作者処女ssです。

至らぬところ多いかと思いますがご容赦を……



やはり俺の青春ラブコメは間違っているss



原作基準



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1435429832



結衣「ーーーたぶんこれが最後の相談。あたしたちの最後の依頼はあたしたちのことだよ」

3人で訪れた葛西臨海公園の端で俺たちは由比ヶ浜から、見ないようにしてきた違和感を言葉にされてつきつけられていた。

由比ヶ浜は雪ノ下を見つめているが、そこにいつもの笑顔はなかった。



突然のことに考えがまとまらないまま2人を見やる。



由比ヶ浜「ね、ゆきのん。例の勝負の件てまだ続いてるよね?」

彼女は雪ノ下から視線をはずさない。

逃がさないぞとでも言うかのように。



雪乃「ええ、勝った人の言うことを何でも聞く……」

それはこの奉仕部に俺が入部したときに平塚先生によって設けられた奉仕部の唯一の決まりごと……



結衣「ゆきのんのいま抱えてる問題、あたし、答えわかってるの」

彼女はゆっくり微笑み、優しく雪ノ下に問いかける。

雪ノ下はといえば、私には……分からないわ、と消え入りそうな声で呟いている。



雪ノ下の抱えている問題。

母親、姉、そしてこの3人のこと……

この関係がどのようになってしまうのか俺にも分からない、分からないことばかりだ。

だけどそれは、少なくとも停滞しているわけではない、皆が、3人が、その答えを探している、ならばそれはそれでいいのではないか、そう思っていた。

それを俺たちの眼前に引きずり出した由比ヶ浜のいう答えとは何なのだろうか。

結衣「あたしが勝ったら」

由比ヶ浜が静かにしかしはっきりと言葉を紡ぐ。



結衣「全部貰う。ずるいかもしれないけど、ずっと……このままでいたいなって思うの」



なるほど、と思う。

最後の依頼、雪ノ下のこと、そして俺のこと。

その答えを彼女は掲示したのだ。

その答えは、欺瞞でも歪でも、今のこの関係を続けていこうという想い。



由比ヶ浜は彼女自身の想い、恋、親友の想い、違和感を無視してでも今を続けよう提案していた。



この依頼を受けるということは、答えを先出しした由比ヶ浜の『勝ち』に繋がる、それを受け入れることは簡単できっと楽なのだろう。

しかしそれは本物なのだろうか?

歯噛みしたまま答えられずにいる俺を由比ヶ浜は優しく見る。

そして困惑する雪ノ下の手をそっと取った。



結衣「ゆきのん、それでいい?」

再び彼女は優しく問いかける。

雪乃「わた、しは……」

雪ノ下の考えが手に取るように分かる。

あいつは、答えを間違える。

また誰かに自身を委ねてしまう。



八幡「いや……」

声が震える。

それでも俺は止めなきゃならない。

彼女たちは間違っている。



八幡「その提案にはのれない。雪ノ下の問題は雪ノ下が解決すべきだ」

冬の寒さが染みる。もう日も陰っている。

もうじき夜の戸張が降りる、でも今はまだー……



由比ヶ浜は優しい女の子だと決めつけていた。

雪ノ下の強い女の子だと理想を押し付けていた。

そうして甘え続けてきたのだ。



だからこそこの提案にのってはいけない。



八幡「そんなの、ただの欺瞞だろ……」



八幡「曖昧な関係とか馴れ合いとか……そういうのはいらない」



八幡「それでも、ちゃんと考えて、苦しんで……あがいて、俺は……」

吐きでた言葉は波の音にのまれる。

どんなに苦しくても、見たくなくても、本物を求めたい。

俺は嘘をつきたくないから、願った物と、望まれる物が違ったとしても、俺は俺の望む答えを出したい。

もう言葉が続かないことを悟った由比ヶ浜はまっすぐ俺を見て、優しく微笑む。

結衣「ヒッキーならそういってくれると思った」



夕日に照らされたその頬を一筋の涙が伝う。

その表情は安堵か、喜びか、悲しみか……たぶんその全てだった。



後は、雪ノ下の答えを待つだけ……

俺の視線に気づいたのか雪ノ下が弱々しく肩を震わせる。



雪乃「私の気持ちを勝手に決めないで」

どこか拗ねたように、弱々しかった表情が強ばり、こっちを睨む。



雪乃「それに、最後じゃないわ。比企谷君、あなたの依頼が残ってる」

雪ノ下は目元をぬぐうと微笑みながらつげる。



俺の依頼?

何だ?と問おうとしたところで由比ヶ浜のかすかな笑みで遮られてしまう。

雪ノ下と由比ヶ浜はまるで私たちだけの秘密とでもいうようにうなずきあっている。

その表情は優しく儚げで……



雪ノ下「あと、もうひとつ……私の依頼聞いてもらえるかしら」

恥ずかしそうにはにかんで、雪ノ下は『彼女自身の最初で最後の依頼』を奉仕部にもたらすのだった。



雪ノ下「私の姉を……雪ノ下陽乃を……助けて欲しいの。」



奉仕部の最初の依頼が、最大の依頼が、そして、最後の依頼が俺たちに託される。

八幡「ー!!!!!」

枕に顔をこれでもかと埋め込みながら叫び、足をばたつかせる高校生がそこにいた。

クラスメイトに中二秒全開の黒歴史ノートを発見されて彼氏になれと脅される高校生の気持ちが分かる、なにそれ彼女と幼馴染みと修羅場になっちゃうの?



数時間前までのことを考えるとため息しかでねぇ……

なに公衆の面前で恥ずかしいこと言ってんの帰り際また一色に見られていないか柱の裏を探すまである。いやしたけど。





遠くから扉が開く音する。

何も見えない、あ、枕のせいか。

小町「うるさいよお兄ちゃん、受験の結果待ちでストレスフルの小町に何か怨みでもあるの!?」



八幡「なんでお前家にいんの」

本音が漏れた。



小町はと言えば怒りで顔がぷるぷるしている。

小町「あのお兄ちゃんがバレンタインデーに結衣さんと雪乃さんとデートに行くなんて入試よりも内容の報告楽しみにしてたのに」



試験あんだけ不安がってたのに終わったら気楽なものだね、あと「あの」はいらなくないですか自覚あるけど。



小町「帰ってきたら小町のこと聞くでもなく無視してふらふら自室に引きこもって、ほんとごみぃちゃん……」



それでも俺と会話できたからなのか嬉しそうににこにこしている。なにこれ可愛い。

小町「それでごみぃちゃん、デートの話をする?それとも小町の入試の話をする?」

ほんとに楽しそうだなコイツ……



八幡「ごみぃちゃんとしてはデートの話はしたくないから入試のことを聞こうそうしよう」



小町「なにそれ……」



ドン引くな妹よ……

小町の入試は手応えがあったらしくこんな人がいだだのこの問題進研ゼミで見たやつだ!だの色々言ってた。

うまくいったようでなによりだよ。



ひとしきり話すと小町は今夜はご馳走だよ!できたらおいでね!とるんるん気分で出ていった。俺も入試の時はあぁだったのかなぁと思うとまた死にたくなる。



八幡「雪ノ下陽乃を助けて……か」

分からないでもない、雪ノ下の抱える問題といえばほとんどは陽乃さんに繋がるものなのだろう。



由比ヶ浜の家に帰るように雪ノ下に促すと、由比ヶ浜も察したようにゆきのん、帰ろっと百合ワールドを展開していた。でも気まずいだろうなぁ……いや、由比ヶ浜だから大丈夫か、頭弱いし。

あのとき、雪ノ下は終始不安気だった。

彼女の初めての依頼、それは多分、今の雪ノ下の精一杯でそれでいて全てなのだと思う。



雪乃ちゃんに自分なんてあるの?と悪戯っ子のように微笑みながらつげるあの人は、俺や由比ヶ浜よりずっと長く雪ノ下の本質を見ていたに違いない。

その根底にある闇は俺たちの介入を許さないほど深く深く続いている。



だが……

陽乃さんの雪ノ下に対する行動は何もそういう負の感情ばかりではないような……思わず身震いする。



奉仕部の活動は飢えている人に魚を与えるんじゃなくて魚の取り方をおしえるんだよね?そうだよね、ゆきのん?うん陽乃さんと戦うのは雪ノ下、安心安心。



小町の声が下から響く。

どこからともなく漂ってくる匂いは、夕食ができたことを知らせた。

昨日の雪が残っているにも関わらず、空は快晴模様だった。

そのくせ吹き荒ぶ風は寒く、春の訪れがどれほど遠いのかを実感する。



寒さが入り込んでいる廊下をすぎ教室へ入ると、途端に熱気に包まれる。

そこかしこでチだのョだのコだのという単語が発せられ、自慢気に数を言う奴もいればまだまだこれからっしょと希望を見いだしているやつもいる。やっぱりバレンタインはスポーツだった、ごめんねいろはす!



トップカーストの面々では戸部が相変わらずハイテンションで海老名さんのクッキーの話をしているんだべー。



結衣「おっはろー!」



八幡「すげーなお前どうやって背後に瞬間移動したの、またな」



結衣「いきなりお別れだ!?」



昨日のことを考えないように、思い出さないように、意図的に明るい由比ヶ浜の態度にいつかの奉仕部を概視する。

こいつは変わらんな……



八幡「昨日はすまん、大丈夫だったか?」



結衣「うん、大丈夫だよ!」

そういって由比ヶ浜は微笑む。



サブレがねー珍しくゆきのんになついて大変だったよーなどとにこにこ喋る。



やっぱりこいつは優しい……と思う。でもね、こんな日に珍しく俺なんかに話しかけるもんだから周りの視線が痛いの!はやくどっかいって!

結衣「今日は奉仕部、くる、よね?」

表情が陰る。

その一言のために空元気で話しかけてきたのであろう由比ヶ浜に俺も精一杯平常を装っておう、と返す。



由比ヶ浜はまた笑顔になるとうん!うん!大丈夫だよ!と鼓舞していつものグループに合流する。

あーしさんがこっち睨んでた気がするけど気にしない気にしない。



この時期になると復習的な授業が増える、そのうえ、入試で疲れているのかいつにもまして授業の進みは遅く余裕を持って睡眠学習にうつつを抜かす。

そのうち語尾がなの!にならないか不安なの!



金髪毛虫に思いを馳せていると、騒がしくなる。

どうやら昼休みらしい、さすがに適当すぎたな、午後は心を入れ替えよう、と思いつつ、俺もその流れにのるべく小銭を確認していつもの場所へ向か……



「せーんぱい♪」



八幡「なんでいるんだよ飛び級でもしたの?」



一色いろはがいた。

きゃるん☆とあざとく袖口を巻き巻きしているあざとい。

いろは「ここは日本ですよ?」



八幡「知ってるよ、むしろお前より詳しいまである」

ぼっちに優しいお店とか詳しいよ!主にラーメン屋!



いろは「はぁ」

一色は興味なさげに息を吐く。



意味ありげに手をくいくいして俺に近づくとぽしょっと。

いろは「そんなことより、やばいですやばいですー見てくださいあれ!」



その先、廊下と階段の踊り場にはおそらく下級生の女子の大群がいた。いや、誇大とかではなく大群がいた。



いろは「あれ全部葉山先輩の出待ちです!」



ほへー……ため息しかでない。

うっそだろお前、出待ちってミリオン売り上げる有名バンドにしか付かないんじゃないの?



八幡「で、なんでお前はここに?」



一色はこねこねした袖で俺の腕に抱きつくと、いつかみた目を潤ませ顔を赤くしてか弱い(笑)声で囁く。



いろは「先輩……葉山先輩が教室から出ないように見張ってください……」



ほんと可愛いな本性知ってると見方180度変わるけど。

ていうかいいの?そこらからすんごい視線もらってるよ?

君まがりなりにも男に抱きついてるんだよ?

あ、葉山に見られさえしなければ良いのかな?でも僕ら大好きだよ?ほら、噂とか……

それにしても……

葉山にチョコを渡すためにあれだけまとまって来るのか……

いや、ほんとに嫉妬とかしてない、まじで。



いろは「バレンタインデー、高校入試でしたし……それに今回は葉山先輩には手を出さない同盟が上手く機能してなくて……」

一色がわなわな震えている。

チョコを渡しのは私だけのなのに!と。

あれ、三浦は?ほんといろはす脳は便利脳!



いろは「ていうか先輩!昨日は何をしてました?」

チョコ、貰えましたか?

と含みのある顔でニヤニヤしている。



あれ、ひょっとしてこいつ……

ないない帰り道めっちゃ探したし。



いろは「その反応、やっぱり昨日はデートでしたか……」

一色の顔に少し寂しさが混じる。

いや騙されないけど。



八幡「別に何も貰ってねぇし……」



いろは「ほへー、ま、そんなもんですよね、ところで私のクッ……」



くって、72?と思っていると一色がわたわたしだす。

なにこいつ……

いろは「葉山先輩!今日は良い天気ですね!」



おいおいスタンスぶれてんぞ……

えっ葉山?と振り返るより早く後ろから声がかかる。



葉山「やぁ、いろは、珍しい組み合わせだね、最近はそうでもないのかな?」



全校生徒の敵がそこにいた。



戸部「いろはす最近ヒキタニ君にべっとりすぎるべ!部員寂しがってるしー」



戸部もいた。

あとこいつほんと馬鹿だべ。

ほら後ろから殺気が……殺気!?



いろは「戸部先輩それマジウケますねー死にますか?」



戸部「えっ、どしたん……」



きゃるん☆て!ほら猫かぶって!お願いだから!



八幡「てかなに?購買部?」

状況変えなきゃ!

だって後ろからすっごいの来てるもん、すっごいの!



葉山「いや、一階の自販機だよ、君もくるかい?」

ほんと爽やかだなーだめだ、作戦変更、地雷源につっこめ、俺はとめない。

そうして、そのまま見送ろうとすると、しかしそれを許さない圧倒的な存在感が俺の袖を掴む。



いろは「せーんぱい♪」



八幡「まて葉山、俺も行く」

つれてけ馬鹿!これからアーチャーと戦うの!

後ろから射[ピーーー]ような殺気を感じる。へまは許されない。多分しくじれば死ぬ。いや、しらんけど。



葉山「珍しいな、正直ついてくるとは思わなかったよ」

それは本心だろう。あの誘いは社交辞令以外の何物でもなかったのだから。



八幡「俺だって行きたくねーよ」

前に進み出る。そうして葉山も気づいたのか苦々しい顔をしたのも一瞬、すぐに下級生に望まれる葉山を、笑顔を張り付かせる。

傲慢などではなく、彼はあの女子たちが待っている者を知っている。



戸部「なんかすっげー女子いるべ?なになにイベント的なー?」

そうだよ!お前には関係ないけどな。

戸部は最近、癒しキャラ?と錯覚するまである。



案の定、先頭を歩く俺に女子の群れは割れる。さながらバッファローのような、ならば、俺はライオンかな、いや迷いこんだシマウマ……



後ろでは葉山が歩くペースを少し遅め、まとわりつく少女らに絶望を振り撒く。

ごめんね、俺はこういうの受け取らないようにしてるんだ……理由は推して計るべき、である。

いつもマッ缶を買う用の、お気に入りの自販機が、数人に囲まれながら今日も暖かさを提供している。

戸部の中身がすかすかの会話にこちらもすかすかの返しをし、葉山が困ったような笑いで会話を繋ぐ、気付くと本当に自販機まで来てしまったのだから、だいぶ毒されているといえる。めぐりん☆ワールドと戸部だべ☆ワールドは表裏一体……



あったかーいのとつめたーいマッ缶、どちらにするか真剣に悩んでいると、既に買い終えた葉山が、戸部に何やら缶を渡している。



戸部「葉山くーん、それはないべー」



葉山「すまない、少し用事があってね、ほら、急がないと姫菜の分が冷めてしまう」



戸部はチラとこちらに視線を送るとすぐに葉山に向き直り、それはまずいべ!それじゃ速く来いよーと走り去る。



結局、あったかーいマッ缶を選びつつ、そこを動かない葉山に言った。

八幡「今のは、お前らしくないな」



葉山「それを言うなら君もだな、ここまで着いてくるほど君はお人好しじゃない、だろう。」

いくらいろはがいたとはいえ、だ。と葉山は続ける。



葉山「何か聞きたいことがあるんじゃないのか?」

本当にこの男は……

どのような人間に対しても、葉山隼人は崩れない。常に彼は葉山隼人であろうとする。そうならば、それは俺も例外ではない。



八幡「煩わしいのは嫌いなんじゃなかったのか?」



葉山「もう、君に対しては諦めたよ、それに君は……」

それ以上言葉を続けない。察しろとでも言うのだろうか、それとも、これは彼なりの優しさなのだろうか。

葉山は急かさない。

ゆっくりと俺が言葉を紡ぐのを待っている。こいつ俺のこと嫌いって言ってたじゃねーかよツンデレなの?

余計なことばかりに気が要って聞きたい事が出てこない。それはつまり、まだ俺自身が葉山にそれを聞いて良いのかと迷っているということでもある。



あの日、雪ノ下雪乃は多くを語らなかった。

雪ノ下陽乃を助けてほしい、それは間違いないのだろうが、彼女自身その理由も方法も知り得ない。ただただ俺たちに伝えるための言葉を探し、ついぞ見つけることが出来なかったのだ。

依頼として未だスタート地点にすら立てずにいる。



ならば、走り出すためにはこいつの協力が何よりも必要であることは自明だった。

自分が嫌になる、考えつく未来予想図が統べからず状況を悪くしてしまう気が、錯覚がある。

今、何を聞いても、俺は雪ノ下の依頼に正面から向き合うことができない、そんな錯覚。雪ノ下雪乃を知ることを怖れている自分がいる。そんなものはバレンタインデーの自問自答で清算したつもりだった。雪ノ下は強くない、そんなものは俺の理想で甘えだと。しかし、人間そう上手く断捨離出来るようには出来ていないらしい。



葉山「昔、俺は選択を間違えた」

ふと葉山が語り出す。それはとても優しく儚げな、遺恨を、歯痒さを噛み締めるような……



葉山「知らなかったんだ、あのころの俺は『葉山隼人』ではなかった。」

重い沈黙、葉山は何一つ教えないし、答えていない。しかしそれは葉山隼人が精一杯伝えてきた真実だった。

もういいかな?と葉山はいつの間に飲み干したのやら、ミルクティーをクシャリと潰しゴミ箱に放る。それはまるで予定調和のように、カランと乾いたおとをたてて吸い込まれていった。



葉山「俺は全てを君に教えることはできない、でも、今の君なら……散々回り道をして痛みを分かち合う本物を見つけた君ならもう回り道をして悪者になることもないだろう?」



八幡「気持ち悪いな、本当にお前葉山かよ保健室連れてってやろうか?」

本当に誰だよこいつ……

そこにいたのはあるいは葉山がありたいと願った本当の葉山隼人なのかもしれない。

ていうか本物流行りすぎじゃね?俺自[ピーーー]るよ?間違いなく流行らせたのは陽乃さんだな、あの人の魔性は本物……



葉山はふっと笑うと、答える。

葉山「俺は君が嫌いだからね、だから、考えて、迷って、傷付いて、そして、一緒にいてあげてほしい」

今の雪乃ちゃんなら、あるいは、君と結衣なら、……と。



そうしてしばらくして俺は一人で昼休み終わりのチャイムを聞いた。



雪ノ下雪乃は嘘をつかない。

ただ全てを話さない。

弱く矮小な雪ノ下雪乃。

そんな雪ノ下雪乃を受け入れる準備は、もう充分だった。



マッ缶はもうとっくに冷めていて、だけど俺は……

午後の授業は、午前中に比べると消化試合のような面がある。

昼休みでご飯を食べ、残り2コマをすぎれば楽しい楽しい帰宅時間が待っているのだから。

特に今日は先の件で、頭がこんがらがっていたので寝たかった…本当に何でそう言うときに限って数学と現国なんですかね?

とくに現国、あの三十路寝ると殴りにくるんだもん……ほらいまだって何もしてないのに凄い睨んでるしテレパシーかよ、繋がっちゃってんの?なにそれ卑猥!



帰りのホームルームを終えると、教室は一気に華やぐ。

今日に限ってはその喧騒も普段よりカラフルで、一応今日がバレンタインデー扱いであることを思い出させる。



由比ヶ浜はといえば昼休みからそわそわと落ち着かず、授業間の休みに俺に接近を試みては、三浦に話しかけられ引っ込むと……と、それはもう立派なキョロ充ライフを堪能していた。

さっきからもチラッチラッとこちらを見やり俺が勝手に行かないように牽制してくる、別にそんな急がねぇし……だって廊下寒いんだもん!二重の意味でね!

重い腰をあげ、暖かな教室から廊下に出る。

廊下で感じるこの冷気はいつにもまして俺の体を冬に染め直す。

季節はまだ依然冬で、たとえ晴れていようが曇っていようがその本質は変わらない。春は遠く、陽の光はこの廊下までは届かない。

教室の暖かさを思いだしいくらか後悔しつつも歩を進める。



ってぇ……重い衝撃を背後に感じる、殴られたの?背後から攻撃って卑怯だぞ!俺がゴルゴだったら死んでるまである。



「ヒッキー、気付いてたでしょ!なんで先行くし」



振り回した鞄を、よっと抱え直し由比ヶ浜は恥ずかしそうに制服の袖口をこねこねしている。流行ってんのそれ?

てか前もあったなぁこんなの……



「お前こっち見すぎなんだよ、大体あの集団に声かけるとか無理だし」

「別に見てないし、ヒッキーこそこっち見すぎだから!キモい!」



そうだねキモい連呼しとけばコミュニケーションとれるもんね、そんなに見てたかな、おかしいな。



「今日ゆきのん、来てるかな?」

不安げに、ごにょごにょと。

八幡「くるだろ、たぶん」



結衣「でも、昨日……実はあのあと、ゆきのん一人で帰っちゃったの……」



八幡「そうか」



分からないことでもない。

彼女にとって今の由比ヶ浜は優しいだけではない強かさと意思をもつ憧憬の的であり、残酷な宣告を唐突に告げてきた死神でもある。



八幡「今日……」



結衣「?」



八幡「今日、俺は雪ノ下に、あいつの過去に少し踏み込む」



雪ノ下が頑なに語らなかった過去、雪ノ下に関わる人々から語られなかった過去。彼女の古傷を抉ることになろうとも……あるいは、君と結衣なら……葉山の言葉を思い出す。



八幡「だから、その、お前が一緒にいてくれないと」



八幡「……少しやりづらい」



俺たちは3人で奉仕部だから。

由比ヶ浜はぽかーんとしている。やめてくんない?お前がリアクションしてくれないとか俺のアイデンティティーに関わるのだけれど、あれ?

結衣「……ぅん、うん!ヒッキーなら、私たちなら大丈夫だよねっ」



にこにこと、少し恥ずかしそうに、少し瞳をうるませて。



結衣「ほら、いこ?」



手を捕まれる。

由比ヶ浜の暖かさが伝わり、心臓が跳ねる、しんと冷える廊下も今は鳴りを潜めていた。







結衣「やっはろー!」



雪乃「こんにちは」



いつものように、おうと返事をする。彼女は夜気を感じさせる淡い夕日に照らされてどこか寂しそうにたたずんでいた。



結衣「昨日は大丈夫だった?お母さんすごい心配してたよー」



雪乃「え、ええ、結局ホテルに泊まったもの」



結衣「お父さんもね、ゆきのんのことー



さ、さすが由比ヶ浜だ、雪ノ下も少し元気に押し負けてる……

ひとしきり話すとふいに雪ノ下がこちらに視線を向ける。



雪乃「そういえば、比企谷くん……あなた、お昼休み葉山くんと何をしていたの?」



八幡「は?」



雪乃「いえ、見間違えならいいのだけれど……」



弱々しい、毒のひとつもないその言葉は、不安をひしひしと感じさせる。



雪乃「誤解しないで欲しいのだけれど、あのとき姉さんが言っていたチョコの下りは、もう大分昔のことだし、別に葉山くんは関係な 八幡「その話をしてたんだよ」



雪乃「え?」



間違ってはいない、そして

間違ってはいけない。

八幡「雪ノ下、お前の事を、昔なにがあったのかを聞いた」



ゆっくりと、しかし雪ノ下に反論の間を与えない。



八幡「葉山は全部話してくれたよ、その上で、助けてあげて欲しいと、あの時のことを悔やんでいると言ってた。」



全力で、カマをかける。雪ノ下から言質を引き出すために。



雪ノ下の表情は呆けたものから冷徹なものに変わる。その瞳から、温度が失われる。



雪乃「すべて……彼が?」



八幡「あぁ、小学校の時の話を、そしてその後のこ 雪乃「それ以上言わないで!」



雪ノ下の表情がころころ変わる。今は羞恥と、焦りと、不安と……

雪乃「何を……聞いたの?」



静かに、高圧的に問いかける。

冷静なようで収まらぬ感情の行き場に苦慮している。



八幡「それは言えない、だが、今、必要な事ではある。」



雪乃「あなたが何を聞いたのかは知らないけれど、でもそれはもう終わったことで、あなたには関係ないでしょう?」



八幡「お前の中ではそう認識していたとしても、俺たちは違う。それを受け入れるのなら、この関係は欺瞞だ」



暗に、本物じゃない……と。



雪乃「欺瞞……本物って便利な言葉ね、あなたはそればかり。昔の事をここで出すことで現状の何が変わるのかしら」



八幡「少なくとも今のままでは雪ノ下の依頼を解決することはできない」



陽乃さんの、雪ノ下の家の、雪ノ下自身の抱える問題。

それらには必ず共通する事柄があるはずで、その根本を的確に捕らえ、修正しなければ問題の本質すらはき違える。



依頼の根底の内容は雪ノ下自身に解決させなければならないのだから。



俺の伝えたいことを正確に捕らえたのか、雪ノ下は押し黙る。

彼女が長い間守り続けた秘密、それを最悪のタイミングで引きづり出した俺を見つめて、しかし彼女はふっと微笑んだ。



雪乃「比企谷くん、責任は取ってくれるのよね?」



いつか聞いたようなセリフを、また聞いた。







暗転







友達は多くなかった。

それでも、私には自慢のお姉ちゃんがいて、自慢の幼馴染みがいる。



お姉ちゃんはいつだって私の事を助けてくれたし、幼馴染みの隼人くんは私の知らないものを沢山見せてくれた。



3人で色々な経験をしたし、

3人で毎日遊んでいたし、

3人で沢山怒られたし、

3人でいる時間はいつだって私を幸せにした。



だから、私には友達は多くなかった。

私の世界はこの2人で完成していて、いつまでもこの関係が続いていくだたと思っていたし、願っていた。



小学校にあがる前に、お姉ちゃんが秘密めかしてバレンタインデーのことを教えてくれた。

それは大切な人にチョコレートを送ってお祝いをする日。



お姉ちゃんは2人で隼人くんにチョコを作ろう!と笑顔で提案する。

私も二つ返事で了承し、キッチンを真っ黒にして隼人くんにチョコレートを贈った。

小学校にあがると、少しずつ友達が増え始めた。

大抵、それは隼人くんやお姉ちゃんのつてによるものだった。



私が2年生になったころ、隼人くんは校内でとても人気者になっていた。

隼人くんに憧れて、幼いながらに好意をぶつける女の子も少なくなかった。



お姉ちゃんも、小学校高学年になったころから少しずつお家のことで遊べなくなっていった。

お母さんはとても厳しく、時々お姉ちゃんがさぼって抜け出たりすると、とても怖い顔で叱りつけてきた。



だんだんと、3人で一緒にいられる時間は少なくなっていった。



それでも、隼人くんは暇を見つけては私に構ってくれるし、お姉ちゃんは家では時折ひどく疲れたような顔をするも私のことを大切にしてくれた。

小学校3年生になった。

雪乃ちゃん!と呼んで仲良くしてくれる友達と、隼人くん、それにお姉ちゃん。



私の世界は相変わらず小さいコミュニティだったけれど、それでもとても充実していた。



けれど、ある日、私は初めてお姉ちゃんと大喧嘩をした。



きっかけは些細なもので、習い事で夜遅くに帰ってきたお姉ちゃんに、私は、勉強を教えて欲しいとお願いした。



お姉ちゃんはとても疲れた顔で私ばっかりに頼ってないで、少しは自分で頑張りなさいよ、と。



私はそれがとても気にくわなかった。

それではまるで私が普段、頑張っていないみたいだったから。



その喧嘩はだんだんと大きくなり、ついには3日も口を利いてくれなかった。



私は怖くなり、謝りだおすとお姉ちゃんはいつもの笑顔でまた構ってくれた。







だんだんとお家の中で怒号が飛ぶようになる。

それは大抵、母親とお姉ちゃんのもので、あの頃のお姉ちゃんはいつも泣いていたような気さえする。

そうして、お姉ちゃんは傷つくといつも隼人くんの所へ行った。



隼人くんもお家の勉強や習い事をしていたので調度いい話し相手だったのだろう。



私には分からないことばかりで次第に2人との距離を感じることが寂しくもあった。

3年生の2学期の中ごろ、お姉ちゃんが恋愛のお話をしてくれるようになった。



お姉ちゃんのクラス、6年生ともなると好きな男女同士が告白をして付き合ったりするのだそうだ。



付き合うと、いつもより沢山その相手と遊ぶ権利を貰えるのだと、お姉ちゃんは言っていた。



私と隼人くんは、それを興味津々になって夢中で聞いていた。

だってそれは大人みたいで何だかとても格好良かった。



お姉ちゃんは隼人くんに、隼人も好きな人いるのー?とにやにやしながら聞いていた。



隼人くんは赤面しながら、お姉ちゃんをチラチラ見るものだからそれが面白くて姉妹揃って笑ってしまった。



隼人くんもお姉ちゃんに、好きな人がいるのかと真剣に聞くと、お姉ちゃんもまた顔を赤くしていた。



私はその光景が微笑ましくて、とても大事な思い出にしようと決めて、また笑った。

3人でいる時間はとても幸せで、かけがえのないそれは私の本物だと、心から思えた。



それから少しして、お姉ちゃんがお母さんに反抗的な態度をとるようになった。



いつも以上に習い事やお家のことをさぼり、怒られては隼人くんに泣きついていた。



私はまだ、お家のことなどとは縁がなかったため、そのたびにお姉ちゃんについていった。



でも、いつからか、お姉ちゃんは私の目を盗んで隼人くんに会いに行くようになった。



最初は偶然なのかと思ったが、重なるごとに、お姉ちゃんと隼人くんが一緒ににこにこと喋っているところを想像すると寂しさで胸が痛んだ。



そんなある日のことだった、隼人くんが私を校舎裏に呼び出したのは。

何事かと思ったが、久しぶりに遊べるのだと、私は、るんるんと足取りも軽く校舎裏に向かった。



隼人くんはそこで待っていた。

私はどうしたの?と聞くと、隼人くんは少し緊張しながら、雪乃ちゃん、僕とお付き合いしよう!……と。

そんなことを提案してきた。

私はとても嬉しかった。

お付き合いすると、沢山遊べる権利がもらえるのだから。

少しの間話せてなかった隼人くんと、そして、お姉ちゃんと沢山遊べるのだと思うと心が踊った。



私はすぐに、いいよ!と答えた。

隼人くんは、どこか安心したような、寂しそうな何とも言えない表情をしていた。



私はその事が嬉しくて、お姉ちゃんよりも優先して遊んでくれるの?と聞いた。

隼人くんは困った顔をしながら、そうだねと答える。



そうしてその日は久しぶりに隼人くんと2人で帰った。

お姉ちゃんがいないのは寂しかったけど、お家の用事だと母親に連れていかれたと6年生の人に言われれば仕方なかった。

今日もお姉ちゃんは夜遅くに帰ってきた。

とても疲れたように、苦渋に満ちたその表情は私を不安にさせる。



だから、私は精一杯元気な声で、今日ね!と語り出した。



今でも忘れない。



お姉ちゃんにその事を告げると、珍しくお姉ちゃんが狼狽した。

絶望を刻むその顔に、私は理由も分からずおろおろとしてしまう。



お姉ちゃんは震える声で、隼人が雪乃ちゃんを好きだって言ったの?と聞いてくる。

好きの意味がいまいちよく分からなかったけれど、私は、少し気分よく、うん!お姉ちゃんよりも好きだって!だからこれから沢山遊べるよ!と答える。



お姉ちゃんはついに泣き出すと、自室から出てきてはくれなかった。



私は元気付けようとしただけなのに、これから沢山遊べるのに……私には分からないことばかりで、その日は中々寝付くことができなかった。

次の日、私は学校へ行く準備をしているとお母さんが声をかけてきた。



雪乃ちゃん、今日は陽乃ちゃん、少し朝から御用事があって、学校には途中から行くことになっているの、それを登校班の副班長さんに伝えて欲しいのだけれど、できる?



私は、はいと返事をする。

班長はもちろん、私のお姉ちゃんだ。



未だに部屋から出てこないお姉ちゃんを少し心配するも、私は元気に家をでた。

今日は隼人くんと何のお話をしようとか、何で遊ぼうとか、そんなことを考えていた。



ところが、昼休みも放課後も隼人くんはどこかにふらっと消えて私に構ってくれなかった。

昨日お付き合いしたのに、何でだろうと幼いながらに不安になる。



そもそも遊べる権利など誰から与えられるのだろうかとふと疑問に思う。



放課後を児童館で過ごし、とぼとぼと家に帰ると、珍しくお父さんがいた。

何やら忙しそうに電話をかけている。



どうしたのですか?と聞くと、お姉ちゃんが御用事で大きな失敗をし、お母さんにとてもとても怒られたらしく、そのせいか、放課後すぎの御料理教室でぼーっとして怪我をしてしまったのだとお父さんは教えてくれた。

それから少しして、お姉ちゃんは帰ってきた。



私は心配そうに、大丈夫?と尋ねるもお姉ちゃんは答えてはくれない。



それどころか、とても険しい一瞥まで投げかけてくる。

その目が、今まで一度も私に向けられた事のない物だったので、私は心底恐怖した。



途端に私は泣き出し、お母さんが驚くのが分かったが、お姉ちゃんはそれ以上の反応を私によこしてはくれなかった。







その次の日から……

私はお姉ちゃんに無視されるようになった。

とても悲しくて何度も謝り懇願したが、お姉ちゃんは両親の前以外では頑なに私をいないものとして扱った。



さらには学校で変な噂が流れるようになる。

それは私と隼人くんのことであったり、単純に私をけなすものであったり様々だった。



所詮、小学校中学年に流れるような噂だったが、それでもそこが私にとっての交流の全てだったのだから、私にはとても怖いものだった。



怖くて辛くて寂しくて、私は何度も隼人くんを頼った。

最初は私を庇ってくれていた。それが嬉しくて何度もありがとうを言ったが、ある時からふいに彼も私を助けてはくれなくなった。

小学校で人気があった彼に守られているうちは、そこまで辛辣な物ではなかったが、彼の庇護がなくなると彼を慕う女の子たちまで私のことをけなすようになった。



伝聞は、交わされるごとにあることないこと詰め込まれていき、もう手に負えない物になっていた。



しばらくして、お姉ちゃんが私と話すようになってくれた。

それはとても嬉しかったが、その表情に優しさを感じることはなかった。



あっといまに、楽しかったあの3人の世界が崩壊した。



私が大切にしたもの、本物だと信じたものはたった1ヶ月もしないうちに粉微塵に消えた。



狭いコミュニティが災いして、私は頼るべき相手を見失っていた。お母さんはお姉ちゃんの教育にべったりだし、お父さんはまず家にいないことの方が多かった。



救いのてを差し伸べてくれる存在もないままに、私はどん底まで落とされていった。



幼いほど、自覚がないのか非道になるというが私はそれを身をもって体感することになった。

5年生になった。



段々と噂も廃れ、時折私と話してくれる女の子も多くなった。



その代わり葉山くんとの距離はどんどん遠くなってしまった。もはや彼も、私と話すことはなかった。時折見るその顔は、懺悔と後悔によって染まっていた。



どんなに仲が良かったって、そんな理想は少しの綻びで破綻するのだと知った私はいつからか人との接触を避け始めていた。



散々泣きはらし、誰もいない孤独を1年も味わえば、それは当然の成り行きだった。



私は、友達を作ることを止めた。







一度、姉さんが答えてくれたことがある。

私が意味も分からず葉山くんの告白を受けたから、姉さんは変わってしまったのかと聞いたときだ。



姉さんは、それはどうかなー?と張り付かせた笑顔で答える。

あの日から姉さんの本当の顔なんて見ていない、彼女はそこに私よりも強固な鉄面皮を備えていた。



そして姉さんは、



だって、隼人に告白させたの私だもん、と静かに笑っていた。







暗転







奉仕部に静寂が訪れる。

それは無慈悲で、それでいてどのような言葉をも飲み込むような威圧感があった。



雪ノ下は切々と過去のことを語り。

その頬には幾重もの雫が残した跡が鮮明に残っていた。



こちらから由比ヶ浜の表情はわからないが、それでも震える肩が答えを教えてくれる。



雪乃「一人になれば、それを……大切なものを失わなくてすむのなら」







雪乃「私に友達なんて……」

必要ない、彼女はそう言ってうつむく。

さらに滴がしたたり、彼女の慟哭を俺たちに伝える。



仮面は剥げて、雪ノ下は小学生の頃から纏っていた呪詛を吐き出している。



雪ノ下にとって、友達を作ると言うことは相当にイレギュラーなことであり、今でもなお、俺たちを失うことを考えては過去のトラウマから、その幼い心を痛めているのだろう。



孤独であるということは、概ねそういうことだ。



結衣「なんで……?」



雪ノ下の表情が不安げに揺れる。



結衣「ゆきのんは何も悪くないじゃん……」

由比ヶ浜は必死になにかを伝えようとし、言葉を探す。

八幡「お前の悲しみが、喪失感がどれほどのものだったのかは分からない。だけど……」



ゆっくりと、正確に



八幡「それと俺たちを重ねるのは間違っている」



雪ノ下は何も言わず、真っ直ぐとこちらを見つめる。



八幡「少なくとも、俺たちは本当のお前を見てきたつもりだし、それに、俺はもう散々ダメな所を見せてきたからな、もうこれ以上見せたら、お前に捨てられるまである」



俺たちはここにいる、ずっと、これからも、ずっと。



由比ヶ浜もにっこり笑うと、そうだよ私奉仕部の皆大好きだもん!と胸を叩く。



雪ノ下はまたうつむき、ごめんなさいと咽び泣く。

結衣「だって、ゆきのんはもう一人じゃないもん……私が、ヒッキーがいるじゃん」



由比ヶ浜がそっと彼女を抱き寄せる。

涙で濡れて肩を震わせる小さな女の子は驚き、しかし、その抱擁を拒めない。



結衣「私たちは友達で、親友だよ?親友はどんな時でも、何があっても絶対に見捨てたりしないんだから、嬉しいことは一緒に喜んで、悲しいことは二人で半分こで、もし間違えたら絶対に助けてあげる……」

いとおしむように頭を撫で、ゆっくりと由比ヶ浜はささやく。



次第にその咽び泣く声は大きな嗚咽となり、雪ノ下は隠し続けたその膿を、間違えを、涙に乗せて吐き出し続ける。







関係や距離感、そういうものに惑わされて悩み苦しむ。

その友情関係が壊れないかと不安になり心配して、きっと皆がそうであることでグループというものは維持されていくのだろう。



それは俺たちも同じことだ。

その不安をどこかに感じ、悩んで、答えを探していく。



しかし、それでも。



俺たちは一人じゃない。

どのような選択をしようとも、必ずその横には誰かがいて、支えてくれる。俺はそう思うし、そうでありたい。



欺瞞とか損得ではない、本物。

幼い頃から一人でいることを好み孤独を通すことと、後天的に事情をともなって孤独を通すこと、これは結果さえ見てしまえば同義かもしれない、しかし、後者は皆と笑いあい助け合うことを知っている分、尋常でないほどの孤独感と劣等感に苛まれるだろうことは想像に容易い。



俺と、雪ノ下の孤独は、そういう意味において、本質的に、決定的に、違う。



だからこそ今の俺は、否、『俺たち』は彼女を理解し、支え合える。ここにいる3人は始まりこそ違えど、今は孤独などではないのだから。







いつの間にか2人の嗚咽は消え、優しい笑い声に変わる。



奉仕部は、既に半身を隠す夕日の連れてくる寒さを感じさせないほどの暖かさに包まれている。



雪乃「比企谷くん」



八幡「え……おう」



雪乃「あなたに泣かされたわ。心の傷を抉られて……気は済んだかしら?でも、絶対に許してあげない」



今までに見たことがないような……素直で、しかし、たどたどしい笑顔で彼女は微笑んだ。



俺はやっと雪ノ下雪乃との邂逅を果たす。



俺は、この笑顔を忘れない。







幕間







私が中学に入学するときのことだ。

姉さんが、突然志望校を学区外に変えた。



その高校は、私が過去を精算するために誰も私のことを知らない場所を選ぼうと思い、悩んだ末に決めた高校だった。



まるで、逃がさないとでも言うように、姉さんは合格発表後、即その高校を選んだ。



何だか悔しくて、私も負けじと姉さんを追いかける。



そうしてその高校へ行ったものの、やはり生来身に付けたコミュ障っぷりと無気力さから結局のところ友達と呼べるものなど一人もいないまま2年生に進級してしまった。



そんな私の素性を見抜いてか、平塚教諭は、とんでもない部活の創設を依頼してきた。



名を、『奉仕部』だとかなんとか……



持たざる者に慈悲の心を等と語っていたが、私にはこの部活の方針が今一よく分かっていなかった。



静「明日、一人部員を連れてくる」



そうこうするまに新入部員すら連れてくる始末、私はついに頭痛までしてきたように錯覚する。

仕方がないと諦め、今日もまた部室へ向かう。

新入部員なんて本当に来るのかしら……







がらっと扉が思いっきり開かれる。

私がいくら注意しても、この人はノックをする気がないらしい。



雪乃「平塚先生、入るときはノックを……」



そう言いながら気付くと後ろに連れられている男子生徒の存在に気づく。



容姿はそこそこ、ただしその圧倒的に腐った目が全てを台無しにしていて、どこか可笑しく感じる。



八幡「比企谷八幡です……入部したくないです」



いきなり失礼な男……



八幡「ここは何部なんだよ……」



私は用意していた文言をすらすらと……



雪乃「ここは奉仕部、持たざる者に慈悲の心をー……」



雪乃「あなたの依頼、引き受けるわ」



後に友達になってくれ等とおもしろい事を言い出す彼を、私は8割の無関心と2割の好奇心で迎え入れるのだった。







幕間







鍵を返して帰路につく。

雪ノ下は由比ヶ浜の家にお世話になるらしい。

由比ヶ浜も嬉しそうに百合百合ワールドを展開している。



結衣「ヒッキーも来ればいいのに、なんなら、泊まっても……」



赤面しながら言わないでもらえませんか?陳腐です!



八幡「うっせ、俺には小町という愛愛しい存在が家でご飯を用意して待ってるんだよ」



結衣「そのシスコン、キモいよ……」



八幡「うっせ」







もうすっかり日が落ちている。

さみぃ……



これでやっと俺たち奉仕部は雪ノ下陽乃を助けるという依頼に着手できる。



雪ノ下陽乃の抱えているものの輪郭はもはや砂上の楼閣などではなく、確固とした姿をもって俺のなかにある。



雪ノ下が過去を取り戻したことで俺たちは陽乃という存在にたどり着くための準備を始められる。



ふいに……



「比企谷くん、みっーつけた♪」

悪戯っこのような声音で……



雪ノ下陽乃は静かに、しかし威圧感をもってこちらを見つめていた。

カツンカツンとヒールの音が近づくいてくる、この人は、ずっと待っていたのだろうか……



八幡「ども……」



陽乃「せっかくお引っ越しまでして雪乃ちゃんと姉妹愛を深めようと思ったのに、全然家に帰ってきてくれないの」



およよ、と泣くジェスチャーを伴って彼女はこちらをちらと見つめる。



八幡「由比ヶ浜の家に泊まってるみたいですよ」



陽乃「ふーん、あっそ」



陽乃「本当にあのこ、邪魔だなぁ」



艶めかしい瞳がそっと俺をとらえて離さない。

君もそう思うでしょ?と暗にほのめかす。



陽乃「比企谷君と雪乃ちゃんだけだったら、こんな面倒な事にならなかったのにね」



答えられない、さっきまであった確固たる思いもどこかへ霧散してしまう。



陽乃「本物の答えは見つかったのかな?」



陽乃「私もあんまり時間がないからさぁ、君の言う本物がまだ分からないなら」



陽乃「雪乃ちゃんを奪い取っちゃうよ?」



さきほどまでの緩さなど微塵も感じさせない、冷徹な眼光でこちらを見やる。

八幡「俺は……」



声を絞り出す。



八幡「俺たちは、あなたや葉山のようには、ならない」



陽乃さんの体がぴくっと震えた、その瞳からは何の感情も読み取れない。



陽乃「ふふっ、聞いたんだ」



途端に微笑んで、彼女は……



陽乃「それで君は雪乃ちゃんの話を聞いて、理解した気になって、受け止めることができたと思ってるの?」



何の感情も感じさせない、純粋な感想のような……そんな声色だった。



陽乃「雪乃ちゃんの抱えているとても酷い何か、君は分かっているんだと思ってたよ」



陽乃「がっかりだなー、君のいう本物ってやっぱり私の考えるものとは違うんだね」



陽乃「君はなーんにも知らないんだね」



軽蔑の視線に俺の視界がぐにゃりと歪む、これ以上ここでこの人の話を聞いてはいけないと分かっていても、体がいうことを聞いてくれない。



陽乃「君も雪乃ちゃんも、途方もない偽物だもんね」



俺の思考は停止した。