてんな……)



折本「ま、でもさ、おな中同士よろしくってことで」



八幡「……うっす」



折本「だっかっら……、なにそれっ、マジ、ウケる……あははははっ!」



八幡(ひぃ……だれか助けてぇ……)



折本「マジ、比企谷、キョドりすぎっ……! あははははっ!」



八幡(その原因の一端はあなたですからね!!!)

折本「はぁー……笑った」



八幡(笑われた)



折本「あ、もうドリア来てんじゃん」



八幡(あなたがひとしきり笑ってる間にね!)



折本「はい、おしぼり」スッ



八幡「あ……おう……」



折本「なにそれ、ウケる」



八幡「……す、スプーン」スッ



折本「あ……ありがと、比企谷」



八幡「うっす……」



折本「〜♪」



八幡(……俺が告白したことはまるですっかり頭の中から抜け落ちてしまっているかのような、そんな態度)



八幡(誰が心に壁を作っていようとも、一足に飛び越えてしまうような……)



八幡(折本かおりとは、そんな女子だと、俺は今にして思い出した……)





八幡(心が休まらねえ……)

* * *



折本「はー。そろそろ出よっか」



八幡「おう……」



八幡(あれ? こういう時ってやっぱ男子が奢るもんなの? どうなの?)



八幡(でも俺と折本はただのクラスメイトなわけだしな)



八幡(仮に奢ると言ったとしても『は? 何比企谷彼氏気取りなの? ウケる』とかそういうことになるのでは)



八幡(ど、どうする俺……)



折本「比企谷」



八幡「ひゃ、ひゃいっ」



折本「ぷっ……ひゃいって……ひゃいって、なにそれマジウケるんだけど!」ケラケラ



八幡(こいつ……)



折本「会計は別でいいっしょ?」ピラッ



八幡「え、あ……」



折本「〜♪」



八幡(……まあ、折本はごくごく当たり前のことを言っただけだよな、うん)



八幡(だが、どことなく負けた気分になるのは……気のせいだろうか)

折本「よっし、受験も終わったし遊ぶかぁ……じゃ、比企谷! また学校で!」ビシッ



八幡「お、おう……」



折本「じゃあね」ヒラヒラ



八幡(何の含みもない笑顔で俺に手を振り、折本は駅の方向へと歩き出した)



八幡(……また、とは言うものの、学校で俺と折本が言葉を交わすことはないだろう)



八幡(そもそも一度俺は折本に振られてるわけで。普通に社交辞令だろ。知ってた)



八幡(ていうか社交辞令をくれるだけ有情なのかもしれない。なに? 俺は大きな快楽と一緒に死ぬの?)



八幡(あながち間違いじゃないかもしれん)



八幡「……はぁ」



八幡(なんだか疲れたな。……家で小町が待ってるだろう。帰ろう)







八幡(結局、その後中学の卒業式もつつがなく終わり、春休みも静かに終わった)



八幡(その間、俺と折本が会話を交わすことはなかった――)

八幡(入学式当日がやってきた)



八幡(いつもよりよほど早く家を出てしまったのも、まあ、新生活に対する期待の表れと言いますか)



八幡(つまりそんな感じで、中学であれだけ痛い目を見たというのにやっぱり期待は捨てられずにいるのだろう)



八幡(難儀なものである)ギコギコ





折本「〜♪」





八幡「げ」



八幡(ふと横に視線をやると、向こう岸の歩道を折本が歩いている姿が目に入った)



八幡(なに? なんであいつこんな朝早くから出歩いてるの? 新生活に期待しちゃってるわけ?)



八幡(まあ俺も人のことは言えない。気づかれないように行こう……)ギコギコ





折本「……あれ? 比企谷じゃん!」





八幡(一発でバレた。早くない!?)

折本「おーい」ヒラヒラ



八幡(笑顔でこちらに手を振る折本の姿に、俺は何度心を揺さぶられればいいのだろうか)



八幡(あのですね折本さん、あなた私のことをお振りになっているわけですから……)



八幡(あんまりそういう無邪気に距離詰めるようなことされるとまた勘違いしちゃうんですよ!)



折本「気づいてないのかな?」



八幡(気づいてるよ! 独り言でけーな!)



折本「まったく……」



八幡(ちょうど俺たち二人は横断歩道に差し掛かった)



八幡(何をかぶつくさ言いながら折本が横断歩道を渡る姿が見え――)



八幡(――え、なに、こっちくんの? なんでよ。だからそういう態度が男子を惑わせ)





ブロロロロロ





折本「……え?」クルッ



八幡「――っ」ダッ





八幡(信号無視の自動車が近づいている。気づいた時、俺は自転車を投げ出し折本の方へ駆け出していた)



ドンッ キキーッ バタンッ





八幡(初めに、手に衝撃。次いで脚、そして頭)





折本「ひ、比企谷――っ!?」



八幡「……無事か」



折本「う、うんっ! てか、それよりっ、救急車……」アタフタ



八幡「……」





八幡(脚が焼けるように痛いが……脚だけだ。……まあ、折本が無事なようならそれはそれでいい)



八幡(とっさの判断に間違いはなかったであろうことと――)





折本「ひ、比企谷っ、待ってて、すぐ呼ぶから……」グスッ





八幡(いつもケラケラ笑っている折本が不意に見せた涙目の姿に、奇妙な満足感を得て)





八幡(――俺は意識を手放した)

* * *



【病院】



八幡(結果は骨折。全治3週間)



八幡(高校デビューを生贄に捧げ、俺は折本の高校生活スタートダッシュをアドバンス召喚したわけだ)



八幡(まあ、そう考えると意外と悪くないかもしれない。……いや悪いか。だが一番悪いのは信号無視した運転手である)



八幡(入院代やらなんやらかんやら貰えるものは貰ったので良いとするか……)



八幡(しかし病院のベッドってのはいい。インドア派の俺としては天国にも等しい)



八幡(小町に頼んで買ってきてもらったラノベの新刊を手に取り、読み始める)



折本「おっーす!」



八幡(……のはどうやら無理らしい。俺はため息を吐き、急な闖入者に視線をやった)



八幡「なんだよ折本……」



折本「なんだよって何? ウケる!」



八幡「いや、ウケねーから……」

八幡(俺が入院して以来、折本はこうやって毎日のように見舞いにやってくる)



八幡(意外とマメな奴だ。……罪悪感を覚えさせているのかもしれない。というか多分そうだろう)



八幡「……はぁ」



折本「人の顔見てため息つくとかマジウケないよ比企谷」



八幡「それは……すいません」



八幡(素直にごめんなさいしないとだめだよね)



折本「ま、いいや。はいこれ」ヒョイッ



八幡(自分の鞄を漁る折本が取りだしたのは、何枚かのプリント)



八幡(俺が出れない授業のノートを、こうしてコピーしてくれているのだ。これは素直にありがたい)



折本「高校の授業って難しいわ……はぁー」



八幡(言いながら、折本はベッド脇の椅子に腰掛ける)

折本「molって何? ミリリットル?」



八幡「知らんがな……」



八幡(折本から受け取ったノートのコピーを流し見る)



八幡(あくまでも板書に忠実に書き写しただけのノートである。でも脇に教師の似顔絵が載ってるのはどうなんですかね)



八幡(決して上手ではないが下手とも言えない絶妙な出来具合の似顔絵の方に意識を持っていかれてしまいそうだ)



折本「でさー……って、比企谷聞いてる?」



八幡「お、おう……」



折本「聞いてなかったでしょ。ウケる!」



八幡「……そうですね」



八幡(ほんとこの子毎日いつでもウケてるな……)

八幡「……なあ、折本」



折本「ん? なぁに?」



八幡(首かしげてきょとんとした顔でこっち見るのやめて! 勘違いしちゃうでしょ!?)







八幡(だが……それはよろしくないのだ。俺にとっても、いわんや折本にとっても)



八幡(こうして放課後折本が俺の病室を訪れることを……当たり前と思ってはいけないのだ)







八幡「……もう、見舞いに来てもらわなくても、いい」



折本「は?」



八幡「……だから、もう来なくていい」



折本「なにそれ、ウケないけど」



八幡「ウケたいわけじゃないからな……」

折本「じゃあ、なんなの?」



八幡「俺は別に……折本に恩を売りたいとか……」



八幡「気を引きたい、とか……そんなつもりで、やったわけじゃない……」



八幡「だから……折本に毎日、来てもらう義理もない」



八幡「……むしろ、有難迷惑まである」



折本「…………」





八幡(思ったより素直に言葉が出たのはありがたい話だった)



八幡(俺はしたいことをした……それだけだ。そこに、折本からの何がしかの感情が混じることはよろしくない)



八幡(俺の行為は、俺一人に降りかかる結果によって完結するのだ……)





折本「……比企谷、それはマジでウケない」



八幡「だから、俺は別にウケたいわk……」



折本「……」ナミダメ



八幡「け、じゃ……」

八幡(そんなん卑怯ですやん)



折本「……ごめん」



八幡(それは……いったい何に対しての謝罪なのだろう)



八幡(ぽつりと呟いた折本はそれきり口を噤んだ)



八幡(したがって、俺もまたこれ以上二の句を継ぐことが出来なくなってしまった)



折本「……」



八幡「……」



折本「……」



八幡「……」







八幡(……結局、面会時間いっぱいまで、折本はそこにいた)



八幡(……明日以降、彼女が見舞いに来ないことを願おう)



八幡(高校生活の最初の最初。向こう3年の学校内での立場が決まりかける時期に、彼女が俺に対して少しでも時間を割くべきではないのだ)

【翌日】



折本「おっす、比企谷!」ビシィ



八幡「」



折本「なにその顔、ウケる!」ケラケラ



八幡(いや、ウケねーから……。人の話聞いてないの、この子?)



折本「イケるイケる!」



八幡「いや、何が……?」



折本「あ、そういえば比企谷ってあたしとクラス同じだよ。ウケるね」



八幡(え、なにそれ初耳なんですけど。全然ウケる要素ないんですけお)



八幡(過去の所業がつまびらかにされてしまうまである)



折本「はい、これ。今日のノート」ヒョイッ



八幡「あ、うっす……」ニギッ





八幡(……受け取ってしまった……昨日あんなこと言っといてこれかよ)



折本「ん、よかった」ボソッ



八幡(折本の微かな呟きは、聞かなかったことにした――)

酉付け忘れてた

ウケる



ウケるがゲシュタルト崩壊する……

* * *



【比企谷家】



小町「お兄ちゃん、もうそろそろ出ないとダメなんじゃないのー?」



八幡「おー、そうだな……」



八幡(3週間の入院生活もとい最高の読書ライフも終わり、高校への初登校日がやってきた)



八幡(本来ならば自転車通学のところ、脚をやってしまっているので早めに家を出てバスに乗らないといかんのが辛いところだ)



八幡(我が両親に息子を車で送っていくとかいう選択肢はないらしい。ウケる)



八幡(いやウケないから)

小町「何ぶつくさ言ってんの?」



八幡「いや、何でもない。ちょっと知り合いの口調が移った)



八幡(最終的に、折本は俺が退院するその日まで、ずっと見舞いにやってきた)



八幡(俺は読書していることが多かったので、二、三言葉を交わした後はお互い特に何も言わずに思い思いに過ごす感じだったが)



八幡(何も言われなかったことは喜ぶべきなのか。それとも単に俺のコミュ力が足りないのか。判断に迷うところではあった)



八幡(まあいい……。とにかく、これで俺と折本の縁も自然と解消される筈なのだ)





ガチャッ



八幡「……」





八幡(当たり前ながら、家の前で折本が待っているなどということはない)



八幡(わかっているはずなのに、それでも心のどこかでそんな期待をしてしまう自分に嫌気が差した)



八幡(マジウケる。……おいおいマジで移っちゃってるよ口癖どうすんのこれ)

* * *



【総武高校】



担任「じゃあ、比企谷君、ついてきて」



八幡「はい」



八幡(ひいこら言いながら初登校を果たし、真っ先に職員室に向かう)



八幡(担任と軽い挨拶を交わし、朝礼に合わせて自分のクラスへ向かうこととなった)



八幡(……これってあれですよね、一人だけ朝礼であいさつするパターンですよね)



八幡(否が応でも目立つパターンだ。孤独を愛する俺には辛い仕打ちである)





八幡(しかも折本がいるんだよなぁ……)

ガラッ



担任「はーい、席についてー」



八幡(高校になろうとも中学とその様相にさほど差があるわけでもないようだ)



八幡(朝礼前の教室は騒がしく、生徒たちは思い思いに会話を楽しんでいた)



八幡(うん、あれですね。もうグループとか出来始めてるよね、当たり前だね。八幡知ってた)



八幡(まあ俺はどこに属するつもりもない……もといどこに属せるはずもないのでいまさらなのだが)



八幡(折本はどうだろうか。なんとなく、そこだけ気になっていた)





担任「それじゃ、先週も話した通りだけど。今日からこのクラスに新たな仲間が加わります」



八幡(新たな仲間がボクでごめんね)



担任「比企谷君、挨拶して」



八幡「うっす……。えー、あー……」





八幡(クラス中の視線が俺を射抜く。やだ、そんな、見ないでっ! 恥ずかしいのおおおおお!)

八幡(まあ、なに。大多数に注目されるってのに慣れてないわけですからね)



八幡(……手短に済まそう。そう決意した俺の視界に、見知った顔が映る)





折本「……」ニッコリ ヒラヒラ





八幡(笑顔でこちらに手を振る折本だ)



八幡(だからやめてってば! そういう感じのアクションされると『こいつもしかして……』とかそういう気分になっちゃうでしょ!?)



八幡(そもそも俺はそれで痛い目見てるわけだしさあ。もう勘違いはしないんだからねっ!)



八幡「えっと……比企谷八幡です。よろしく」ペコリ



八幡(まあ、これでいいだろ)



担任「え? それだけ?」



八幡「え……あ」



八幡(担任の無慈悲なツッコミに思わず固まってしまう)





折本「……」ケラケラ





八幡(ちら、と折本に視線をやると、無言で大爆笑していた。……あいつ)

八幡「み、見ての通り骨折してるんで……よろしくっす」



八幡(何をよろしくすんだよ自分で言ってて訳が分からん)





折本「……」バンバン





八幡(折本はついに机を叩いて笑い始めている)



八幡(ねえそんなに笑うとこあった? ねえ? 前の子怯えてるでしょうが)





担任「えっと……挨拶ありがとう」



八幡(自分から振っといて扱いに困ったようなコメントやめてくれませんか先生……)



担任「それじゃあ比企谷君は……あそこ、折本さんの隣でよろしくね。同じ中学だったらしいし、やりやすいでしょう?」



八幡「」



八幡(多分、今の俺の顔は、鏡で見たらさぞや間抜け面に映ることだろう)



八幡(それだけ、不意打ちの一撃というものはダメージが大きいのである)

八幡(……足取りは重い。まあ骨折してるし、多少はね? いやそれにしても重い)



八幡(折本との縁はまだまだ切れないらしい……)





八幡(自分の席に辿り着くと、隣の折本からありがたいお言葉を賜った)





折本「比企谷……キョドりすぎ……! ウケるっ……!」



八幡(ウケないから。ほんとこいついつでもウケてるな。逆にウケるから)



折本「脚骨折してるからよろしくとか何をよろしくすんのかわかんないし……っ」ケラケラ



八幡(それは俺も思った)



折本「はぁ……やっぱ面白いわ比企谷」



八幡「それはよかったですね」



八幡(僕の道化ぶりを楽しんでくれたようでよかったですよ)







折本「これから、よろしくね」ニッコリ



八幡「…………、ああ、おう」



八幡(……不意打ちの一撃。そのダメージは計り知れないものがある)



八幡(たとえ相手にそんな気はないのだということを知っていたとしても。それでも、笑顔と共に告げられる言葉のダメージは大きい)

八幡「……つーかなに、隣だったの」



折本「そうそう、ちょうどこの前席替えがあってさ」



八幡「ほーん……」



八幡(同じ中学の出身が隣同士になる。そういう偶然もあるもんかね)



折本「比企谷いなかったから勝手に隣にした」ケラケラ



八幡(は? 何言ってんのこの人)



折本「いない間に勝手に席決められてるとかウケる」



八幡(いや決めたのあなたですよね、自分でそう言ってましたもんね)



折本「……まあ、余ってたから引き取っただけなんだけどね」



八幡「そ、そっすか」



八幡(別に期待してたわけじゃないけど余ってたときましたか)



八幡(まあ顔も性格もわからん奴の扱いに困るのは当たり前か……。折本が引き取ってくれたのは僥倖ですらある)



八幡(ていうか俺を引き取ってくれるとか折本さんマジ有情。養ってもらいたい女性ランキングの上位に踊りだしつつある)

八幡(休み時間である)



八幡(俄かに活気づき始めた教室の雰囲気をよそに、俺は狸寝入り体制を万全に整える)



八幡(時期外れの初登場に加えて骨折という謎の特徴持ちの俺に注目が集まるのは必至)



八幡(ぼっちにとって質問責めは拷問に等しい。朝の自己紹介すらそれに近かったのにマジ無理ほんと無理)



八幡(というわけで俺は机に突っ伏して睡眠を取るフリに入るのであった)



八幡「……」





折本「……でさぁ」ケラケラ



「うんうん」



「えー? マジー?」





八幡(人の得る情報量の8割は視覚によるものというが)



八幡(視界が塞がれている今、俺の耳に鋭敏に飛び込んでくるのは折本の声だった。まあ、隣だし)

八幡(ケラケラと楽しげに笑う声を耳にして、俺はどこかほっとしていた)



八幡(放課後毎日俺の見舞いに来ているせいで、高校生活のスタートに躓いてやいないかと……そんなことを考えていたから)



八幡(…………)



八幡(他人の心配をするより自分の心配をするべきだった。明らかに俺が躓いています本当にありがとうございました)



八幡(そもそも何様のつもりで俺はこんなことを考えているのだろう。阿呆か。滑稽にもほどがある)



八幡(……彼女に告白し、玉砕し、拭えぬトラウマを植え付けられたことを、俺は決して忘れているわけじゃない)





八幡(…………自分に言い聞かせるようにしながら、俺は強く目を瞑った)





八幡(意識を深く深く落そうとすればするだけ、八幡イヤーは折本の声を拾う。なにこれ意識が折本に向いてるの?)

キーンコーンカーンコーン



八幡(次の授業開始を知らせるチャイムが、救いの鐘の音に思えた)



八幡(質問責めから逃れるための狸寝入りだったのに、折本の声ばかり拾って逆に辛い休み時間だ……)



八幡(……いや、待てよ。そもそも質問責めを受けると考えていたのは自意識過剰だったろうか)



八幡(なんかそんな気がする。マジウケる)



八幡「……」スクッ



折本「……比企谷」



八幡「……あ?」



折本「なんで寝たふりしてたの?」



八幡「え……なんでバレてんの……?」



折本「なんでって……中学でもそうだったじゃん。ウケる」ケラケラ



八幡(いやああ恥ずかしいのおおおお! 八幡恥ずかしいよおおおおおお!)

* * *



キーンコーンカーンコーン



八幡(いつの間にか昼休みだ)



八幡(折本との会話はほぼゼロに等しい。まあそっちのがありがたいのだが)



八幡(……ああ、そうだ。昼飯買いに行かなくちゃいかんのか)



八幡「よっ、と……」



折本「あれ? 比企谷、どっか行くの?」



八幡「お、おう……購買に」



八幡(まさか着いてくるとか言わねえよな……)



折本「ふーん。そっか」



八幡「あ、はい」



八幡(明らかに自意識過剰です本当にありがとうございました)



八幡(やれやれ……行こ……)

八幡(どうも俺のペースが崩れてる気がする……)



八幡(これはまずい。折本の口癖も移ってるしマジウケる。いやウケないから)



八幡(このセルフツッコミも何回目だ)



八幡(思いながら教室に戻ると、中学時代何度も見た光景に出くわしてしまった)





折本「……でね?」ケラケラ



相模「へぇ〜」



結衣「そうなんだぁ」フムフム





八幡(俺の椅子に折本が陣取り、その周りに女子がたむろしている)



八幡(マジかよ……俺が居なくなった途端俺の椅子占拠ですか折本さん)



八幡(つーかお前自分の椅子開いてんじゃねえか! だからそういうのはダメだって言ってるでしょう!?)



八幡(女子としては何となく座っただけでも、男子は勘違いしちゃうものなんですよ!?)



八幡(……まぁ、俺はもうしないんだけどな!)

八幡(仕方がない……もう少し校内を回って時間を潰すとするか……)



折本「あ」チラッ



八幡(教室を後にしようと踵を返したとき、出入り口に目を向けた折本と視線がかち合った)



折本「……」スクッ



八幡(そして椅子から立ち上がり、再び俺を見た。え? なに? 座っていいよって?)



八幡(でも折本さん、女子が駄弁ってる真ん中に突っ込むだけの勇気、俺は持ち合わせていないんですよねえ……)



八幡(軽く頭を下げ、もう一度踵を返すが……)



折本「ごめんごめん比企谷、退いたから座りなって」



八幡(いつの間にか背後に立っていた折本に機先を制されてしまった。瞬間移動か何かですか折本さんマジパないッスね)

八幡「いや……流石にあそこに行くのは無理」



折本「なに? 照れてんの? ウケる」



八幡「いやウケないから。……つーか俺が行っても空気悪くするだけだろ」



八幡(これは真理である。目の腐った陰気な男子が女子三人の中に飛び込んでも見ろ)



八幡(何こいつキモっ、とか、そんな感想を抱かれて終わりだ。今まで楽しかったはずの女子トークも盛り下がること間違いなし)



八幡(五月蠅い女子の群れには比企谷菌を投入しよう! ……言ってて泣きたくなってきたな。やめよう)



折本「……そんなことは、ないと思うけど」



八幡「ある。……お前が一番わかってるだろ、中学同じだったんだから」



折本「……」



八幡(折本は無言である。勝ったッ! 第3部完!)

八幡「じゃあな」クルッ



折本「待った」グイッ



八幡「ぐえっ」



八幡(襟をつかむな、襟を! 転びそうになっちゃったでしょ!?)



折本「その脚で歩き回るのは……よくないと思う」



八幡「それは正論だが……今転びそうになったぞ俺……」



折本「あ、ごめん……。でも、ほら、あの……騙されたと思ってさ」



八幡「それって結局事態が良い方向に転がる文句ではないよな……」



折本「でも、脚は……あたしにも責任が……」



八幡「ない」



折本「比企谷」



八幡「それはない。……ただまあ、脚に悪いのは確かだし、座るわ」



折本「うん……」





八幡(……やっぱり、気にしてたか)



八幡(だが……あの行為の結果を全て背負い込むのは俺だ。俺だけでなくてはならないのだ)

相模「……あ、話終わった?」



結衣「えっと、比企谷君……だったよね?」





八幡(俺の席周辺でたむろしていたのは、活発そうな見た目の女子二人)



八幡(名前は知らない。ていうか俺このクラスの奴折本しか知らないな)





八幡「比企谷八幡です。どうも」ペコリ



折本「クラスメイトなのに他人行儀過ぎ……! マジウケる……!」プクク



八幡「お前ほんといつでもウケてるな……」



八幡(ついさっきまでのしおらしモードはどこいっちゃったんですかねぇ)

結衣「あたし、由比ヶ浜結衣! よろしくね!」



八幡「あ、はい……」



八幡(何この人めっちゃグイグイ来るんですけお。たすてけ)



結衣「かおりんとおな中なんだよね?」



八幡「へぁ?」



折本「何その声。ウケる!」バシバシッ



八幡「た、叩くな……!」



結衣「あ、そっか。ほら、かおりんって、折本かおりだから、かおりん!」



八幡(なるほど、と合点がいくと同時、折本が渾名で呼び合う友人を得ていたことに改めて安堵する)





八幡(いや、だから……俺はいったい何様なんだ。マジウケる)

結衣「比企谷君……は他人行儀だから、ハッチーって呼んでいいかな?」



八幡(え? なに? ハッチー? みなしごですか?)



折本「ハッチー! あっははは、結衣、それある!」グッ



結衣「あるかなっ?」



折本「それイケる!」グッ



八幡(え? なにがイケるんですか折本さん?)



相模「ふーん……? あぁ、ウチは相模南ね」ヒラヒラ



八幡「あぁ、はい……」



相模「……」チラッ





八幡(……どことなく、彼女の視線には良からぬ何かを感じてしまった。具体的に、何か、とは言えないのだけれども)





折本「でもっ、ハッチーとか……比企谷にしては可愛すぎでしょ……ウケる……っ!」ケラケラ





八幡(……しかしこいついつまで笑ってんだ。つーか比企谷にしてはってなに)

* * *



八幡(やっと放課後だ)



八幡(これからこの脚を引きずって家に帰らねばならないと考えるとマジウケる)



八幡「いや、だからウケないから……」



折本「え?」チラッ



八幡「……え?」



八幡(口に出てたか……本格的にまずい)



折本「なに? 比企谷どしたの?」



八幡「いや、なんでもねえよ……」



折本「そっか」



八幡「おう……」

八幡「……」スクッ



折本「比企谷ってバス通?」



八幡「まあ、今んとこは」



折本「そっか。……気を付けて」



八幡「…………」



八幡(……何の気はなさそうな……しかしそれでいてやや愁いを帯びた折本の表情に一瞬気を取られた)



八幡(やばいよ! やばいよ八幡! 最近のハッチーちょっとまずいよ!)



折本「……じゃね!」



八幡「あ、おう……」



八幡(手を振り教室を後にする折本の背を見送りつつ、俺は嘆息した)



八幡(……どうもペースを乱されっぱなしな気がしてならない)

八幡(あと二、三か月もすれば脚は治るだろうか)



八幡(治って夏とかマジウケる。体育を合法的にサボれるのはありがたいが……)



八幡(ってまた移ってるし。折本の見舞いがどれだけ尾を引いているんだか……)



八幡「帰ろう……」







八幡(……今のままでは不味いことになると、胸の内で警鐘を鳴らす俺がいた)



八幡(ここ最近の俺は明らかに、他者への……ひいては女子への警戒レベルを大幅に引き下げている)



八幡(……痛い目に遭ったにも拘らず、また同じ轍を踏もうとする者のなんと愚かしいことか……)

* * *



【翌日】



八幡(心を入れ替えよう。……誰とも関わらず、孤高の誇りあるぼっちとして今を生きよう)



八幡(誰も傷つかず、俺はしがらみから解き放たれる、最高の生き方だ)



八幡(ぼっち最高。ぼっちは至高。そうと決まれば気分は好い)



八幡(……そんなことを考えてるうちにバスが来た)



プシュー



八幡「……」



八幡(段差登るのも結構一苦労だな……)



八幡(バスの乗客はそこまで多くない。適当な席に腰かけて……)



トントン



八幡(肩を叩かれてる気がするが気のせいだろう。バス発進したし、当たっちゃっただけだよね)

トントン



八幡(あー、これ、この接触が連続してるのは明らかにわざとですね)



八幡(俺が前の席に座ったのがそんなに嫌なんですかね)



八幡(こうなったらハッチー108の特技のひとつ、狸寝入りを――)



折本「――比企谷、無視とかマジウケないんだけど?」ニュッ



八幡「」



折本「ぷっ、その顔ウケる!」



八幡(なんでお前がここにいるんだ……)



折本「っとと……おいっす、比企谷」ビシィ



八幡「……あ、ああ」



折本「なにそれ、挨拶?」ケラケラ





八幡(ああ……まったく。これは本当にウケないな……)

今日はここまで。もう起伏がないのは仕様ということで。

ウケる。いやウケない。

八幡「……お前、なんで……」



折本「え? ああ、なんでバス通かって?」



八幡「……」



折本「どの通学方法が一番楽か試そうと思ってさぁ」



八幡「はぁ?」



折本「徒歩、バス通、チャリ通……一応全部経験しておこうと思って!」



八幡(素直に笑う折本の姿に、俺はこれ以上言葉を続けるのはやめにした)



八幡(そもそも俺はまともに話してないって? 事実ですね、そうですね)

八幡(その論理は穴だらけ……むしろ穴しかないまである)



折本「〜♪」



八幡(だが……あえて突っ込むこともないだろう……)



八幡(……明日以降はバスの時間をずらそう)



折本「あ、そうだ比企谷」



八幡「なんだ」



折本「……比企谷って、いつもこの時間に乗ってんの?」



八幡「……まぁ」



折本「そっか」



八幡(……嘘は言ってない。今日までは、この時間だ)

八幡(それから特に会話はなく。俺はぼけーっと窓の外を見つめていた)



八幡(ゆったりと流れ去っていく景色をぼんやり眺めるのは好きだ)



キキーッ



八幡(バスが停留所で停まる。学校まではあと少しか……)





結衣「……あれ、かおりんとハッチーだ! やっはろー!」





八幡(……バスに乗ってきたのは、昨日会話した……えっと、誰だっけ……ゆいなんとかさん)



八幡(頭の中は軽そうだが体の一部が非常に重そうだという印象しかなかった)



八幡(ていうか俺のあだ名はもうハッチーで確定なの? マジウケる)



折本「おいっす、結衣!」ビシィ



結衣「おいっす!」ビシィ



八幡(何でこの人たち敬礼してんの? 軍人か何かなの?)



八幡(ゆいなんとかさんは折本の席の側に立ち、世間話を始める構えらしかった)



八幡(……こういう、知り合いの何気ない会話を耳にしてしまうポジションは辛いものがあるよなあ)



八幡(意識は外に向けておこう)





結衣「それにしても、かおりんがバス通してるとは思わなかったよ」



折本「ちょっといろいろ試してみようと思ってさ〜。チャリのが楽なのか、バスのが楽なのか」



結衣「あー、かおりんどっちも選べるもんね、いいなぁ」



折本「まね!」





八幡(ダメだ、意識しないようにすればするほど耳にくるわ。ハッチーイヤーは地獄耳)





結衣「あ、それに。ハッチーもバス通だったんだね」



八幡(え、なに、俺に会話飛んでくるの? なんでだよ折本しっかり引き止めといてよ)



折本「比企谷?」



八幡「あ、おう……まあ、普段は、チャリだけど」



結衣「あ、ああ、そっか……ごめん」チラッ



八幡「いや、謝られることではないから……」



八幡(ちら、と俺の脚に目を向けたゆいなんとかさんが伏し目がちに頭を下げる)



八幡(そんなに気を使われると逆に厳しいからね! 覚えておいてね!)



折本「……」



八幡(あと折本、お前はなんでそんな沈んだ顔してんだ。いつもみたいにウケるとか言えよ……)

結衣「何かあったら言ってね、ハッチー。できる範囲で力になるから」



八幡(何かあったら。できる範囲で。二重の予防線を張るゆいなんとかさんはゆるほわ系の雰囲気ながら策士なのかもしれない)



八幡(実際に面と向かって『手伝ってほしい』とは言い辛いし)



八幡(できる範囲でという予防線が逃げの余地を生む)



八幡(……だが、俺がその申し出に首肯することはない。いやまあ、首肯させてもらえない可能性もあるんだけど)





八幡「……まぁ、自分の不始末だから。大丈夫」



結衣「そ、そっか。ならいいんだけど……」



八幡(ゆいなんとかさんに言っている実、この言葉は折本に向けたものだ)



八幡(……病室での言葉は折本に届かなかったのだろうか)





折本「…………」





八幡(……だからどうして、そんな泣きそうな顔をするんだよ……俺が悪いみたいじゃねえか……あ、悪いか)

結衣「か、かおりん?」



折本「あ、いや……ごめん。あはは、ぼけっとしてた。マジウケる……」



結衣「……?」



八幡「…………」



折本「……比企谷」



八幡「なんだよ……」



折本「ごめん」



八幡(それは何に対する謝罪なのか。……俺には折本の心を窺い知ることはできない)



八幡(ただ……泣きそうな顔でそんなことを言われると、心がざわつくのだけは確かだ)



八幡(男が女子の涙に弱いのは不変の真理である。それがたとえ、孤高のスーパーぼっちであったとしても)



八幡(折本、別に泣いてはいないけど)

* * *



【教室】



八幡(バスでの会話も結局そこで途切れた)



八幡(俺が口を開くたびに会話途切れてる気がする)



八幡(その姿はさながら会話カッター八幡。なにそれちょっとかっこよくない?)



折本「……」



八幡(ただ、教室でもその沈黙は続いている)



八幡(折本はいつものようにウケる気分じゃないらしい。それは俺も同じだが)



八幡(……居づらい。本来沈黙とは俺がこよなく愛する状態ではなかったか)

八幡(時刻は正午過ぎ。昼休み)



八幡(俺はイヤホンを装着し、腕を枕にハッチー108の特技が一、狸寝入りを敢行することに決めた)



八幡(耳が折本の声を拾わないから、目が折本の姿を拾おうとする。とくれば視覚情報をシャットアウトするほかない)



八幡(……いや、意識しすぎでしょ。思春期の中学生男子かよ)



八幡(…………このセルフツッコミは自分の心にクリーンヒットするな、やめよう)



八幡(自戒しなければならない。令呪をもって命ずる。自戒せよ、八幡)





相模「あ〜、超お腹減った」



結衣「だねぇ」





八幡(……折本の側にゆいなんとかさんともう一人……誰だっけ? まあ、昨日の女子が集まってきたようだ)



八幡(……視界情報がない分、耳が超集音してるじゃないですか! 裏目裏目過ぎィ!)

折本「ん、食べよっか」



結衣「だ、だね。うん……」



相模「かおりちゃん、なんか大人しくない? どうしたの?」



結衣「い、色々あるんじゃないかなぁ。ほら、将来のこととか考えるとさ!」



八幡(いやその話題の逸らし方は無理あるでしょゆいなんとかさん……努力は買うけど)



相模「ふーん? でも、ウチら高校入学したばっかなのに、将来のこと考えるのとかまだ早くない?」



八幡(いけません、いけませんよ……えーと、なんとかさん。高校入学はゴールではないのです)



八幡(大学入学もゴールではなく、同時に就職もゴールではない。てことはつまり人生にゴールはないの?)



八幡(終わりのないエンドレスワルツを踊り続けなきゃいけないの? マジかよぐう辛い)



折本「まぁ……色々考えるってのは、あるかなぁ」



相模「そうなんだ」

折本「そ。……さ、食べよ食べよっ」



結衣「う、うん、そうだね。今日あたし、唐揚げあるから、おかず交換しよ?」



折本「唐揚げ! それイケる!」



相模「じゃあウチからは春巻きっと」



結衣「ありがとさがみん!」



折本「あたしはコロッケ」



相模「サンキューかおりちゃん」





八幡(折本の声が比較的明るくなったことにどこかほっとする俺がいて)



八幡(そんなことを考えてしまう自分がいることにほとほと嫌気がさした)

八幡(女子の会話というものはとかく姦しい)



八幡(女が三人で姦しいという文字になるのは正鵠を射ている)



八幡(この字考えた奴スゲーなまじで。この文字が生み出された時から女子ってまるで進歩してないじゃん)



八幡(……生まれてこの方一歩も前に進んでないどころか後ろに下がっている俺が何かを言えた義理ではないけれど)





相模「そういえばさ、かおりちゃんって、この……ひき、ひき……ヒキタニ? とおな中だったんでしょ?」



結衣「あ」



折本「え? あ、あー、まあね」





八幡(話題がなくなったなら黙っていりゃいいものを。女子ってのはどうして話題を無理くり見つけてまで会話しようとするんですかね)



八幡(なに? 会話続けないと死んじゃう病にかかってるの? 止まると死んじゃうマグロの一種?)



八幡(……女子にマグロとか不味いな。やめよう)



相模「昨日の様子だと結構親しげだったけど、どういう関係なの?」



結衣「さ、さがみん……」



相模「結衣ちゃんも気になるでしょ? ねぇねぇかおりちゃん」



折本「あ、あはは……」







八幡(俺の視界は闇に包まれているが、なんとかさんの見せる表情は容易に想像がつく)



八幡(あくまで興味本位で。自分の欲求を満たすためだけに。無邪気に問いかけるのだ)



八幡(俺と折本の背後関係を知らないし、ゆいなんとかさんみたいに俺と折本の気まずさを実際目の当たりにしたわけではないから)



八幡(彼女の態度、それ自体を責めるのはお門違いというものである)

八幡(……いや、むしろこれはありがたいことかもしれなかった)



八幡(俺の玉砕話をダシにすれば、折本はなんとかさんとの間に共通の話題を持つことが出来る)



八幡(人の不幸は蜜の味。他者の失敗談をあげつらい、笑いに昇華させるのは現役高校生が持つパッシブスキルだから)



八幡(折本となんとかさんの話が弾み、より仲が深まれば)



八幡(折本が俺に割く時間は減る。俺が孤独でいる時間は増える)



八幡(やるじゃないかなんとかさん。その方向性でどうですか)

相模「どうなのさぁ」



折本「……昔、色々あっただけだよ」



相模「色々って?」



折本「本当に、いろいろね」







八幡「……」



八幡(俺の知る折本かおりなら、ここで俺が告白したことを話題に出すはずだ)



八幡(だが……彼女はぼかすばかりで、決定的なことは何も口に出さない)



八幡(……なんでだ)



八幡(もう一度俺を嗤ってくれれば、俺はようやく、本当に未練を断てると思ったのに)











八幡(――は……未練?)



八幡(脳裏に過った言葉に愕然とした)



八幡(未練って、なんだよ……。マジでウケないじゃねーか……)











相模「えー、気になるなー」



結衣「まあまあさがみん、いろいろはいろいろだよ。あたしもほら、いろいろあるし!」



相模「結衣ちゃんはなんか何もなさそう……」



結衣「それひどくない!?」



折本「あはは……」







八幡(……マジで笑えねぇぞ比企谷八幡)



八幡(一度振られた相手と少し会話するようになっただけで未練が生まれるとかお前の脳内ハッピーセットかよ)



八幡(……自戒も、自重も、まるで何も効いてやいない……)

* * *



キーンコーンカーンコーン



八幡(放課後。すっかり意識の外にあったが、明日からゴールデンウィークだったらしい)



八幡(いいね、ゴールデンウィーク。最高だな、ゴールデンウィーク)



八幡(学校に来なくていいのが何よりありがたい)



折本「……」



八幡(折本はずっと口数が少ない)



折本「……比企谷」



八幡「……………………なんだ」



折本「時差ありすぎでしょ、ウケる」



八幡「……そうかよ」



折本「比企谷さ、寝たフリ下手すぎじゃない? マジウケる」



八幡「……ウケねーから……」



八幡(気づいてんのかよ……)

折本「……帰ろっか」



八幡「おう……。……へぁ?」



折本「何その声、ウケる」クスッ



八幡(ナチュラルに返答しちまった……)



八幡「一緒に帰る理由がねえよ」



折本「そうかも。でもさ、どっちもバス通じゃん? だから決定」



八幡「論理が飛躍しすぎてるだろ……」



折本「はいはい、行こう」グイッ



八幡「やめ、だからバランスが崩れるだろうが……」



折本「あっ、ごめん」パッ



八幡「バカ、急に離すな、危ないって……!」



折本「わわわっ、ごめんっ!」グイッ



八幡(近づいたり離れたり忙しい奴だ……。でも、それは俺のことでもあるのかもしれない)

【バス停】



八幡(二人並んでバスを待つ)



八幡(……二年前には想像もつかん絵面だな)



折本「……比企谷さ」



八幡「あ……?」



折本「昼、聞き耳立ててたでしょ」



八幡「べ、べべべ別にそんなことないし。何も聞いてないし。意識は闇の底だったし」



折本「寝たフリ下手過ぎだから」



八幡「……そうおっしゃってましたね」



折本「ごめん」



八幡「……、別に……謝られること、ないだろ」



折本「…………そっか」



八幡「おう……」



八幡(儚げで、何かを諦めてしまっているかのような折本の微笑みが、瞼の裏に焼き付いた)

* * *



八幡(ゴールデンウィーク。新年度が始まって一番最初にやってくる大型連休)



八幡(新生活のスタートダッシュで疲弊した心身をリフレッシュさせるための準備期間)



八幡(ここでしっかり気力ともに回復させた奴は夏休みまでしっかり走り続けられるし)



八幡(うだうだ管巻いて五月病を発症してしまったらばあとはズルズル落ちていくだけ)



八幡(いわばその年の在り様を決める分水嶺。それがゴールデンウィーク)



八幡(……そしてかく言う俺は、病院での診察を終え帰路に就く途中である。経過観察、これ大事)



八幡(世間様が休みだ連休だで浮かれ騒いでいるのに黙々と仕事をこなす医療従事者の方々には頭が上がらない)



八幡(と同時に俺は専業主夫希望の夢をより一層膨らませるのであった。やっぱ労働ってクソだわ)

プシュー



八幡(病院からのバスに数分揺られた後、自宅近くの停留所で降車する)



八幡(幸いというかなんというか、この休日中に知り合いと顔を合わせることはなかった)



八幡(……特に、折本と顔を合わせないで済んでいるのは大きい)



八幡(八幡には自分がわからぬ。ついでに言うと折本もわからぬ)



八幡(俺は折本に告白し、振られた。折本は俺を振って、トラウマを植え付けた)



八幡(普通だったら、もうそこで俺たち二人が交わることはないはずなのにな……)

【公園】



八幡(降車した停留所の側には公園がある)



八幡(……ちょっと寄ってくか。ベンチに座ってぼけーっとしてよう)



* * * 



折本「……あ、比企谷」



八幡「マジかよ」



八幡(俺と折本のエンカウント率高くね? 気のせい?)



折本「……おいっす」ビシィ



八幡「お、おう」



八幡(帰るか……いまここで折本と出会って、まともに会話が続くはずがない)



八幡(……いや待てよ、結局誰相手でも会話がまともに成立しないんだからあまり変わらないんじゃ)

折本「散歩?」



八幡「病院の帰り」



折本「あ……」



八幡(だから折本……その顔はダメなんだよ。『休みなのに病院? ウケる』くらい言ってくれ)



折本「そっか……」



八幡「おう……。…………お前は」



八幡(……なんでわざわざ訊いてんの俺は)



折本「あたしは散歩」



八幡「そうか」



折本「……あのさ、立ち話もなんだし。ベンチに座らない?」



八幡(折本の考えていることが、俺にはわからない)



八幡(自分が考えていることすらわかりかねる。それが酷く恐ろしかった)



八幡「いや、いい。もう帰るしな」クルッ



八幡(だから、とりあえず逃げることにした。三十六計逃げるに如かず。いい言葉だ)



八幡(欲を言えば労働からも逃げたいものである)



折本「……ちょ、ちょっと待った」



八幡(しかし まわりこまれてしまった!)

折本「……折角だし、さ」



八幡「……あのですね、上目遣いは反則だと思うんですが」



折本「え?」



八幡「い、いや、なんでもねえよ……。じゃあ、少し、話すか……」



折本「うん!」



八幡(なんでそんな嬉しそうな顔しちゃうんだよ……)

【ベンチ】



折本「比企谷ってさ、休みの時何してんの?」



八幡「……家にいる。で、読書してる。あと勉強」



折本「真面目すぎてウケる」



八幡「高校生としては普通だろ……」



折本「そうかなあ? 高校生は外でパーっとはしゃいでさ」



八幡「俺がそんな真似できると思うか?」



折本「……それも、そっかもね」



八幡「素直に頷かれるとそれはそれで……」

八幡「折本はどうなんだ」



折本「買い物、メール、カラオケ……色々かな」



八幡「そうか」



折本「聞いた割に興味薄くない? ウケる」



八幡「まぁな……」



折本「……ゴールデンウィークはどっか行ったの?」



八幡「……今日の病院が初めての外出だよ」



八幡(俺は滅多なことでは外に出ないんでな!)



折本「……あ、あー」



八幡「……げ」

八幡「……」



折本「……」



八幡「……」



折本「……」



八幡(ミスったな……さっきと同じことしてんじゃねえか)



八幡(折本の前で病院の話題は出すべきじゃなかった)



折本「……比企谷、あのさ」



八幡「……なんだ?」



折本「ごめん」



八幡「…………」

折本「……」



八幡「……折本」



折本「な、なに?」



八幡「……謝りすぎだ」



折本「……そうかも」



八幡「そうなんだよ……」



折本「うん……」



八幡「何度も言うがな……俺は別に、お前に恩を売りたいわけじゃない」



八幡「謝ってほしいわけでも何でもない」

八幡「……俺は、俺がやりたいことしかしないんだ」



八幡「そんで、やりたいことやった結果、骨が折れた。それだけだ」





折本「…………」





八幡(……折本は目を丸くしてこちらを見つめていた)



八幡(視線が見事にかち合う。目と目が逢う瞬間ってこれのことか)



八幡(いや待てそれだとダメだろ)





折本「……ぷ、ふふ……あはは……」





八幡(おい。いまボクの顔見て笑った? ねえ折本さんそうなの?)

折本「……わかった」



八幡「なにが……」





折本「何でもない。……比企谷、ありがとね」ニッコリ





八幡「……お、う」



折本「どもりすぎ。マジウケる」ケラケラ



八幡「いや、ウケないから……」





八幡(俺はいったい、折本に何を求めていたのだろう)



八幡(折本の口から、謝罪以外の何かを聞きたかったのだろうか)



八幡(……俺自身のためにやったことだと言い聞かせておきながらも)



八幡(折本からの感謝の言葉は、驚くほどすとんと胸に落ちた)



八幡(自分のダブルスタンダードぶりには若干辟易したけれど)



八幡(折本の笑顔がようやく元に戻ったような気がして、それが少し、心地よかった)

折本「なんか喉乾いてきちゃったな。なんか飲まない?」



八幡「そうだな……マッ缶飲むか」



折本「なにそれ?」



八幡「え……マッ缶……MAXコーヒー……」



折本「なにそれ初耳なんだけど! ウケる!」ケラケラ



八幡「初耳って……」



八幡(折本お前本当に千葉県民か?)



折本「ま、いいや。じゃあ、MAXコーヒー買ってくればいい?」



八幡「は? いや、何言ってんの……俺が行くんじゃないの」



折本「その脚で歩き回んの?」



八幡「……女子に買いに行かせるよかましだろ」プイッ



折本「……そっか。じゃ、一緒に行こ」



八幡「おう……」

八幡(いや、何がおうなんだよ……ハッチーちょっと流されやすすぎィ!)



折本「あ、自販機あった」



八幡「マッ缶はあるな」



折本「そんな好きなの?」



八幡「そりゃな。千葉県民のソウルドリンクだぞ」



折本「ソウルドリンクって……なにそれ、ウケる」



八幡「ウケねえよ……」



八幡(マッ缶を選択することに笑いの生まれる余地なんてないと思いますよ僕は)

八幡「で……なに飲むつもりだ?」チャリン



折本「うーん……あたしは緑茶のつもり」



八幡「そうか」ピッ



折本「あっ……」



ガコン



八幡「……ほれ」スッ



折本「……あ、ありがと」



八幡「おう」チャリン



八幡「さて、マッ缶と……」ピッ

八幡「……」ゴクゴク



八幡(やはりMAXコーヒーの甘さは最高だ)



八幡(糖分に包まれて天にまで上る心地よさ。……本当に糖分に包まれ過ぎて天に召されたらどうしよう)



折本「……」



八幡「……どした」



折本「ううん。そういえば、MAXコーヒーって飲んだことなかったかもって」



八幡「は? お前千葉県民だよな?」



折本「見ればわかるじゃん……」



八幡「まあ、なんだ。異教徒を導くのも信徒の務めだ。ほれ」スッ



折本「いきなりテンション上がってウケるんだけど。ん、ありがと」





八幡(あれ……? 何となく勢いでマッ缶渡しちまったぞおい!)



八幡(しかも何の疑問もなく折本は受け取ってるし! え? 飲むんですか!?)

折本「……ん」ゴクッ



八幡(喉を鳴らすな喉を……艶めかしいでしょーが!)



折本「……うぇ」



八幡「おい」



折本「甘い……」



八幡「当たり前だろマッ缶舐めんなよ」



折本「なんで比企谷が誇らしげなのか意味わかんなすぎてウケる」



八幡「コーヒー風味の練乳だからな」



折本「ぷっ……なにそれ……。はい、ありがと」スッ



八幡「あ、おう……」





八幡(何となく口をつけて飲むのは躊躇われるな)



八幡「……味の」



折本「ん?」



八幡「あー……マッ缶の感想はどうだ?」



八幡(三十六計逃げるに如かず。議題のすり替えは重要なテクニックである)



折本「ああ……味? 甘すぎ。ワケわかんないくらい甘くてマジウケる」



八幡「まあ、そうだろうな……」



折本「まぁ、でも……こういう味もあるんだなあ、とは思った」



八幡「……はぁ?」



折本「……飲んでみないとわからないこと、あるもんね」



八幡「……まあ、そりゃな」



八幡(折本の言葉は抽象的で、何を言いたいのか判然としなかった)

折本「もっと早めに飲んでおけば、良かったのかも」



八幡「今からでもいくらでも飲めるだろ」



折本「今からでも、か……どうだろね」



八幡「目の前で売ってんだろ。何なら奢ってやる」



折本「……ぷっ、ほんとにテンション上がりすぎでしょ。ウケる」



八幡「マッ缶に関しては、俺は本気だぞ」



折本「……そう。でも、いいかな」



八幡「あっはい……」



折本「比企谷」



八幡「あ?」



折本「……ありがとね」クスッ



八幡「あ、はぁ……」



八幡(謝るのやめたと思ったら、今度はありがとう言い過ぎじゃないですかねこの子)

* * *



折本「さてと……そろそろ帰ろうかな」



八幡「そうか。まあ、気つけてな」



折本「それ、比企谷のが気を付けるべきだかんね」



八幡(言えている)



折本「……」



八幡「……どしたんすか」



折本「まあ、なに……ちょっと考え事」



八幡「ぼさっとしてると、事故に遭うぞ」



折本「それは大丈夫」



八幡「……ならいいけどな。じゃ、俺帰るわ」



折本「あ、うん。……じゃ、学校で」



八幡「……うっす」





八幡(折本へ適当に返答し、俺は自宅へと足を向けた)



八幡(……今日の俺の言動、思い返したら部屋で悶絶しそうだな)



八幡(……右手に握りしめたマッ缶は、冷たかったはずなのに)



八幡(どうしてか、やけに熱を帯びているように感じた)

* * *



八幡(連休明けの学校ほど行きたくないものもそうあるまい)



八幡(学生でそうなのだから社会人ともなればいったいどれだけの闇を心の内に抱えるのやら)



八幡(やっぱり働かない方がいいな。こればかりはまちがいない)



八幡(ゴールデンウィークの邂逅のお蔭か、折本との会話への忌避感は消えていた)



八幡(……いや、いいのか比企谷八幡。お前チョロ谷八幡に改名した方がいいんじゃないのか)



八幡(軸がぶれすぎててオーケンにネタにされちゃうレベル)



八幡(……そんなこと考えてたらバスが来た)



プシュー

八幡「……」



八幡(客数はやはり多くない。車内を見渡すと、やはりいた)



折本「……」ビシィ



八幡(無言で敬礼する折本。だからお前は軍人さんですか)



八幡(嘆息し、それでも俺の脚は折本の下へと向かう)



八幡(俺チョロい。マジウケる)





折本「おはよう、比企谷」



八幡「……おう」



折本「座ったら?」ポンポン



八幡(言いながら折本が叩くのは二人掛けの席。は? 二人掛け?)

八幡「……隣に座れと?」



折本「その脚で突っ立ってる気?」



八幡「他の席が……」



折本「いいからいいから」グイッ



八幡「だから、引っ張るなと……」



折本「でも、なんだかんだで座ってくれんだね」



八幡「……省エネを心がけてるんでな。逆らうだけ疲れるし……」



折本「そっか」



八幡(……ゆいなんとかさんに会いませんように)





八幡「……」



折本「……」



八幡(隣に座ったからと言って、会話がどう進むわけでもない)



八幡(……だが、心の片隅に、その沈黙を心地よく感じている俺がいた)





折本「……あのさ、比企谷」



八幡「あ……?」



折本「ゴールデンウィークに会った時、あたしは謝りすぎだって言ってたじゃん」



八幡「ああ、まあ、言ったな……」

折本「それでも、どうしても謝らないといけないことはある、と思う……」



八幡「……そうか」



折本「ん……」



八幡「…………」



折本「…………」



八幡(折本の謝罪。その内容の、予想はつく)



八幡(客観的に見れば、それはあまりにも虫のいい申し出)



八幡(だが……俺の主観的には――)

八幡「――まぁ、なんだ。気が向いたら、聞くわ」



折本「……ふふ。聞いてくれるんだ」



八幡「……まぁ」ポリポリ





八幡(大きな溝を抱えながらも、若干だけれど距離を縮めた、そんな歪な関係)



八幡(その歪みを取り除ける日が来るのは、そう遠くないように思える)



八幡(あー、もう……自分のチョロさ加減に失礼ながら大爆笑ですな)



八幡「……マジウケる」



折本「それある!」



八幡「……なにがあるんだよ……」



折本「さあね。ありがと、比企谷」



八幡「……折本がお礼言うとかマジウケる」



折本「うわ、ないわー……」ジトーッ



八幡「う、うるせえ……」





八幡(……ほんと、ペース乱されっぱなしだ)



八幡(でもまあ、そういうのも悪くはないと……心地いいものだと、考える俺は確かにいるのだ)











八幡「やはり折本かおりがクラスメイトなのはまちがっている」了

エピソード0! \ソレアル!/

でもある程度キリが良いし今のところはこれでおしまいってことで

思いついたらまた立てるつもりだったとかマジウケる では