短編のつもりですが書き溜めがないので遅くなるかもしれません

場合によっては18禁になるかもしれません

キャラ崩壊注意



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1375540702



夜中にふと目が覚めて私、宮永照はベッドを抜け出し、リビングで水を飲みながら窓から外の景色を眺めていた。



年の瀬も迫る12月の後半。窓の外は夜の闇もなんのその、一面に輝く銀世界。



「東京じゃこんなこと滅多になかったな。夜闇が薄く見えるのは同じだけど」



昼夜問わずに煌々と輝く街の光はここには存在しない。



ただただ白い雪だけが風に舞い、雪原を形作っているだけ。



子供の頃に見慣れた、懐かしい景色。



「・・・帰ってきてしまったんだな」



ため息のように呟いて、私は手にした水に口をつけた。







しばらく感慨にふけっていると眠気が戻ってきて、私は自分の部屋への帰路についていた。



私の部屋は二階の端。二階にある全ての部屋の前を通らなければたどり着けない。



「お姉ちゃん・・・」



その内の1つ、妹の宮永咲の部屋の前を歩いていると、中から声が聞こえてきた。



(起こしてしまったか?)



足音は立てないように注意していたのだがなと、咲に侘びを入れようと口を開いた時、再び咲の声が聞こえてきた。



「お姉ちゃん・・・んう・・・好き・・・」



「・・・!」



ドアの向こうから届く咲の声は情欲に濡れていた。



(そんな・・・咲・・・)



私は金槌で殴られたかのような衝撃を受け、震える身体で今なお喘いでいる咲に気付かれないようにしながら、自分の部屋へと戻っていった。







「嘘よ、こんなの・・・」



ベッドに腰掛けて呆然とする私。



この眼で確認したわけではない。しかし、咲は私を呼び、好きだと言い、あまつさえ喘ぎ声を上げていたのだ。



何をしていたのかわからないほど私は純真ではない。



「咲、どうして・・・?」



答えなど帰ってくるはずのない問いを口にして、私は力なく体をベッドに横たえた。

その感情に気がついたのは中学校二年生の頃だったか。



来年は同じ学校に通えると笑う咲に、家でいつも一緒だろうと苦笑を返しながら、私の中は喜びに満ち溢れていた。



これで咲ともっと長い間一緒に過ごすことが出来る。



我ながらシスコンの気があるなとは思いながらも、たった一人の大切な妹なんだからと当然のように考えていた。



だが違った。私が咲に抱いていた感情は姉妹愛を超えてしまっていた。



無意識の内に抱き寄せてしまうことがあった。



その唇に自分のそれを重ねる想像をしてしまうことがあった。



初めは中学校に上がり性の知識もついてきたせいで、一番身近な相手である咲でそういう想像をしてしまうだけだと思っていた。



同性であり、まだ小学生である妹に対してそんな想像をすることの異常さに気付かないふりをして。



いつか落ち着いてくるはずだ。そう言い聞かせて私は咲との生活を続けた。



笑顔を見る度に心を震わせながら。



触れ合うたびに胸の鼓動を高鳴らせながら。



それでも気の迷いだとその感情を否定し続けてきたが、怖い夢を見たと言う咲と寝床を共にした時、いつの間にか咲の寝巻きに手をかけていた自分に気付き認めざるを得なくなった。



最低だと自分を恥じた。姉が妹に恋をするなど許されることではないと。



忘れようと麻雀に打ち込んだが、打っている内は忘れられても対局が終わればまた咲のことが頭に浮かんできた。



このままではいつか自分は理性を無くして咲を傷つけてしまう。



私は咲に嫌われるためにわざと無視したり厳しく接するようにした。



自分が咲を嫌うことが出来ないから咲が自分を嫌うようにしたのだ。



従姉妹の不幸が重なったこともあり、精神が不安定になったと判断された私は、そのことで父と不仲になってしまった母に連れられて咲と離れて暮すことになった。



身を引き裂かれるような思いだったがこれが咲にとっても幸せなんだ、私も離れていればこの想いも薄れるだろうと胸を撫で下ろした。

甘かった。



離れているからこそ咲のことが心配で、一緒に暮していた時よりも咲のことを考えている時間が多くなった。



内気な性格だから苛められたりしていないだろうか。



また怖い夢を見たと一人で泣いてはいないだろうか。



やっぱり離れなければよかった。後悔も幾度となく繰り返し、私の咲に対する感情は離れる前よりも強くなる一方だった。



そんな薄汚い感情を押さえ込む為に、以前にも増して麻雀に打ち込んだ。



いつしか私はチャンピオンと呼ばれるようにまでなったけど、それでも私の胸の中の感情は日に日に大きさを増すばかり。



内容が内容なので誰にも相談できず一人で抱え込んできたそれは、もうどうしようもないところまできてしまっていた。



そうして向かえた今年のインハイ。記者から驚くべき質問を投げかけられた。



長野の代表校の大将の名は宮永咲というのだが、彼女は貴女の妹なのか。



嘘だと思った。咲は確かにそこらの雀士では手も足も出ない実力を持っているが、麻雀を嫌っていたはずだ。



その咲が何故麻雀の大会になんて出ているのか。



答えは考えなくてもすぐにわかった。私に会うためだ。



私に会い、麻雀を通じて仲直りをしようとしているのだ。



嬉しかった。あれだけ嫌われるようなことをしたのにまだ自分のことを好きでいてくれていることに涙を流しそうになった。



しかし、そんな風に思うからこそ受け入れるわけにはいかなかった。



私は記者に妹などいないと答えた。



来るなという意思を込めたつもりだったが、来ないでくれという懇願だったと言った方が正しいかもしれない。



もう一度咲に会えば歯止めがきかなくなってしまうから。



果たして願いは聞き届けられず、咲達の高校は辞退することも敗退することもなく、決勝戦で私達の高校とぶつかり優勝を収めた。



そこでは直接打ち合うことはなかったが、私が教えた嶺上開花を何度も和了る咲を見て、例えようもないほど膨大な喜びが胸を満たしたことを覚えている。

そして個人戦にて遂に同じ卓で見え、負かされたのち涙ながらに抱きつかれて、観念した私は咲に謝りまた仲良くしようと言ったのだ。



当然のことだが胸に秘めた想いのことは打ち明けられていない。



何も解決していないのに私は諦めてしまったのだ。



両親を、長野の友人を、そして何より咲を、傷つけるだけ傷つけて。



「最低だ、私・・・」



姉としても人としても最低最悪な存在だ。



「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」



暗い部屋の中、枕を濡らしながら謝り続ける私。



その声は誰にも届くことはなく闇の中に消えていくだけだった。







「はぁ〜・・・」



降り積もった雪をシャベルでかきあげながら、咲がため息をついた。



「お父さんもお母さんもひどいよね。雪かき私達に任せっきりなんて」



ぶつぶつと文句を言いながらシャベルに乗せた雪を端に固めた雪山に乗せ、崩れないように叩いて馴染ませる咲。



今私は咲と共に庭の雪かきをしている。



咲は朝会ってから今まで特に動揺した素振りも見せずに私と接しているので、昨日はバレずにすんだようだ。



聞かれたことを知らないとはいえ、その・・・いたすのに使った相手と平然と話が出来るポーカーフェイスぶりに、やっぱり私の妹なんだと思わせられた。



それはそうとして、こうして雪かきをするのは何年ぶりだろうか。



単純作業の繰り返しで力も必要、おまけに地面は凍結していて危ない。東京に出て久しくやっていないので懐かしくはあるが、決して楽しい作業ではなかった。



けれどもこうしていると、昔咲と一緒に雪かきをしながら遊んだ記憶が蘇ってくる。



今使っている物よりもかなり小さな園芸用のスコップを使って雪合戦をしたこと、転びそうになりながら追いかけっこをしたこと、様々な思い出が私の脳裏に浮かび上がる。



大切な、楽しい思い出なのに胸が締め付けられるように痛い。



それはまだ純粋に咲の笑顔を見ていられた頃の記憶だから。



今ではこの胸を支配する暗い想いが咲の笑顔を見るたびに疼き、邪な感情をもたらしてまともに咲の笑顔を見ることが出来なかった。

「お姉ちゃん?」



「・・・!」



考え込んでしまっていた私を不審に思ってか、私の顔を覗き込んできた。



いきなり咲の顔が間近に現れて、驚いた私はその拍子で足を滑らせて雪に顔から倒れてしまう。



「だ、大丈夫お姉ちゃん!?」



「大丈夫・・・」



慌てて助け起こそうとする咲を制して私は立ち上がった。



(全身雪まみれなのに全然冷たくない)



顔や服に付いた雪を払い終わった私は、早鐘を打つ胸に手を当てた。



冷たくないのは雪が冷たすぎるからとか雪かきで体を動かしたからではなく、咲の顔を近くで見てしまったことが原因だ。



気持ちに気が付いた頃とは全く違うとまではいかないものの、幾分か大人らしく変わったその顔に私は今でも恋焦がれている。



悲しむべきことなのだが、自分は咲が好きなのではなくてただ単にロリコンなだけではないかと疑っていたこともあるので、高校生になった咲を変わらずに愛せているという事実に少し救われたところもあった。



「久々で疲れちゃった?」



「平気」



心配する咲に首を振り、シャベルを拾って分厚い雪に差し込む。



「・・・懐かしいね、昔は雪かきしてる時によく遊んだよね」



「・・・ああ」



今度は頷きながら私も持ち上げた雪を運んでいく。



「また一緒に過ごせるなんて夢みたいだよ」



「・・・」



ちくりと胸を刺すような痛みが走る。



夢みたい。そう、私も何度も夢に見た。咲と一緒に過ごす日々を。



叶えてはいけない夢だったはずだ。少なくともこの感情にけりをつけるまでは。



それなのに抱えたまま戻ってきてしまった。あまつさえ咲まで私に同じ感情を抱いてしまっているなんて・・・



(駄目よ)



これ以上は叶えてはいけない。咲の未来のために。



なんとか咲にその想いは間違いなのだとわからせなければならない。



もし咲が納得してくれたのなら、その時は私も諦めることが出来るかもしれないから。

「やっと終わったぁ・・・もうくたくた」



雪かきを終わらせて2人で家の中に戻ると、咲が疲れ切った顔で玄関マットの上に身を投げ出した。



「咲、マットが濡れちゃうから」



長時間の重労働で私も咲も防寒着は雪で、下の服は汗でびしょ濡れだった。



本当なら私も寝転がりたかったが、早く着替えないと風邪をひいてしまう。



「起きて咲、シャワー浴びて来なさい」



投げ出された咲の腕を取り引っ張りあげようと、重い雪を持ち上げ続けて震える腕を伸ばす。



「えいっ」



すると咲は私が腕を引く前に、掛け声と共に私の腕を引いてきた。



「うわっ・・・」



咄嗟のことで更に疲れていたこともあり、私は耐えられず咲にのしかかるような形で倒れこんでしまう。



なんとか咲の頭の横に手を突いて全身がのしかかることは免れたが、足からお腹にかけてはくっついてしまった。



「何するの咲?」



努めて平静に私は咲に問う。



本当は重なりあった体は燃えるように熱く、先ほどよりも近くに迫った顔、鼻腔をくすぐる咲の汗の匂いに頭はくらくらしていたのだが。



「汗臭いねお姉ちゃん」



自分のことを棚にあげて咲が笑う。



「一緒に入ろうよ、シャワー」



「なっ・・・!」



笑顔にノックアウトされそうになっているところに衝撃的な台詞が聞こえて、私は思わずバランスを崩してしまった。



鼻が触れ合うくらいに咲の顔との距離が詰まる。



「な、何言うんだ!」



急いでバランスを立て直してそのまま立ち上がる私。



「お姉ちゃんも早く汗流したいでしょ? 女同士なんだし気にしないでよ」



「いや、けど・・・」



「・・・久しぶりに、いいでしょ?」



上半身を起こした咲がねだるような目で見上げてくる。



今まで寂しかったのだろう。出来れば一緒に入ってあげたい。けれど咲の裸なんて見てしまったら私は・・・

「先に使っていいぞ」



「咲だけに?」



「くだらないことを言うな」



結局押し切られて2人で来てしまった風呂場。私は咲から目を逸らすようにしてシャワーのバルブに手をかけた。



(情けない、私はこんなに意志の弱い人間だったのか)



自己嫌悪に陥りながら私はバルブを回した。流れ出す水に手を当てて温度を確認し、咲に向ける。



「きゃっ! お姉ちゃんこれ熱すぎるよ!」



シャワーから流れ出す水を浴びた咲が驚いてその場から飛び退った。



「ごめん」



私はシャワーを一旦床に置いてまたバルブを回す。



(これくらいでいいのかな?)



シャワーを拾い上げて水に手を当ててみたが、水が当たっている感触があるだけで温度は感じられなかった。



細く白く美しい咲の裸身を目の当たりにしているだけでも理性が飛びそうなのに、風呂場は狭くてどうしても接触してしまう。



お互いに防寒着を着込んでいてもあれだけ過剰に反応していたというのに今はどちらも裸なのだ。



シャワーを浴びる前から私の体は火照っていて、水の温度なんかわかったものじゃない。



「お姉ちゃん熱くないの?」



「全然。これでいい?」



床に広がっていく熱湯を避けて壁に張り付いていた咲にシャワーを差し出す。



「うん、これくらいが調度いいよ」



恐る恐る水に触れて適温であることを確かめる咲。



「それじゃあ場所交代」



「えっ、お姉ちゃんがかけてくれるんじゃないの?」



「・・・っ! 私も今腕痛いから自分でやって」



「ちぇ〜」



シャワーを押し付けると咲は残念そうな顔をして壁際から離れて、鏡面台のすぐ前に置かれたバスチェアに腰掛けた。



私は咲が背を着けていた部分に重ならないようにして壁に背中を預け、腕を組む。我を忘れないように抓っている右腕を隠すように。

(咲・・・)



見えないように目を瞑っているのに、なるべく見ないように心がけていてもどうしても見えてしまった咲の体がチラつく。



このすらりと伸びた肢体も何もかも、今なら私の物に・・・



(何を考えてる・・・!)



右腕を抓る力を一層強めた。それでも邪念は頭をもたげる。



もう手遅れだ。咲は私に姉以上の感情を持ってしまっている。



2人でシャワーを使おうと言い出したのは咲。恐らくは私を色仕掛けで堕とそうとしているんだ。



だったらいいじゃないか。咲が望んでいるんだ。目を開け、咲の体を思う様に味わってしまえ。それが私の長年の望みであり、今の咲が期待していること――



(やめろ!)



私は引き千切る勢いで右腕を抓りあげる。



咲がどう思っているかなど関係ない。姉妹がそういった仲になることは認められないんだ。



これからの咲の人生に影を落としたくはない。忘れるんだ。



右腕の痛みでなんとか理性を繋ぎ止め、私は荒くなった息を整えようと深呼吸をする。



そのタイミングを見計らったように、私の頭に水が浴びせられた。



「な、何!?」



息を吸うために開けた口に水が流れ込んできて、私は反射的に目を開けてしまった。



視界に飛び込んできたのは私の頭の上にシャワーを持っていくために少し背伸びした咲の姿。



「私はお姉ちゃんにかけてあげるね」



そう言って濡れていく私の髪に手を伸ばして咲が笑う。



「じ、自分でや・・・!」



咲の手が髪に触れる前に頭を下げた私だったが、そうすると目に映るのは、なだらかに半球を描く咲の胸。



急いで頭ごと目を逸らしたが、水が胸の形をなぞるように流れ落ちる様まではっきりと目に焼き付いてしまった。



「交互に使うだけじゃ一緒に入った意味ないでしょ、私がやるの。ほら、壁に引っ付いてちゃやりにくいから」



「わかった、わかったから手を離して」



私の腕を取って椅子まで引っ張って行こうとする咲を、混濁した頭でなんとか制して腕を払う。

「・・・」



(しまった、あんなに乱暴に払うことはなかったか?)



うつむいてしまった咲を見て、私は必死に言い訳を考えるが茹だった頭では何も考え出せない。



「あ、その・・・」



口を開けても意味のない言葉しか出てこなくて、どうすることも出来なかった。



(咲を悲しませてしまった・・・)



嫌われるのならば望むところなのに、足元の床が抜けてしまったかのような絶望感が私を襲う。



「お姉ちゃん、怪我してるよ!」



しかし顔を上げた咲が口にした言葉は、私が想像していたものとは違った。



「怪我?」



「ほらそこ、右腕!」



咲が指差したのは右腕の、先ほどまで抓っていた箇所だった。



赤く腫れあがったそこからはわずかに血が流れ出している。引き千切れはしなかったが、爪が食い込んで抉れてしまったらしい。



「気にするな痛くない」



指で血を拭い、何でもないと腕を振って見せる私。



「駄目だよ! 痕残ったりしたらどうするの!」



それでも咲は納得せずに私の腕を掴んで止めた。



放り出されたシャワーがけたたましい音を立てて床を転がる。



「さ、咲?」



傷口を見つめる咲に嫌な予感がして私はもう一度咲の腕を払おうとしたが、



「ひゃ・・・!」



咲に傷口を舐められて力が抜けてしまった。



「咲、やめっ・・・んあ・・・!」



抵抗しようとするも力の抜けた体では、それほど強い力を込めているわけでもない咲でさえも振り払うことが出来ない。



「はぁっ・・・! んぅ・・・!」



咲の舌が傷口を這うたびに微かな痛みが快感となって右腕から全身を駆け巡り、喉の奥から嬌声が響く。

「さ、き・・・」



じわりと滲んだ涙を拭うことも出来ず、犬のように私の腕を舐め続ける咲を見つめる。



悦楽に歪んだその顔は怪しく、艶かしい。



お腹の下が熱くなるような感覚。私の腕を掴む咲の腕を掴んでいた左手が、自分の下腹部へと向かい――



(駄目・・・!)



残った理性を総動員してその衝動に耐えた私は、そのまま左手を強く握り締めて壁を叩いた。



「きゃっ!」



大きな音が風呂場に反響し、驚いた咲が舌を止める。



「もう、いいから・・・」



その隙に咲の腕から逃れた私は、床に水を撒き散らすシャワーを拾い上げてバスチェアに座った。



さっきよりも余計に温度のわからなくなった水を頭から被り落ち着こうとするが、息も心臓も静まる気配がない。



頭から流れ落ちてきた水が右腕を伝って傷口に至り、床に落ちる。咲の唾液と共に。



見たことのない咲の顔。私の腕を舐めて咲は悦んでいた。



(なんで喜んでいるっ!)



自分の内にある幸福感に私は憤る。シャワーを持つ力が強まり、軋みをあげた。



(落ち着け、麻雀を打っている時のことを思い出せ)



脳内に卓を思い描き、手牌を想像する。



既に4連荘しているのにゴミ手。ここから打点を上げるには一瞬の雑念の介入すら許されない極限の集中力を持って手を作り上げなければならない。



心が冷めていくのを感じる。体を走った快感のことも、初めて見る咲の悦楽の顔も消えうせて、卓のことだけが私の脳を支配して――



「お姉ちゃん・・・」



耳朶を直近から叩く咲の声と、体に回された腕で現実へと引き戻された。



「・・・っ!?」



私は声にならない声を上げる。



湯気で曇った鏡には滑稽なほどに動揺する私と、私に抱きついて肩に頭を乗せた咲の姿があった。

「――」



もう問いを発することも出来ない。耳にかかる咲の吐息と、背中に当たった一部が硬い柔らかな感触に耐えるだけで精一杯だった。



「ごめんねお姉ちゃん。本当に久しぶりだから、ちょっと甘えんぼになっちゃったみたい」



「あっ、ああ・・・」



甘い甘い咲の声が耳から直接脳を刺激するように響く。



そのくせ内容なんか一つも理解出来ていなかったが、私は喘ぎ声を誤魔化して肯定した。



「ふふ、暖かいなぁ」



満足気に呟いて咲は瞼を閉じる。



(だ、駄目だ、早く、離れないと)



思考までも途切れ途切れになりながら、私はこの状況を脱しようとするが、意思に反して体は動かず、鋭敏に咲の肌の柔らかさを伝えてきた。



落ち着いたはずの息が、心臓が、再び激しさを増す。



シャワーを持った手も動きを止めて、私は肩で息をする以外に体を動かすこともなく、ただ咲に抱きしめられるだけになっていた。



鏡の中の咲は熱に浮かされたように顔を上気させて、私と同じように荒い息を吐く。



私はそれが耳を撫でるたびに体が大きく跳ねそうになるのを、懸命に圧し堪えていた。



「お姉ちゃん、私・・・」



昨夜と同じ、情欲に濡れた咲の声。お腹に回されていた咲の手が滑るように上ってくる。



「駄目・・・!」



胸にたどり着くまであとわずかといったところで、私は石像のように固まった腕を動かして咲の手を止めた。



「・・・あんまり大きくなってないからってそんなに必死にならなくてもいいのに」



冗談めかして笑い、咲は私から離れていった。



「・・・お前だって変わらないだろ」



小さく反論して取り落としたシャワーを拾う私。



手を止められたあと、咲が笑う前に悲しそうな、残念そうな顔をしていたことを私は見逃さなかった。



(咲、お前はそこまで私を・・・)



私はもう一度シャワーを持ち上げて頭から水を浴びる。



未だに温度のわからない水が体を伝い落ちるが、咲の柔肌の感触までは落としてくれなかった。

はらはらと雪が舞い散る街中を、私は一人で歩いていた。



シャワーを終えたあとも咲は私に何かとくっついて来て耐えられなくなった私は、昼食を作ると言って咲が離れると逃げるようにして家を飛び出したのだ。



(あんな積極的な子じゃなかったのに)



内気な性格は変わっていないとふんでいたので露骨に迫られるとは思っていなかった私は、胸に触ろうとまでしてきた咲に戸惑いを覚えていた。



自分の知らない内に変わったのだろうか? 或いは咲も私の裸を見て冷静じゃなかったのだろうか?



どちらにせよ、あのまま家にいたら私は間違いを犯してしまっていた。それだけははっきりとわかっている。



(少し頭を冷やそう)



この寒空の下を歩き始めて十数分、既に凍えるような風に晒されて冷えた私の頭はまともな思考能力を取り戻していた。



(咲はなんで私のことを?)



怒鳴り散らしたり無視したり、散々嫌われるような行動を取って別れたのに。



(もしかして咲はM?)



犬のように私の右腕を舐めながら恍惚に浸る咲の顔を思い出す。



(違う! そんわけあるか!)



ガーゼを当てた傷口を掴み、頭を振る。



(だったら咲も私と同じ・・・)



離れてしまったことで余計に私のことが気になってしまったのか?



どうして急に私の態度が変わったのか、どうすれば仲直りできるのか、そんなことを考えて暮しているうちに私への感情が別の物に変わってしまったのだろうか?



(私のやったことは無駄なことだったんだな・・・)



改めて思い知らされ、私は情けなさに唇を噛んだ。







暫らく歩いた後、私は昼食を取るために喫茶店に入った。



昼時ということもあり狭い店内には人が溢れている。



なるべく周りに人が少ない席を選んで、サンドイッチとオレンジジュースを頼んだがこの人の数ではだいぶ時間がかかるだろう。



(いつもなら本を読んで時間を潰すところなんだが)



財布だけ掴んで出てきたので暇を潰せるような物は何も持っていない。私はぼんやりと片肘を突いて店内を見回した。

本を読む者、勉強をしている者、ケーキを突きながら談笑に興じる者。様々な人達の姿が目に入る。



一人でいる者もいれば複数人で連れ立っている者もいる。



「あ〜んっす、先輩」



「自分で食べられるから・・・」



「私が食べさせてあげたいって思ってやってるんっす! 嫌なんすか?」



「わかった、わかったからそんな泣きそうな顔をするな」



その中の一組、店内の喧騒をものともせずに仲睦まじい様子の2人の少女を眺めて、私の心に我知らず羨望の情念が沸いた。



(私も咲と・・・)



一瞬その2人を咲と自分に置き換えた光景を想像する。



(馬鹿馬鹿しい)



くだらないことだと断じて私はその想像を頭から消し去った。だけど――



(・・・あの風景を誰が愛し合ってるいるなんて思うんだ?)



赤くなりながら差し出されたケーキを頬張る紫がかった髪をした少女と、それを見て心底嬉しそうに笑う黒髪の少女。



ただの友達よりも親密ではあるのだろうが、あの姿を見てただならぬ関係にあるなんて思う人間はいないはずだ。



(なら私と咲が同じことしたって何の問題もない)



そもそも同性愛者だとバレたからとしてなんだと言うのだ。



世間はセクシャルマイノリティに対する偏見を無くしていく方向に進んでいると、ニュースか何かで見たような気がする。



同性婚を認める国もある。日本だって国際化の波に飲まれていつかは認可されるだろう。



だったらいいじゃないか。誰に憚ることもなく堂々と咲と付き合ってしまえば――



(変な気を起こすな! 咲は妹なんだぞ!)



危険な方へ傾きかけた思考をすんでのところで引き戻す。



私と咲との関係で最大の問題点は同性であることではない。



姉妹であることだ。同じ血を分けた紛れもない実の姉妹であること、それがこれほどまでの苦悩を私に強いている。

同性愛が容認されようとも近親愛はそうもいかない。



生まれる子供に悪影響があると言われるが、自然に子を成せない同性同士であってもそれは犯してはいけない禁忌だ。



そもそも同性愛も法で認められるようになったとしても、それを異常として見てきた人の目がすぐに変わるわけではない。



(そう、すぐに変わるのならこんなに苦しむことはないんだ・・・)



ずしりと重い物が私に圧し掛かった。



「サンドイッチとオレンジジュース、お待たせしました」



人の声が聞こえて少女達からテーブルへ目を移すと、三角形に切られたBLTサンドとオレンジジュースが乗った皿が置かれるところだった。



伝票を置いて去っていくウェイターに小さく会釈して、サンドイッチに手をかける。



口に入れると新鮮な野菜と塩味が利いていて美味しかったが、心が晴れることはなかった。







「宮永さん」



鬱々として気分でサンドイッチを食べ終わり、オレンジジュースを飲んでいるとまた声が聞こえてきた。



今度は聞いたことのある声だと思いながら声の主を確認すると、そこには私に咲が妹ではないかと質問してきた記者が立っていた。名前は確か――



「西田記者」



「久しぶりね」



記憶の底から探り出した名前で呼ぶと、西田記者はずれた眼鏡を直して人当たりのいい笑顔を浮かべた。



「どうしてここに?」



「貴女がいるってネットでね。有名人なんだから少しは人目を気にしなきゃ駄目よ」



私が訊ねると西田記者は笑顔を苦笑に変えて答える。



「そっちの方が西田記者には好都合ですよね?」



「あははは、まあね。少しいい?」



私の皮肉を笑って流してメモ帳とペンを取り出す西田記者。



「どうぞ」



誰かと話しているほうが気が紛れるかもしれないと考えて、私は取材を受けることにした。

「一人?」



「ええ。西田記者こそ」



「実は休憩中なのよ。でも来期一番の有望株である貴女の独占取材が出来るならね」



対面に座った西田記者は鼻息も荒く、こちらに身を乗り出すような勢いで言った。



(人目を気にしろ、か)



私が二年の間に築き上げた実績は、マスコミを休憩返上で働かせるくらいには大きなものらしい。



私はもう名も無き一般市民ではいられない。私の行動には常に人の目が付きまとうのだ。これからプロになればそれは余計顕著になるだろう。



「さてと、それじゃあ宮永さん、妹さんとの喧嘩の原因はどういったものなのかしら?」



手始めにと西田記者が質問を切り出してきた。



「・・・家庭の事情です」



「それは聞いたけど、ね?」



誤魔化す私を拝むように手を合わせる西田記者。



咲が私の妹だということは既にマスコミにも周知の事実となっている。



インハイ個人戦が終わった後のインタビューで妹はいない発言を撤回して、咲が妹であることを認めたからだ。



白糸台の三連覇を阻止して高校最強の栄冠に輝いた新たなチャンピオンの名は、元チャンピオンの妹であるという事実と共に知れ渡っていた。



そんな咲と私が互いに許されぬ恋に身をやつしているなんてことがマスコミに知られたら、センセーショナル記事が各紙面を騒がせることは確実だ。



高度に電子化されたこの社会で、一度報道されたニュースを完全に消し去ることは不可能に近い。



咲は一生後ろ指指されて生きていかなければならなくなる。



けれどそれはマスコミにとっては垂涎の情報。この人のよさそうな記者だってきっと・・・!



「あっ・・・ご、ごめんね、家庭の事情に深入りするのはいけないわよね」



感情が視線に出てしまったのか、西田記者は怯えたように顔を引きつらせて質問を取り下げた。



(絶対に駄目だそんなこと・・・!)



咲がこれから先も幸せに暮していけるように、この想いは封じなければならない。



咲の幸せが私の幸せなのだから。

「ただいま」



あれから当たり障りのない質問に答え、西田記者が料理のお代を出そうとしてくれたのを丁重にお断りし、私は家へと帰ってきていた。



「おう、お帰り」



玄関のドアを開けると、ちょうど階段を上ろうとしていた父さんが私の姿を見止めて手を上げてくる。



「咲がすねてたぞ。せっかく料理作ったのにどっかに行っちゃったって」



「そう」



父さんの言葉で私は咲が昼食を作るのに乗じて逃げ出したことを思い出した。



「美味くなったんだぞ咲の料理。母さんにはまだ敵わないけどな」



「そうなんだ」



「夕飯も作ってくれるそうだから楽しみにしとけよ」



「うん」



父さんに生返事をしながら靴と上着を脱いで家に上がる。



「お前淡白になったなぁ。麻雀には向いてるかもしれないけど父さんちょっと悲しいぞ」



「えっ、あの、ごめんなさい・・・」



「冗談だ。この程度の揺さぶりで動揺しててよくチャンピオンになれたな」



おどけてみせる父さんは大きな掌で私の髪を何度か軽く叩いた。



小さな頃に何度も同じようにされた記憶が蘇る。懐かしかった。



「お年玉取られて泣いてる時、父さんいつもこうしてたよね」



懐かしく、悲しい記憶だ。



「うっ! いやぁ〜・・・」



「こっちも冗談」



髪の上で固まった父さんの手をどけて、私はリビングへと向かう。



確かに悲しい記憶だったけどまだ家族で楽しく麻雀を打っていた頃、雀士宮永照の原点となった記憶でもあるその記憶を思い出して嫌な気分にはならなかった。



「照。久しぶりに帰って来て一人で歩きたい気持ちもわかるけど、せめて携帯くらいは持ってけ」



リビングへと向かう私の背中に父さんの言葉が投げかけられる。

「心配してくれたの?」



「当たり前だろ」



立ち止まり振り向くと真っ直ぐに私を見据える父さんの顔。



「メール送ってるけど気にするなよ」



そう言い残して父さんは二階へと上っていく。



「父さん!」



今度は私が去っていく父さんを呼び止めた。



「なんだ?」



「・・・父さんは、私のこと怒ってないの?」



それはずっと気にしていたことだった。



咲に辛く当たるようになった私のことで父さんと母さんは対立して、別居するまで仲違いしてしまった。



理由も話さなかった私のことを2人とも本当は怒っているんじゃないか。そう思い続けてきた。



「お前もしかしてずっと気にしてたのか?」



「だって・・・」



「馬鹿だな、俺にだって反抗期はあったさ。初めて親の立場としてそれに立ち会って、上手く立ち回れなかった俺が悪かったんだよ。お前は何も悪くない」



「父さん・・・」



父さんの優しい言葉が暖かいものを私の胸に溢れさせる。同時にこんなに優しい父さんを騙している自分への嫌悪感も。



「それにあの子のこともあったしな・・・」



暖かいものが消えた。



「まあ、もう気にすんな。こうして母さんともお前とも仲直りできたんだからな。じゃあな、料理食べなかったこと咲にちゃんと謝るんだぞ」



今度こそ父さんは階段を上って二階へと消えていった。



(・・・)



あの子。私と咲の従姉妹で、今はもういない女の子。



奇しくも彼女の死と私の咲への態度の変化は時期が重なって、父さん達も咲もそれが私の変化の理由の大きな要因ではないかと考えているようだった。



(狙ったわけじゃない・・・)



だが結果としてあの子の死を利用するような形になったのは事実だ。



「最低だ、私・・・」



昨夜の言葉を繰り返し、心の中でそれ以上の罵詈雑言を自分に浴びせながら私はリビングのドアを開いた。

リビングに入ると咲が一人でソファに座って文庫本を読んでいた。



「ただいま」



「おかえ――あっ!」



その背中に声をかけると咲はこちらを振り向き一瞬顔を輝かせたかと思ったら、当然ハッとしたような顔をするとまた本へと目を戻す。



「咲?」



「・・・」



再度の呼びかけには応じてくれなかった。どうやら私のことを無視するつもりらしい。



子供のようなその姿を微笑ましく思いながら、無視されるならその方が好都合だと私はそれ以上呼びかけるのはやめる。



冷蔵庫からミネラルウォーターをのペットボトルを取り出して、その場で喉を潤した。



その間咲は何も言ってはこなかったが何度も視線を私と本の間で行ったり来たりさせていた。



それに気付いているということは私も咲のことを見ているということなのだが。



(やっぱり駄目だ)



せっかく無視されているのに咲のことが気になってしょうがない。



(離れるのが駄目だったんだ。これからは普通の姉のように接していこう)



咲は離れていることで私が姉であるという認識が薄れてしまったのかもしれない。ならば一緒に過ごしてその認識を改めさせてやれば、私への感情も姉へのものへと戻ってくれるだろう。



もしかすると私自身咲が妹である事実を思い知って、この感情を変えることが出来るかもしれないし。



「咲」



「・・・」



半分ほど飲みかけたペットボトルに蓋をして、私は咲に近づいていく。



咲は振り返りはしなかったけど肩を大きく振るわせた。



「ごめんなさい。咲の料理を食べたくなかったわけじゃないの。ただ少しだけ一人になりたくて」



「・・・どうして?」



ペットボトルを持ってない方の手をソファの背もたれに突いた私の顔を、首を少し後ろに逸らして見上げてくる咲。

「色々考えたかった。久しぶりに帰ってきたから」



「だったら食べてからでもいいでしょ」



「咲が着いてきそうだったからね」



「私と会うのだって久しぶりなのに」



「この街に帰ってきたのはそれ以上に久しぶりなのよ」



「そうだけどさ・・・」



咲は私の釈明を聞いて納得はしてくれたものの釈然としないといった面持ちだ。



「そんな顔しないで、機嫌直して」



「・・・あとで夕飯のお買い物に付き合ってくれるなら」



(そういえばさっきペットボトルを取り出す時に見た冷蔵庫の中身寂しかったな)



「わかった。荷物持ちでも何でもしてやる」



「ほんと? なら許してあげようかな」



私が頷いてみせると咲は一転して笑顔になる。



「何が食べたい?」



「何でもいい」



「それが一番困るんだけど」



咲を思いやっての答えだったが苦笑を返された。



「お姉ちゃん何が好きだったっけ?」



「甘いもの」



「それはお菓子のことでしょ」



晩御飯のおかずにする物を聞いてるんだよ、と呆れ顔の咲が嘆息を漏らす。



「そう言われても特にない。咲の好きなのでいいよ」



「私の好きなの・・・私も特にないや」



照れるように笑顔を見せる咲。それに釣られて私の頬も緩んだ。



「まあ、私は不味くなければ何でもいいから」



「ふふん、きっと驚くからね」



咲は鼻高々に胸を張るとなにやら考え込むように口を閉じた。夕飯のメニューを考えているのだろう。



(いい感じだな)



自然に咲と接することが出来て私は心中でホッと胸を撫で下ろした。

こうして普通の姉妹のように付き合っていけば大丈夫。咲も私をただの姉として見てくれるようになる。



(嫌だなんて思うな・・・!)



胸に生じた痛みを押し殺す。手に力が篭ってペットボトルがぐしゃりと音を立てて潰れた。



「お姉ちゃん、まだ残ってるじゃない。飲まないなら私に頂戴」



「あっ・・・」



私の応えも聞かずに変形したペットボトルを咲が私の手からひったくり、そのまま蓋を開けると躊躇いなく口をつけた。



(・・・! いや、何を焦っている。淡や菫とだって回し飲みしたことくらいある・・・!)



所謂間接キスに私の心臓が跳ね上がったが、後輩や同級生の顔を思い出して静める。



しかし鼓動は高まったままだった。



咲が水を嚥下するたびに僅かに隆起する喉が、耳に届く音が何故だか艶やかで蠱惑的だったから。



見ていてはいけない。そう思うのに咲から目が離せなかった。



半分しか残っていなかったので咲はすぐに飲み干したが、私にとっては半荘一回分にも感じられた。



「・・・はぁ。ただの水だからって粗末にしちゃ駄目なんだよ?」



「あ、ああ、ごめん」



眉根を寄せる咲に震える声で謝る私。



「確かこれで水も最後だったから買わないとね」



既に何を買うかは決まっているのか、咲は野菜や肉の名前を呟きながら指を折っていく。



その様子からは私との間接キスを気にしているような素振りは見受けられなかった。



(なんで残念がってるんだ・・・!)



少しだけ感じる歯がゆさを私が振り払っていると、



「・・・そういえば、間接キス、だねお姉ちゃん」



買う品を数え終わった咲が、唇に指を当ててそんなことを言い出した。



せっかく静まってきていた心臓がまた大きく弾んだ。



「・・・何を言ってるんだ、馬鹿らしい」



「お姉ちゃんもしかして照れてる?」



「照れてない!」



見つめてくる咲から顔を背ける。きっと頬が赤くなってしまっているので、誤魔化しきれていないだろう。

間接キスで照れるだけなら普通の反応だ。これで咲が茶化すだけならただの姉妹の触れ合いですむ話――



「・・・嬉しいな」



小さな、注意しなければ聞き逃してしまいそうなくらいに小さな咲の声が聞こえた。



心の底から喜んでいる声だった。



「・・・ペットボトル捨ててくるから」



「うん、おねがい」



聞こえなかったふりをして空になったペットボトルを咲から受け取る。



今心が震えているのは咲と同じ想いによるものではないと言い聞かせて、私はゴミ箱へと歩き出した。







日が傾きかけた頃、私は再び寒空の下にいた。



気温は昼に比べて下がっているが寒さは微塵も感じない。何故かと言えば隣を歩く咲と手を繋いでいるから。



私が凍結した地面で足を滑らせて転びそうになったからと咲が強引に繋いできたのだ。



両者とも手は分厚い手袋に覆われていたけど、咲の細い指の形までしっかりとわかった。



「お姉ちゃん東京に行ってどんくささに磨きがかかったね」



繋いでいない方の手でマフラーを調えて咲が言う。



「・・・磨きがかかったって何? 私は昔も今もどんくさくない」



「どんくさいよ」



「どんくさくない。昼間だってこけたりしなかった」



転びかけはしたが転倒まではしてないので嘘ではない。



「こけはしなかったけどこけそうにはなったでしょ?」



「・・・うるさい」



簡単に見透かされたことが恥ずかしくて私は悪戯っぽく笑う咲から目を外す。



変わりに見えるのは暗くなりゆく道を歩く沢山の人々。

その中で私達と同じように手を繋ぐカップルらしき男女。



手を繋いでいるのは同じだが繋ぎ方が違う。街灯に照らされた彼女達の手は互いの指が相手の指の間に差し込まれていた。



「私達もあんなふうにしてみる?」



「えっ?」



突然咲がそんなことを言って繋いだ手を持ち上げるので、私は間抜けな声を上げてしまった。

「だから、あの人達みたいに手を繋いでみる? って言ってるの」



「いや、だけどあれは・・・」



「知ってるよ、恋人繋ぎって言うんでしょ?」



私は渋るが咲は引かない。



何がそんなに咲を駆り立てているのか、わからないわけじゃなかった。



「恋人繋ぎ、だからだよ・・・」



本人は私に聞こえないようにしているつもりなのだろう。咲はか細い声で私の予想通りの言葉を零す。



「別に恋人同士しかやっちゃいけないわけじゃないんだし、気にすることないよ! 和ちゃんと何度かしたことあるし!」



その言葉は咲も自然と口から出てしまっただけなのだろう。咲は誤魔化すように捲くし立ててきた。



「原村と?」



「あっ・・・」



その中の一言を聞きとがめた私に、咲はしまったという顔をして口を噤んだ。



「原村と、恋人繋ぎしたことあるの?」



「・・・うん」



私が聞き返すと咲はしかられた子供のように肩を落として首肯した。



原村和。清澄麻雀部の一員で咲と特別親しくしていると聞いている。



「咲――」



「ち、違うの! 恋人同士じゃなくてもやっていいって言ったよね。だから、和ちゃんとは何でもなくて!」



私が問い質そうと口を開くと咲は慌てて弁解を始めた。



(原村和・・・)



まともに会話をしたのはインハイの個人戦で同卓した時が初めてだった。



咲と話をしてやってくれと頭を下げてきた彼女に対する第一印象は上品な子。



聞けば彼女の両親は弁護士と検事でそれなりに裕福な家庭で、相応の教養を積んでいるらしい。



少し頑固で世間知らずなところもあるらしいけど友達の思いの優しい子で、自分に麻雀の楽しさを教えてくれた大切な友達だと咲は言っていた。



そして本人から直接聞いたわけではないが2人の様子を見ていて原村も同じように咲を思っていることがわかった。

(もしかして原村は・・・)



邪推かもしれないが可能性はある。



恋人繋ぎなどと呼ばれているが咲の言う通り恋人だけに許される行為ではない。



とは言えただ手を繋ぐだけならばその繋ぎ方をする必要はないのだ。何か含むところがあってもおかしくはない。



(原村なら・・・)



先の通り咲も原村も互いに憎からず思い合っている。



下世話な話だけどお金持ちで両親が弁護士と検事なら、マスコミにすっぱ抜かれた時にも上手く対応してもらえるだろう。



同性愛ではあるが近親愛も加わる私に比べれば世間の目も冷たくはないはず。



(私と一緒になるよりも原村と一緒になる方が咲も幸せになる)



想像する。仲良く手を繋ぎ笑い合う二人を。



愛を囁きあい唇を交す二人を――



「・・・お姉ちゃん?」



まだ弁明を続けていた咲が心配そうに私を呼ぶ。



絶望や嫉妬、よくない感情が沸き上がって私の息が上がったせいだろう。きっと顔も怖くなってしまっている。



「・・・何でもない。行くぞ」



滾る感情を奥底に押し込めて私は止めていた足を動かし始めた。



「ま、待って!」



いつの間にか手が離れてしまっていて、残された咲が慌てて追いかけてくる。



声が聞こえなかったわけではないけど私は足を止めなかった。



ひどく胸焼けがする。ドロドロしたものが体の奥底に沈殿しているかのような嫌悪感がどうやっても拭えない。



想像するだけでこれだ。もし本当に原村と咲がそんな仲になったとしたら――



「お姉ちゃん待って! 違うの、本当に和ちゃんとは何でもないの! 私は・・・私はお姉ちゃんが――きゃあ!?」



「咲?」



悲鳴を聞いて振り返ると咲が足を滑らせて転びそうになっていた。



凍結した道も歩き慣れているはずだが気が動転していたのだろう。

「わっ、とっ、とっ、うわっ・・・」



咲はよたよたとよろめきながら私の方へと歩いてくる。体制を整えようとしていたけど耐えられずに前のめりに倒れてきた。私の胸の中に。



私は咲の頭に手を回して咄嗟に抱き止める。咲も私の体を抱きしめて地面に倒れることは免れた。



「・・・ごめんお姉ちゃん」



謝る咲は私の胸に顔を埋めたまま。私も無理やり放そうとはしない。



「気にするな。怪我しなくてよかった」



「うん・・・あのね、本当に違うの」



「わかってるから」



「ほんと? よかったぁ・・・」



私が抱えたままの頭をトントンと軽く叩くと、咲は安堵の溜め息と共に体から力を抜いた。



咲がここまで必死に誤解を解こうとするのは原村が女であるからなのか、それとも私のことがあるからなのか。



きっと後者だろう。体の奥底のドロドロしたものが暗い優越感となって胸を満たす。



「咲、手繋ごうか。恋人繋ぎで」



「うん!」



咲は飛び跳ねんばかりに喜んで私から体を離す。



そうして私の手を取って指の間に自分の指を差し込んでいく。私もそれに習って咲の指と自分の指を交差させていった。



「えへへ・・・」



絡み合った手を下げて私達は同じ歩調で再び歩き出す。



照れ笑いを浮かべ頬を赤く染めた咲。



(何をやってるんだ私は・・・)



勝手に原村に嫉妬して勝手に優越感に浸って。自分の卑しさが悲しくなってくる。



それでも私の心は喜びに打ち震えていた。



咲に愛されている。その事実がどうしようもなく嬉しかった。

夕食後、早めにお風呂を済ませた私は昼の咲のようにリビングのソファで本を読んでいた。



シャワーも一緒だったんだからと言って一緒に入ろうとした咲は今一人で入浴中で、父さんは部屋に篭っているのでリビングには私だけしかいない。



待ち望んでいた新作だというのに内容が全く頭に入ってこない。



瞼に焼き付いた咲の白い体がチラついて文字の意味さえわからなくなっている。



(くっ・・・)



私は本を閉じて乱暴にテーブルへ投げ捨てた。



(朝から咲にドキドキさせられっぱなしだから・・・)



今日見た咲の様々な姿が浮かんでは消えていく。そのどれもに私の心臓は大げさなくらいに跳ね回っていたのだ。



「上がったよお姉ちゃん」



そしてもう一度、今日何度目かわからない早鐘を打つ。



後ろ手にドアを閉める咲の姿。湯上りで上気した頬が鮮やかだった。



けれど私の心臓を跳ね上がらせたのはその服。



それは私が自分の気持ちを認めたあの日、眠る咲を襲おうとした時に着ていたパジャマをそっくりそのまま大きくしたものだった。



「お姉ちゃんと一緒に入りたかったなぁ」



「子供じゃ、ないんだから・・・」



私の隣に座る咲の服を狼狽を隠してよく見てみる。



近くから見てもどうやっても忘れられないあの夜に着ていたものとの違いは大きさだけだった。



(もしかしてわざとやってるのか・・・?)



あの時咲は起きていたんじゃないか。



そんな疑念すら抱いたが隣で子供じゃないと頬を膨らませる咲にはそんな気配はなかった。



(ファッションなんか気にしないみたいだからな・・・)



子供の頃から着ていたものを適当に選んだだけなのだろう。それでも気にしてしまうことには変わりないけど。



「あっ、そうだ。お姉ちゃんって利きシャンプー出来るんだよね?」



「出来るけど」



「じゃあ私のも当ててみて」



咲が私の方に頭を傾けてきた。

「・・・! 当てるって私と同じだろ」



「残念でした! 実はさっき買い物行った時にこっそり買っておいたの」



例によってシャンプーの香りは感じられず一緒の風呂に入ってるんだから当然だろうと答えたら、楽しそうに笑い声を上げた。



「もしかして出来ないんじゃない?」



「そんなことない!」



半眼で私を見つめる咲に対抗心が沸いた私は、咲の頭を掴んで髪に顔を埋めた。



「んぅ・・・」



「・・・カモミールシャイン。渋谷と同じだな」



くすぐったいのか身をよじらせた咲を意に介さずに私は嗅ぎ当てたシャンプーの名前を告げる。



「・・・正解」



「ふっ、どうだ」



「すごいすごい」



鼻を鳴らした私に咲は気のない賞賛と拍手をくれた。



「咲、まだ何か――」



「ねえお姉ちゃん」



もう利きシャンプーは終わったというのに一向に頭をこちらに傾けたままの咲に理由を聞こうとすると、咲の方から声をかけてきた。



「なに?」



「お姉ちゃんは私と離れてて寂しかった?」



「それは・・・」



私は口ごもってしまった。



寂しかったかなんて考えるまでもなく寂しかったに決まっている。でもそれを正直に口に出すのは何故だか憚られてしまった。



「私は寂しかったよ」



私が言葉を探している内に咲が語りだした。



「お姉ちゃんのいない家はなんだか暗くなったみたいで、怖い夢を見ても慰めてくれるお姉ちゃんがいなくて・・・」



そこで私は気がついた。寄り添った咲の体が震えている。



「・・・会いに行って話もしてくれなかったあとは、もう二度とお姉ちゃんと会うことさえ出来ないんじゃないかって怖かったの」



利きシャンプーをした時と位置は変わってないので咲の顔は見えなかったが、泣いているような声だった。



「ごめん・・・」



全ての責任を負う私には謝罪の言葉を口にして咲の頭を撫でることしか出来ない。

「謝ってほしいわけじゃないよ。ただね――」



言葉を切って咲がこちらに顔を向けた。



泣いてはいなかったけど瞳は潤み、頬の赤みは意味合いを変えていた。



「お姉ちゃん、私が一緒にお風呂入りたがった理由、教えてあげようか?」



そう言うと咲は瞳を閉じて唇を近づけてくる。無論、私の唇に。



「さ、咲! 冗談はやめなさい!」



体を引いて制止の言葉をかけるが咲は止まらない。



「さ、咲・・・!」



再度呼びかけてみても咲の顔は着々と近づいてきた。



立ち上がって逃げればいいのに体が動かない。今日一番大きく跳ねる心臓の音も咲の切なげな吐息をかき消してくれなかった。



「さ、き・・・」



脳が蕩けてしまったかのように思考が定まらない。ただカモミールシャイン・・・いや、咲の匂いだけは鋭敏に感じ取れた。



咲の顔はもう本当に目と鼻の先。睫毛の一本一本の長ささえわかるほどに近い位置にまで迫っている。



(もう・・・)



私も瞳を閉じて――



「咲、ちょっと――どうしたんだお前達?」



リビングのドアが開いて顔を覗かせた父さんが、音を聞いてすぐさま離れた私達を見て怪訝な声で聞いてきた。



「・・・なんでもないよ。なに?」



「あ、ああ、なんで怒ってるんだ?」



「怒ってない!」



言葉とは裏腹にあからさまに怒っている咲がソファを離れて父の元へ向かっていく。



私はそれを見送りながら絶え間なく息を吐く唇に指を当てた。

「咲は隠す気がないんだな・・・」



私は自分の部屋のベッドの上でひとりごちた。



目前に迫った咲の唇。



「したかったなぁ・・・!?」



思わず口にしてしまったことに私は愕然とした。



咲にそこまで愛されていることが嬉しくて、けれど理性を失ってしまうことが怖くて、もうわけがわからない。



「このままじゃ私・・・」



このままでは咲と一線を越えてしまう。



「・・・咲を守るためよ」



私はそんな言い訳をしてパジャマのズボンを脱いだ。



「守るため、なんだから・・・!」



もう一度繰り返して私は下着の中に手を入れ、秘所を指でなぞる。



「んあっ・・・!」



指が濡れ、濡れた声が口から零れ落ちた。



「まも、る・・・!」



反対の手を上着の裾から滑り込ませて、小さな膨らみの頂上を指で押し付ける。



「はぁ・・・んぅ・・・!」



(いつもより、気持ちいい・・・)



感じたことのない快感が全身を駆け巡って、私は恍惚の表情を浮かべた。



「あっ・・・あぁ・・・!」



悦楽を貪るように激しく指を動かす。



「まも、るぅ・・・ふぅ・・・ん・・・!」



建前のお題目を唱えながら私は快楽に溺れた。

目を覚ますと知らない場所にいた。



壁も床も天井も真っ白に塗り固められた部屋。



「ここは・・・?」



辺りを見回してみたけどこの部屋には私以外の人も物も何もなかった。



何故こんなところにいるのか。それもわからない。



眠る前のことは霞がかかったように思い出せなかった。



「こんにちは」



「・・・!?」



混乱する私に不意に声がかけられる。



誰もいなかったはずなのにと驚きながら声がしたほうに目を向けるとそこには、



「・・・私!?」



さっきまで誰もいなかった場所に私にそっくりな少女が立っていた。



「そう、私は貴女」



更に混乱する私に少女はもっと拍車をかけるようなことを言う。



「・・・どういうこと?」



「言葉通りの意味」



「ふざけないで!」



混乱を極めた私はつい声を荒げてしまった。



「ふざけてない。証拠に私は貴女のことを何でも知ってる」



「何でも・・・?」



「例えば妹のことを恋愛対象として愛していることとか」



「・・・!」



私の顔をした少女がうっすらと笑って言い放った言葉に、私は動揺を隠せなかった。



「ねえ、どうして正直にならないの?」



「どうしてって――」



「咲は貴女のことをあんなに好きでいてくれてるのに」



目前に迫った咲の唇がフラッシュバックする。



「貴女もやりたかったって思ってたのに」



「・・・っ! それでも、咲の幸せのためにはあんなことやっちゃいけないんだ!」



クスクスと喉を鳴らした少女に私は怒鳴るように言葉を返した。

「咲の幸せのためって咲からやってきたことでしょ。してあげる方が幸せになるんじゃない?」



「その一瞬が幸せでもその後は必ず不幸になる!」



「刹那的な快楽には興味ないって言うのね」



何が楽しいのか少女は肩を震わせるのをやめない。



私と同じ顔で人の神経を逆撫でするように笑う少女の姿は無性に腹立たしかった。



「せっかく長年の想いが実ったのにもったいない」



「どういう意味だ?」



「惚けないでよ、貴女が咲から離れた理由の一つじゃない」



思わず一歩後ずさってしまう私。少女が口の端を吊り上げた。



「な、何の話だ。私が咲から離れたのは――」



「咲の宮永照が姉であるという認識を薄れさせるため」



少女の言葉が冷たいナイフのように私に突き刺さる。



「ち、違う!」



「違わない。貴女は一緒にいたら咲に姉と思われたままで恋仲になることが出来ないと考えた。だから咲から離れていった」



体が震える。消えたはずのドロドロしたものが全身を這いずり回るようなおぞましい感覚が私を襲う。



「だ、だったらなんで咲に嫌われるような真似をしたんだ!?」



「言ったでしょ、咲から離れた理由の一つだって。貴女は咲に好かれたいという想いと嫌われたいという想い、二つの相反する想いを抱えていた」



私の反論にも動じず少女は獰猛な笑みを深くした。



「どっちが本当の、強い想いだったか。貴女は後者の方を念仏のように唱えてるけどね、本当の想いって言うのは得てして秘められてるものなのよ」



「ち、違う! 違う!」



対して私はそれ以上まともに言い返せず、ただ頭を振って否定の言葉を繰り返すだけしか出来ない。



気付いていた。少女の言うような感情が私の中にあったことなんて。



だけどそれは咲のことが好きだから、思ってしまっても仕方ないと無視していたものだった。



それこそが私の本懐であるなんて考えたこともなかった。いや、考えないようにしていた。



深く突き詰めてしまうと取り返しのつかないことになる。そんな予感がしていたから。

「認めれば楽になれるのに」



頑なに認めようとしない私にしょうがない奴だと少女は肩を竦める。



「それじゃ見てみようか。貴女の『本質』を。そうすれば認めざるを得ないでしょ」



少女の言葉に合わせるように私の背後に何かがせり上がってくる気配がした。



「ほら、振り返って見て」



少女はそう言って促すが私は動かなかった。



私の後ろにあるもの。それがなんなのか、私にはわかっている。



それに嘘がつけないことは私が一番よく知っている。だからこそ足が竦んでしまう。



「その反応は認めてるようなものだよ?」



少女にはもうわかっているはずなのに、いやらしく笑って私を煽る。



汗が止まらなかった。おぞましい感覚はその強さを増してともすればその場にくずおれてしまいそう。



(いや、もしかすると少女の言葉を否定するものが映っているかもしれない・・・!)



元から振り返ることなんて出来ないと思って去勢を張っているだけなのかもしれない。



私は一縷の希望にかけて踵を返した。



そこにあったのは鏡。人の『本質』を映し出す照魔鏡。



その中に映る私は悪辣な笑みを浮かべて咲を抱きしめていた。



「どう? それが貴女の『本質』だよ。咲を手に入れるために策を弄する狡猾な女」



何か言わなければ、そう思っているのに口を開けても出てくるのは喉が引きつるような音だけ。



目を背けたいのに鏡から目が離せなかった。どれだけ見つめても私の『本質』は変わらない。



「もういいでしょ。『本質』を否定しても辛いだけだよ?」



少女の言葉が悪魔の囁きのように私の心を揺らがせる。



そうだ。もういいじゃないか。これが私の『本質』なら逃れることは不可能――



「・・・っ! 違う!」



私はようやく出すことの出来た声と共に拳を鏡に叩きつけた。



音を立てて割れた鏡は破片が床に落ちる前に消滅する。

「これが私の『本質』だとしても、変えられるんだいくらでも!」



私は振り返り『本質』と同じ顔をした少女を睨みつけた。



思い出すのはインハイ団体戦の準決勝。私達を下して一位通過した高校の先鋒。



私の見た彼女の『本質』では彼女はドラを絶対に切らないはずだった。



けれど彼女は土壇場のオーラスでドラを切り、他家のアシストがありながらも私から直撃を取ってみせたのだ。



照魔鏡が映し出すのは今現在の『本質』。ならばそれは変化させることだって可能なのだ。



「変えられる、ねぇ。確かにそうだけど、貴女変えたいって思ってないよね?」



浮き立った気持ちに冷や水が注がれる。



「本当に変わりたいのなら仲直りなんかしなかった。咲がインハイにまで出てこようが無視し続けた。違う?」



「それは・・・耐えられなかったから――」



「耐えられないならそっちの方が駄目でしょ。松実玄さんの『本質』と違って、貴女のはそんな簡単に変わるものじゃないんだから。変わるまで耐えられないよ」



反論出来なかった。ようやく見つけ出した希望が打ち砕かれて、私は最後の意地で倒れないようにしながら少女を力ない目で少女を睨むばかり。



「結局そう、貴女は弱くて臆病で嘘つきで。そのくせ周りの人には迷惑かけて、傷つけている」



少女はそんな私を意に介さず冷たい言葉のナイフを振るう。



「長野にいた頃の友人は皆捨てた」



「違う・・・」



「父さんと母さんを仲違いさせた」



「違う・・・!」



「あの子の死さえも利用して――」



「違う!」



私は大声を上げて耳を塞ぎ瞼を硬く結んだ。



少女の姿が見えなくなった代わりに少女が上げた人達の姿が浮かんでくる。



長野にいた頃の友達。両親。従姉妹。みんな笑顔だった。



幸せそうなその笑顔が私を責め立てているように感じられた。



「ほんと、臆病者」



耳を塞いでいるのに嘲るような少女の声はそれまでと変わらず聞こえてくる。

「それだけの人を傷つけたんだからさ、幸せにならなきゃ駄目だよ。その人達のためにも咲を押し倒し――」



「黙れぇーー!」



追い詰められた私はとうとう少女に飛び掛って床に押し倒した。



馬乗りになり拳を振り上げた私。怒りや恐怖、様々な符の感情がない交ぜになった激情に任せてそれを振り下ろそうとしたけど私の腕は止まってしまった。



何故ならば開いた瞳に映っているのが少女ではなく咲だったから。



私と同じ姿をした少女の姿は忽然と消え、私は今咲の上に馬乗りになっていた。



そして咲の着ている服は風呂上りに着ていた寝巻き。



「お姉ちゃん・・・」



不安そうに私を見上げる咲の声。それは寸分違わず咲本人の声だった。



『なんだ、貴女もその気じゃない』



いないはずの少女の、私と同じ声がどこからか聞こえてきた。



「どこだ!?」



少女の姿を探すがどこにも見当たらない。



『どこだっていいじゃない。今は私のことなんかより咲のこと』



言われて咲に視線を戻す。咲はまだ不安そうに私の顔と握り締めた拳を見つめていた。



「咲、違うのこれは――!?」



私は咲を宥めながら咲の上からどいて拳を解こうとしたがどちらも叶わない。



「体が言うことを聞かない!?」



どれだけやっても手も足もまるで石になってしまったかのように動かなかった。



『咲と離れたくないんだ』



「ふざけるな!」



耳障りな笑い声を上げる少女に場所もわからないが怒鳴るけど少女は笑い声を止めない。



『正直になりなよ』



「なっ!?」



動かなかった腕が動き出した。私の意志とは関係なく。



振り上げた腕は拳を解いて掌を咲の頬に添えられた。

「あっ・・・」



不安気な顔をしていた咲は気持ちよさそうに目を細める。



「や、やめろ!」



私は腕を離そうとするがその意志は通じなかった。



『変なこと言うね、自分の体なのに』



「そん・・・」



楽しげな少女の声に切り返そうと口を開くも私は途中で言葉を失ってしまう。



咲の頬に当てられた手が今度は咲の服の裾にかけられたからだ。



「お、お姉ちゃん・・・」



困惑する咲。けれどその顔はどこか嬉しそうに見えた。



「やめろ!」



ゆっくりと捲り上げられていく咲の寝巻きを見て必死で腕を止めようとするが、その腕も反対の腕もまったく意に介さない。



『だからその腕は貴女のなんだから、貴女が止めようと思えば止められるんだって』



「嘘だ!」



私は止めようとしていると無意味な抵抗をしながら少女に言う。



『嘘じゃないよ。それが止まらないってことは貴女がそれを望んでるってことだよ』



「そ、そんなわけない!」



『そんなわけあるよ。だって貴女、今最高に喜んでるもの』



考えないようにしていたことを突きつけられて私は言葉を失った。



激しい動悸。込上げてくる熱。そして何より胸を満たす充足感。



紛れもなく私は喜んでいた。



想いを自覚したあの日の再現のようなこの光景を見て、私はずっと待ち望んでいたことが現実となったかのような喜びに包まれていた。



『もういいんだよ。もう惨めったらしく自分で慰めたりしなくてもさ。咲だってそれを望んでるんだから』



少女が言う。悪魔の囁きのようなその声は私の中から聞こえていた。



少女は彼女が最初に言ったとおり私自身。私自身の望み、『本質』なのだ。

咲の寝巻きはもうお腹まで捲くれられていた。白く美しいその肌はシャワーをする時に見たものと同じ。



「お姉ちゃん、私嬉しいよ・・・」



喜びと恥ずかしさに頬を赤らめた咲が私に囁く。



「う、うわぁぁーーーー!」



そのなだらかな胸が服の下から晒されそうになる寸前、喉が裂けんばかりの私の絶叫が白い部屋に木霊した。







「はぁっ!?」



気がつけば私は暗い私の部屋のベッドから起き上がっていた。



周囲を確認してみるとそこはどこからどう見ても私の部屋で咲の姿も少女の声もなく、聞こえるのは私の荒い息だけだった。



「・・・夢?」



私は大きく息を吐いて額から流れる冷や汗を腕で拭った。けれどその腕も汗でびしょ濡れだった。



服も下着まで汗で濡れていて、右腕の傷に当てたガーゼを止めるテープはふやけてしまっている。



「着替えてガーゼ張り直そう」



私はこれも汗に濡れて冷たいベッドから降りてパジャマを脱ぎ捨てる。ただでさえ外では雪が降っているほどの寒さなのに、汗で濡れている体では余計に寒かった。



そんな寒さの中でも私の喉は焼けるように熱く、渇いていた。



「水も飲もう・・・」



クローゼットからタオルを取り出し体を拭きながら私は呟いた。



その渇きを感じているのは本当に水分を欲しているからなのかわからなかったけれど。

濡れた衣服とタオルを洗濯機の中に放り込み、私はおぼつかない足取りでリビングへ向かった。



ドアを開けて一歩踏み入れそこで立ち止まる。



咲がいた。電気も付けずに窓の外を眺めていた。



(もうどう咲に接すればいいのかわからない・・・)



私はいっそ泣き出したい気分でその場に突っ立ったまま、月明かりに照らされる咲の横顔を見つめる。いや、頭はこんなに混乱しているというのに見惚れていた。



「ねえお姉ちゃん」



窓の外を見つめたまま咲が私を呼ぶ。



「もうわかってるよね、私の気持ち」



投げかけられた問いに私は答えない。肯定したくないという最後の悪あがきだ。



「あのねお姉ちゃん。私本当はあの日、起きてたの」



「えっ・・・?」



けれど次いでの咲の言葉に私の口からは愕然とした声が漏れた。



この状況で言うあの日なんて一つしか思いつかない。



私が咲を襲おうとしてしまったあの日。理性を失って咲の服を脱がそうとしてしまったあの時、咲は起きていたというのか。



「あっ、あれ、は・・・」



私は言葉に詰まりながら咲に言い訳をする。



きっとあの時私は獣のような恐ろしい顔をしていただろう。咲に怖がられたんじゃないか、そう思うと言い訳せずにいられなかった。



衝撃的な事実を知ったというのに後悔するより先にそんなことをしてしまう自分が悔しかった。



「あの時、お姉ちゃんに服を脱がされそうになって少し怖かった。お姉ちゃん凄い顔してたしね」



咲は私の恐れていたことを口にするが、その声に私を非難する意思は含まれていない。



まるで楽しい思い出を懐かしむように咲の横顔は笑っていた。



「あの時はまだお姉ちゃんが何のために何をしようとしたのかもよくわからなかった」



咲はそう言うとこちらに振り向いた。真剣な目でうろたえる私を見据える。

「でも私に謝りながら泣いてるお姉ちゃんを見て何かいけないことをしようとしたんだってことはわかった。だけど、嫌じゃなかったんだよ?」



「嫌じゃなかった・・・?」



「うん。少し怖かったのは言ったとおりだけど、あのまま続けてほしかったなって思ってた。好奇心からだったのかもしれないけど」



恥らうように頬を染める咲。嘘を言っているようには見えなかった。



「それからお姉ちゃんが急に冷たくなって、遠くに行っちゃって。最初は理由がわからなかったけど中学に入って周りが恋人とか作っていくのを見てて、私も恋愛について考えるようになってわかった。お姉ちゃんは私が好きだったんだって」



再びの衝撃的事実だった。私の気持ちに咲が気付いているなんて微塵も考えていなかった。



何故その可能性を考えることさえしなかったのだろう。真っ先に疑うべき理由だというのに。



『結局そう、貴女は弱くて臆病で嘘つきで――』



『本質』の言葉が言葉が蘇る。



そうだ。私は臆病者だ。そうやっていつも自分の感情から目を背けて逃げている。



咲が私の気持ちを知っているのならもうはっきりと咲の想い受け止めるか拒否するかしない限り納得しないだろう。



そうしたらどちらにせよ私は今までのようにはいられなくなる。咲かそれ以外の人達、どちらかと決別しなくてはならない。



だから私はその可能性に目を瞑った。何かを失うことを恐れてこの微妙な関係に逃げていたのだ。



親しい人達を失う覚悟もなく、かといって咲を捨てることも出来ないのに姉妹の情を失わせるように工作までした。



咲の未来のため? 咲の幸せが私の幸せ? 笑わせる。



私が家族や友人、故人まで傷つけて守っていたのは自分自身の幸せなのに。



(なんて卑怯なんだろう・・・)



最低だ、私・・・これで三度繰り返したこの言葉が深く胸に突き刺さった。



「お姉ちゃんは私のことを考えてくれてたんだよね? 血の繋がった姉妹だから恋人になんてなったら世間から疎まれるって」



違う。



「でも側にいたら気持ちが抑えられないから私を突き放した」



そうじゃない。



「苦しい思いさせてごめんねお姉ちゃん」



私は――



『咲の宮永照が姉であるという認識を薄れさせるため』



私は自分のことしか考えていなかったんだ――

いつの間にか咲は私のすぐ近くまで寄って来ていた。



「もう苦しまなくていいよお姉ちゃん。私お姉ちゃんと一緒なら世間なんてどうでもいいから」



「やめて!」



私を抱きしめようとする咲の手を払い飛ばす私。



「お姉ちゃん・・・?」



咲は腕を押さえて何故と問う。



「私は・・私はお前が思ってるような人間じゃない」



私は吐き捨てるように言った。



「私がお前を突き放して離れて暮すように仕向けたのは、お前に私を姉であると思うことをやめさせるためだ」



「・・・!」



咲が息を呑み目を見開く。



「そうまでしたのに私はお前の気持ちを知っても自分の想いを伝えて受け入れることも、拒否することもしようとしなかった。何も失いたくなかったからだ」



このままでは咲に失望されてしまう。わかっているのに止められなかった。



「私は父さんと母さんを、友達を、あの子を利用して、お前のためだと言い訳しながら自分を守っていたんだ・・・!」



「お姉ちゃん・・・」



「私は卑怯で、臆病で、汚くて・・・最低な人間だ。お前と一緒になる資格なんかない・・・!」



堰を切ったように心情を吐露しつくした私は、切れる息もそのままに力なく頭を垂れる。



マスコミに対する猫かぶりと同じだ。私は自分に対してさえ猫を被って、本心ではほくそ笑んでいるような下種な人間だ。



姉妹であるとか同性であるとか関係ない。私と一緒になっても咲は幸せにならない。



だからこれでいい。これで初めて咲の幸せのために行動出来た。



底のない絶望感に襲われているけど。胸が張り裂けそうに痛いけど。



それは他人を、自分を騙し傷つけ続けた私への罰だ。



「・・・すまなかった咲。私はそういう人間なんだ。その気持ちは忘れてくれ」



「嫌だよ」



私は床を見つめたままフラフラと部屋に帰ろうとしたけど、咲に抱き寄せられて止められた。

「さ、咲・・・? なんで・・・?」



どうして咲がまだ私を抱きしめてくれるのかわからず、私は頭を上げて咲の顔を見た。



涙を流していた。



「ごめん、ごめんね・・・私なんかのこと好きになっちゃったせいで、そんなに苦しんで・・・」



咲は泣きながら私に謝ってくる。



「な、何を言ってる。なんで咲が謝る――」



「お姉ちゃんに一度会いに行った時、私もうお姉ちゃんの気持ちにも自分の気持ちも理解してた。ううん、理解したから会いに行ったの。なのにそれを伝えなかった」



懺悔するような咲の言葉。



「あの時お姉ちゃんに告白していれば、どっちにしてもそこで終わってた。お姉ちゃんはここまで苦しむことはなかった。臆病だったのは、逃げたのは私も同じだよ・・・」



「違う!」



悲痛なその声を聞いていられなくなって、私は咲の声をかき消すように叫んだ。



「お前は確かにそこで逃げたのかもしれない、だけどそのあとちゃんと向き合った! 嫌いだった麻雀の大会に出てまで私を連れ戻そうとした!」



咲の麻雀嫌いはプラスマイナス0にすることが当然だと思い込んでしまうくらい筋金入りだった。



それを押してまでインハイに出て私を説得しようとしたのだ。ずっと逃げ続けていた私とは違う。



「ううん、私はお姉ちゃんを連れ戻すためだけにインハイに出たわけじゃないよ。私は和ちゃん達と打って麻雀が好きになった。私がインハイに出たのは麻雀を楽しむためでもあったの」



首を振る咲を見て私は思い出す。麻雀打っているときの咲の顔を。本当に楽しそうな笑顔を。



「そんなふうに人は色んな想いを抱えて生きてるんだよ。その中には汚いものだってある。だからお姉ちゃんにだってそういう感情があることもわかってる」



泣き止んでいた咲はふわりと微笑んだ。



「私はその感情も含めてお姉ちゃんが好き。私を愛してくれてるからこそその感情に苦しめられたお姉ちゃんのことを愛してるの」



そう言って咲は私を抱きしめる腕を強めて胸に顔を埋めた。



(愛してくれたからこそ・・・)



私がこの卑劣な行動に走ったのは咲とその他全ての人達、そのどちらも切捨てることが出来なかったから。私にとっての咲がそれだけ大きなものだったから。



咲を愛していたからだ。

涙が溢れてきた。声を抑えられなかった。



だからどうしたという話だろう。そんなの何の言い訳にもならないと私も思う。



それでも咲はいいと言ってくれた。ずるい私を許して全て受け入れてくれると言ってくれた。



「絶対嫌いになったりしないから・・・」



優しく私を慰める咲を固く抱きしめ返して私は子供のように泣き続けた。







「落ち着いた?」



「うん・・・」



ひとしきり泣いた私は鼻をすすって頷く。



「ごめんなさい咲。私が弱かったばっかりに・・・」



「もういいよ。弱かったのは私も同じだって言ったでしょ」



私の腕の中で咲は私を励ますように笑った。がすぐに神妙な面持ちになる。



「それでお姉ちゃん。お姉ちゃんの答えを聞かせて」



「答え・・・」



「そう、私を受け入れてくれるのかどうか」



そう言うと咲は私を抱きしめるのをやめ、私の腕からすり抜けていった。



咲は私を受け入れてくれると言った。しかし私に決断が求められていることに変わりはない。



咲かその他の全ての人か。どちらかを捨てなければならないのだ。



「私、覚悟は出来てるよ。一生表を歩けなくなっても、友達もお父さんもお母さんも皆離れていったとしても、お姉ちゃんと一緒になりたい」



言葉どおりに咲の顔には決意の色が伺えた。



重くのしかかるその覚悟を受けて私は考える。



私に夫婦仲を悪化させられたにも関わらず、怒りもせずに私の心配をしてくれた父さん。



東京に行ってからずっと一人で私の面倒見てくれた母さん。



共にインハイを目指して戦い苦楽を共にしたかけがえのない仲間である虎姫の皆。



その全てと私が愛し、私を愛してくれている咲を天秤にかける。



それは正しく苦行だった。けれど逃げ出すことは出来ない。



ここで逃げ出せば私はこれからも一生逃げ続けて何もかも失ってしまうだろうから。



長い黙考の末私は遂に口を開き答えを待ちわびる咲に伝えた。



「私は――」

「お姉ちゃん」



「うん?」



「本当によかったの?」



「うん」



主語のないその質問に私は迷いなく首を縦に振った。



「妹が覚悟してるって言うのにお姉ちゃんの私がいつまでも渋ってるわけにはいかない」



「よく言うよ・・・」



咲の部屋のベッドの中、私がお姉ちゃんぶってみせると咲が呆れたように苦笑した。どちらもシーツを被っているが服は着ていない。



「意外にキツいんだね」



「そうだな。やり方もよくわからなかったし」



「わからないからって吸いすぎだよ。赤ちゃんだってここまでしないと思うよ」



「お前だって私のを舐めまわしたくせに。口に含まなきゃいいってわけじゃないだろ」



汗にまみれた体をシーツに隠して私達は睦言を交わす。快楽の余韻は薄まってきていたが未だに体は熱を帯びていた。







「私は――お前が好きだ。一緒になろう、咲」



心の天秤は咲に傾いた。



咲との仲を自ら打ち明けるつもりはないがすぐに見抜かれてしまうだろう。



父さんも母さんも私達を許すはずがない。菫達も私を軽蔑するだろう。



よしんば彼女達が認めてくれたとしてもこれは列記とした不道徳な反社会的行為だ。世間の厳しい目に晒される私を拾ってくれるプロチームはないだろう。



私は両親も、友人も、麻雀も、今持っている大切なものの内、咲以外の全てのものを失うのかもしれない。



それでも咲が残る。弱くて、臆病で、嘘つきで、他人を利用して自分を守ることしか考えていなかった卑怯な私を、愛してると言って抱きしめてくれた人が。



充分だった。そんな人が側にいてくれるなら私は充分生きていける。



充分、幸せだ。



固唾を呑んで待ち続けてくれていた咲は私の答えを聞いて一瞬気の抜けた顔をしたかと思うと、大粒の涙を零して再び私に抱きついてきた。

震えながら嗚咽する咲を私ももう一度強く抱きしめる。



胸に溢れるのは歓喜。私はようやく純粋な気持ちで咲を抱きしめることが出来た気がした。



「私嬉しいよ・・・」



「私も・・・」



私の胸に顔を押し付けていた咲が泣き濡れた目を私に向ける。



「お姉ちゃん、その・・・さっき出来なかったから・・・」



「うん・・・」



目を閉じ唇を近づけてくる咲。



先ほどの再現のようだが今度は私も同じようにして咲の唇に自分の唇を近づけ、重ねた。



私にとっては初めてのキス。それは少しだけ涙の味がした。



(私もさっき泣いたから咲も同じなのかな・・・?)



そうだったら嬉しいと柔らかく暖かな感触を唇に得た私はそんなことを考えていた。



身震いしてしまうほどの快楽にちょっぴりの背徳感。怒涛のように押し寄せる感情の波が私を総毛立たせる。



そうしていたのはどれくらいの時間だっただろうか。最後に小さな水音を残し私達は唇を離した。



私達は言葉も無く抱き合ったまま。暗い部屋に二人分の乱れた呼吸の音が響いている。



「お、お姉ちゃん!」



その呼吸も静まってきた頃だった。咲が意を決したように沈黙を破る。



「なに?」



「あ、あのね・・・えっとね・・・」



話しだしたはいいがすぐにもごもごと口ごもってしまう咲。



抱きしめた腕から伝わる咲の体温は私のそれに負けず熱かったけど、一際高くなったように感じた。



「あえ、その・・・」



私は続きを待つが咲は躊躇するだけで要領を得ない。



(恥ずかしがってる?)



咲の顔はゆでダコのように真っ赤だ。さっきのキスが尾を引いているとは言え、私はもう落ち着いてきているくらいなのに。



ならば咲が今言おうとしていることはキスより恥ずかしいことなのだろう。そんなこと一つしか考え付かなかった。

「咲のエッチ」



「はう!?」



ぽつりと零れた私の呟きに咲は自分の考えを悟られたことを知って大きく肩を震わせた。



「恋人同士になったからっていきなりはどうなの?」



「えっ、あっ、いや、えっと・・・」



悪戯心を刺激されて私がからかってみると、咲は面白いくらい狼狽して意味のわからない言葉を繰り返す。



その姿はとても愛らしくて、愛おしい。



「・・・いいよ」



「だから・・・えっ?」



咲は面食らったように聞き返してきた。



「だから、いいよ」



「ほ、本当に?」



「本当に。私も、その・・・咲としたいから・・・」



姉らしく自信満々でいようと思っていたのに声は尻すぼみになってしまった。



「そ、そっか、お姉ちゃんも・・・」



噛み締めるように呟く咲に熱いものが込上げてくる感覚がした。



「い、行こうか。私のベッドは汗まみれだから、咲の部屋に」



「う、うん・・・」



私達は互いの体に回した腕を放してリビングを出て行く。



放した手を繋いで、ぎこちない足取りで。







「私のベッドも汗まみれになっちゃったね」



「汗だけじゃないけど」



「そういう生々しいこと言わないでよ!」



濡れたベッドシーツに手を当てた咲が恥らい混じりに叱責を飛ばす。



「実は私のベッドも汗だけじゃ――」



「ああ! もういいってば!」



私の言葉を遮った咲は両手で顔を覆った。



(可愛い・・・)



咲をからかうことが趣味になりそうだ。

「ほら、枕に歯型が残ってる」



脇に置いてあった枕を持ち上げ付いた歯形を見せ付けるようにして、顔を隠した咲の前に持っていく。



その歯型は咲のものだ。私が咲の下を責めている間胸に抱いて、噛み締めることで声を抑えていたために付いたもの。



「だ、だから、見せないでよそんなの!」



咲は顔を覆っていた両手を枕に伸ばして私から奪い取ると勢いよく放り投げた。



「ちょうどよかった」



放物線を描いて床に落ちる枕を見送った私は、手を伸ばして咲の胸の突起を指で弾く。



「ふぁ・・・! ちょ、ちょうどよかったってな、にぃ・・・!」



「私は咲の声が聞きたかったのにあれで抑えちゃうから」



今なら思う存分聞けると私はそのまま何度も指を動かした。



「はぁ・・・ん・・・! ひゃ・・・! んっ・・・!」



私の指が汗と私の唾液に濡れた固い物に触れる度、咲は甘い声をあげて身をよじらせる。



その声と、声を噛み殺そうと涙さえ浮かべて耐えながらも喘ぎ声を漏らすその顔。



嗜虐心が満たされていくのを感じ私の体まで震えてきた。



「ふぅ・・・んぅ・・・お姉ちゃんってSだね」



たっぷり満足するまでそうして腕を引っ込めた私に、眦の涙を拭いながら咲が言う。



「そういう咲は少しMの気があるな」



意地の悪い笑みを浮かべて私がそう返すと、



「そうかもね、だけど!」



今度は咲が腕を伸ばして汗と咲の唾液に濡れた私の胸の突起を摘んだ。



「んぁ・・・!」



「私もお姉ちゃんのそういう声聞くの好きだよ」



濡れた声を上げる私を見て妖艶な笑顔を作る咲は、摘んだものをこねるようにして指を動かし始めた。



「あっ・・・ん・・・! ああっ・・・!」



快楽が電流のように全身を駆け巡り嬌声となって口から零れる。



「お姉ちゃん声大きいよ。お父さん達に聞こえちゃうじゃない!」



「だあっ・・・だったら、ちく、び、弄るのやめん、なさい・・・!」



「ええー、それもやだなぁ」



自分が原因だというのに他人事のような咲は指を止めようとせず、私はなんとか声を飲み込もうとするも突き上げてくる快楽に逆らえなかった。

「もう、しょうがないなぁ」



そんな私を見て咲が言う。



やっと満足したのかと思ったけど次の瞬間咲は私の口を塞いできた。



手の位置は変わっていない。咲はキスすることによって私の声を封じたのだ。



喘ぎ声を垂れ流すために開いていた私の口から咲の舌が口内に侵入してくる。



口の中を犯すように動き回るその舌に自分のそれを絡めて止める。



私の胸を弄っていた咲の手は背中に回り、体が密着して胸同士が押し潰されていた。



むせ返るような汗と微かなカモミールシャインの匂い。重なりあった体から伝わる咲の体温。絡み合った舌。



その全てが官能的で甘美で、私は湧き上がる悦楽に陶然と酔いしれた。



最後にリビングでのキスよりも大きな水の音を響かせて、私と咲の唇は離れる。



二人で犬のように突き出した舌に唾液の糸が繋がっていた。



「お姉ちゃん、もう一回しよ?」



それを舐め取るようにして舌を口の中に収めた咲が囁く。



「明日・・・いや今日も雪かきしなきゃならないのに」



そう言いながらも私は咲の抱きしめた咲の体に体重をかけて押し倒した。







私は、私達はもう昔には戻れない。



これから多くのものを失い沢山傷ついていかなければならないだろう。



けれど私はもう逃げない。どんな重い十字架だって背負って生きてみせよう。



今度こそこの腕の中の大切なものを守るために。



おわり