立つかな



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皆さん、お久しぶりです。



わたしの名前は新垣あやせ、今は花の女子高生をやっています。

と言っても女子高生をやっていられるのも後1年。

高3になったわたしは目下、進路について悩み中。

大学進学は確定なんですが、肝心の大学や学部についてまだまだ絞り切れておらず、早く決めないと、と焦る毎日です。



っと、いきなり始まってしまったら皆さんがついて来れないですよね。

まずはわたし達が高校生になったあたりを振り返りたいと思います。







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――――――――――





まずは中学を卒業した、今から2年前の3月。



そうです。当時、桐乃は京介さんと付き合っていたのに別れたんですよね。

桐乃が京介さんとお付き合いしていたことは桐乃本人から聞いていました。



ですが、いきなり別れたのでわたしもびっくりしちゃいました。

なんでも、世間体とか親のことを忘れて期間限定で思いっきり恋人気分を味わうため、

とかなんとかで、期限を決めて付き合っていたと後になって聞きました。



桐乃はその後も落ち込んでいたんですが…っとと、今は概要だけの方がいいかな。



とりあえず、桐乃達は別れてしまったそうです。



その後、わたしと加奈子は「オタクっ子あつまれー」に入りました。

そう、エピローグで桐乃達がオタクっ子のオフ会に行っていたのは、

わたしと加奈子の初サークル参加の日でした。



これも後から聞いたところ、京介さんは行きしなに桐乃にキスをしたそうではないですか。

もう!

別れて普通の兄妹に戻ったにもかかわらずキスをするなんて、あいかわらず京介さんはダメな人です。





わたしと加奈子を加えたオタクっ子は、桐乃の表と裏の友達が所属することとなり、

簡単に言えば「桐乃軍団」みたいなグループとなりました。



この時に、あたし達がいる2軍のようなオタクっ子もメンツが増えたことや

1軍とは交流がないこと、

沙織さんも一人では両方を管理するのが困難となってきたことから、

わたし達2軍は別のサークルにしようということとなり、管理人は桐乃になりました。

当然ですよね。





そこで、桐乃はサークルを「Brilliant Girls」と名付けました。

わたし、この名前気に入ってるんですよね。

京介さんは一人抵抗を続けていましたが、多数決という民主的決定を持って排除されました。



このBGができてからは、桐乃の両方の友達がいることからよく遊ぶ機会が増えました。

基本的には毎週末、空いてる人だけでも集まって何かしらをしています。





例えば、免許を取った京介さんの運転でバーベキューに行ったり、海に行ったり。

後は京介さんのバイト代で食事に行ったりディズ○ーに行ったり、

京介さん主催の勉強会があったり、

京介さんの部屋でお宝(エッチな本)探しをして遊んだり…





管理人が桐乃の時点で京介さんに火の粉がかかることは決定されていたことですし仕方ありません。

わたしに罪はありません。



他にも皆でコミケ参加したり、加奈子のライブに応援に行ったり色々しました。

もうこうなるとサークルというよりは単なるお友達ですが、そこは気にしたら負けです。

人が多いし学校も別々だから、サークルを維持してそれを運営している方が楽なんですよね。



そんなこんなでBGで楽しく騒がしく過ごしている間に2年が過ぎたというのが概要ですね。

他には黒猫…瑠璃さんが京介さんと同じ大学に入学し、

沙織さんは東京の有名女子大に入った、

というのが今年の4月のことで、最も新しいニュースですね。







以上が高校入学からの概要です。

分かりましたか?

個々人の近況報告はまた後々しますね。







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――――――――――





っと、話をしている間に着きました。

今日の目的地である高坂家。



その後は皆で集まって桜の花見に行きます。

勿論、運転手は京介さん。



この家にはもはや数えきれないほど来ています。

だから、ためらうことなくインターホンを押せます。

ポチっと。





ピーンポーン    ガチャ



「おう、あやせ。早かったな。お前が一番乗りだよ」



「おはようございます。京介さん」



「ま、上がって待っててくれ」



「はーい」



そう言って京介さんはわたしにスリッパを渡し、リビングへと案内してくださいました。



京介さんはストレートで大学に入学し、現在大学3年生。

大学へは電車通学で、一人暮らしはしていません。

またしてくれたらいいのに…

最近はもう少しで始まる就活のことで頭が一杯だそうです。





ドタドタ ガチャ



「あー、あやせ。もう来たんだ、おはよう。早かったね」



「桐乃もおはよう。今日もばっちりだね」



「当然でしょー」



ピース一つとっても様になってる桐乃はさすがです。



桐乃はわたしと同じ高校に通う高校3年生。



めっきり大人っぽくなった桐乃は同性のわたしでさえドキっとさせられます。



桐乃は今でも読モや陸上を続けていて、どちらも成果を出している。

他にも高校に上がってからは料理やボカロP、デザイナーなどにも手をだし、

相も変わらず多才さを発揮したものの、それらを続けることなく惜しみなく捨てているのは桐乃らしいと思う。



今、桐乃がはまっているのは服飾。自分の思った通りの服を作りたいそうで。

これはいつまで続くのかなー。



ところで、京介さんと桐乃の関係はと言えば…



「ってかあんた、なに勝手にあやせ上げてんのよ」



「そりゃインターホン鳴ったら上げるだろ」



「あたしが行くからあんたは出なくていいの!」



「はぁ!?お前がすぐ出ないから、また化粧でもしてるんだろうと思って出てやったんだろ!」



「そんなことあたし頼んでない!」



「ってかあやせはもう俺の友達だから別にいいだろ!」



「よくない!!!」





……説明の必要がなくなりましたね。

そう、進歩なし。成長の欠片も見られません。



いえ、二人でいるときはそれなりに仲良くやってるんです(桐乃談)。



それを信じるなら、二人っきりでないときには昔の二人が顔を覗かせるということですが…



桐乃が恥ずかしがって意地を張っているのか、京介さんが他の女と仲良くするのが気にくわないのか…



わたしは後者だと思います。

直接、桐乃に聞いたことはありません。

なんとなく、桐乃が別れてからはその話は禁忌のように触れてはならない感じになっているので。



だから未だに京介さんに恋心があるのかは定かではないですが、

わたしの女の勘によると、桐乃はまだ京介さんのことが好きなんだと思います。





「まあまあ、桐乃。京介さんは気を使ってくれたんだし。

 それに何もされてないよ?」



「そうなんだけどさ〜」



不貞腐れている桐乃も可愛い。

これが惚れた弱みってやつですかね。



「それに今から皆で花見に行くのにケンカなんてよくないよ」



「う゛〜、分かった。

 んじゃ帰ってきてからする」



やっぱりするんだ、ケンカ。



と、そんなことをやっているとまたインターホンが鳴る音が。



「ほら、行って来いよ」



「はぁ?イヤだよ。あんたが行ってきて」



「な!?さっき自分が行くっつっただろ!?」



「それはそれ、これはこれ。

 今はあたしもいるから誰が出てもいいの。

 っつうわけであんたが行ってきて」



「ったく、なんだよその理不尽な理論は…」





そう言いながらも玄関まで行く京介さん。

相変わらず弱いですね。



今度は誰が来たんでしょうか?





ガチャ

「あら、私が一番ではなかったのね」



「いらっしゃい、瑠璃」



「瑠璃さん、おはようございます」



「ええ、おはよう」





わたしの次に来たのは瑠璃さんでした。





黒猫さんではありません、瑠璃さんです。



瑠璃さんは高校卒業とともに黒猫さんも卒業しました。

なんでも、いつまでも逃避してられないとか何とか。



まあ瑠璃さんもやっと普通になったと言うことでしょうか。

だからわたし達も「黒猫さん」から「瑠璃さん」と呼び方を変えました。

まだ慣れないですけど。



でも、厨二病が治ったかと言うとそうではないらしくて。

未だに創作の際には厨二病全開だそうで、むしろ前よりひどくなってるそうです。

瑠璃さん曰く

「私の溢れんばかりの内なる闇は全て創作にぶつけることにしたわ」

だそうです。



まあ前みたいに日常生活で垂れ流すよりは健全だからいいということにしておきましょう。





「京介、今日持っていくお弁当なんだけれど

 量はこのくらいで足りるかしら」



「ああ…ってかむしろ作りすぎじゃねえか?これ。

 6人で重箱6個って計算おかしくね?1人一箱?」



「あら、大丈夫よ。

 1つは御握りで、3つがおかず。

 残り2つはフルーツやデザートよ」



「そっか、それにしても作り過ぎな気もするが…

 まあなんにせよご苦労様。

 ありがとよ、でもこれ、大変だったんじゃないか?」



「いいえ、料理も簡単なものばかりだし、それほどでもないわ」



「そっか、ほんとありがとな。瑠璃」



「っ、いいわよっ別に」





瑠璃さんは京介さんに「瑠璃」と呼ばれることにまだ慣れていないみたいですね。



付き合ってた時はどうしてたんでしょう?

多分、黒猫と呼んでたんでしょうけど。

なんか変ですよね、付き合ってる時にハンドルネームで呼ぶって。



ここでも呼び方が変わってますよね。



瑠璃さんは京介さんのことを「京介」と呼んでます。

これは丁度、京介さんと桐乃が別れたあたりから固定されたそうで。



多分、京介さんが高校を卒業したからだと思いますが、

いまはまた大学で後輩になっているから「先輩」と呼んでもおかしくはないのですが。

呼ばないでしょうね、もう。「先輩」とは。



あ、そういえばわたしも「お兄さん」から「京介さん」に変えていましたね。

これはBGに入って、「桐乃のお兄さん」から、わたしの友達の「京介さん」になったからです。





「ところで沙織はまだかしら。

 珍しいわね、彼女が遅れるなんて」



「瑠璃さん、まだ遅れてませんよ。

 わたし達が早く来すぎただけです」



「あら、本当ね。では京介。行きましょうか」



「待て待て待て待て!

 なんでもう行くんだよ!!

 遅れてないって確認しただろ!?」



「ええ、彼女は待ち合わせには遅れてないわ。

 けれど私よりも遅れたわ。これは紛れもない事実よ。

 よって置いてけぼりの刑に処す」



「それは自分勝手すぎんだろ!?」



「瑠璃さん…それはちょっと」



「ふん、冗談よ。

 暇つぶしに囀ってみただけよ」





……本当かなぁ。瑠璃さんなら人数が少ない方が〜とか考えてそう。



そうこうしているうちにまたインターホンが。





「じゃあ行ってくるぞ」



「うん、任せた」



桐乃はソファに足を組んだまま手をシッシッと払う。

京介さん…





ガチャ

「あら、皆さん御揃いでしたのね。済みません、遅れてしまって」



「いらっしゃい、沙織」



「遅いわよ、沙織。

 もう少ししたら置いていくところだったわよ」



「おはようございます、沙織さん」





「ええ、おはようございます、桐乃さん、あやせさん。

 ってか瑠璃ちゃん!?それはひどくありませんか!?」



「うるさいわよ、遅れてくるのが悪いのよ。

 それにいい加減『ちゃん』付けはやめてくれないかしら」



「あら、可愛いではありませんか。

 瑠璃ちゃん」



「同い年に『ちゃん』付けは違和感ありまくりよ」



「そうかしら」



「ええ、そうよ」





次に来たのは沙織さん。



槇島沙織さんであって、沙織・バジーナではありません。

管理人を桐乃に託したからでしょうか、はたまたBGのメンバーにも慣れたからでしょうか。

理由は不明ですが沙織さんは2年前の夏ごろからバジーナではなくなりました。

懐かしいですね、あのグルグル眼鏡。



けど、わたしはこっちの沙織さんも大好きです。

だって絵に描いたようなお嬢様だから、目の保養になります。



沙織さんも桐乃を「桐乃さん」と呼ぶようになりました。

「きりりんさん」から「桐乃さん」への変化、これもそれだけ二人の関係が近づいたということでしょう。





「じゃあ皆揃ったことですし、行きましょうか。京介さん」



「おい、あやせ。まだ加奈…」





ガチャ

「うい〜す」



「ちっ!」



「あ゛ー?なんであやせ舌打ちしてんの?」



「なんでもないよ、加奈子。おはよう。

 って勝手に入ってきちゃダメでしょ」



「ケチケチすんなよ〜。加奈子と京介の仲だべ?」





「親しき仲にも礼儀あり、だよ」



「へいへーい。気を付けまーす」



「加奈子、怒るよ」



「以後、このようなことがないように反省するであります」



「うん。偉いね、加奈子」





「…やべぇ。今俺はイジメの一端を見てしまったかもしんねえ」





クル

「なんですか?京介さん」



「なんでもないっす!!!」





加奈子もやって来たようですね。

加奈子はわたしや桐乃とは別の高校に通っています。

格差社会というか受験戦争に負けたというか、とりあえず加奈子では無理でした。



その代わりと言ってはなんですが、加奈子は声優として活動しています。



昔はメルルのコスプレをしていましたが、メルルも時代淘汰には勝てませんから。



その代わりに、加奈子は持前のロリッ子ボイスと演技力で声優となり、

大活躍とまでは言えないけれど、それなりに仕事をしています。



また、ダンスや歌唱力も買われて、声優のアイドルグループにも所属しています。



なんだかんだで、加奈子が一番の出世株かもしれませんね。



「んじゃ皆そろったし行こっか」



「桐乃、荷物一つくらい持てよ」



「え〜やだよ。それは男のあんたの仕事でしょ」



「一人でこれは無理だっつうの!」



「まあまあ、京介さん。わたくしもお手伝いいたしますわ」



「ビッチに手伝いを望む方が間違いなのよ」



「京介さん、わたしも手伝いますから」



「京介〜、加奈子喉乾いたからビール飲んでいい?」



「うっせクソガキ、お前みたいな幼女はヤクルトでも飲んでろ!」



「はあ!?17のれでぃ捕まえて幼女とはなんだ!!」







まったく、車に乗る前からこの大騒ぎ。

だからBGは楽しくてやめられないんですよね。







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「着いたー!!桜満開じゃん!!」



「だから桐乃、荷物を…って、もういいか」



「まあ、あの俊足を活かして場所取りでもさせましょう。

 桐乃、景色のいいところをとってきて頂戴」



「任された!」



そう言うと桐乃はあっという間に走り出して、今はもう小さく背中が見えるばかり。

本当に速いなあ。



「では私達も桐乃の後を追いましょう」



「瑠璃さん、お弁当持ちますよ」



「ありがと」



「京介さん、荷物をお持ちしますわ」



「そっか、さんきゅ沙織。

 お前もれでぃなら見習え」





「加奈子はヤクルトで両手ふさがってっから無理」



「加奈子、私のお弁当を早く食べたいなら荷物を持つことを勧めるわ」



「へいへーい。京介〜、一番軽いの貸してみ」



「ほい」





そう言うと、京介さんは加奈子にクーラーボックスを渡す。



「おもっ!お前これ一番重いやつだろ!」



「は?ちげえよ。一番重いレジャーテーブルは俺が持ってんだろ」



「なんで沙織にはレジャーシートと食器なんだよ!!」



「お嬢様に重いものは持たせられねえだろ」



「さべつだ〜!!」





「もう、加奈子!わがままばっかり言うと怒るよ!」



「はい、きりきり運びます」



「…あの漠然と『怒る』ってのがまた恐いよな…」



「…あやせさんは見た目が綺麗な分、怒らせると恐そうですから…」



「京介さん、沙織さん。どうかしましたか」



「なんでもないですわ!」

「なんでもないっす!」





恐いとか、もう。失礼しちゃいます。

加奈子が変に反応するせいですよね。





皆で桐乃の後を追っていくと、一際大きな桜の木の下に桐乃がいました。



「おっそ〜い!!」



「そりゃお前…こちとら荷物持って歩いてんだから仕方ねえだろ」



「つべこべ言わない!とっととテーブル置きな」



ぶつぶつ言いながらも言う通りにする京介さん。

その近くに沙織さんがレジャーシートを敷き、お弁当や食器をテーブルに置いて準備完了。





「んじゃ、とりあえずはテーブルについてメシにすっか」



「ええ、そうね。皆の口に合えばいいのだけれど」



「さんせ〜加奈子、腹ぺこぺこ〜」





すると、京介さんが何も考えずにポスっと真ん中に座る。



その瞬間、空気がぴりっとしました。



「んじゃあたしここにす〜わろ」





そう言って、桐乃が京介さんの左隣に座ろうとする。





「待ちなさい桐乃。そこは私が座るわ。京介に料理の説明もしたいし」



「はあ?料理の説明は皆にすればいいじゃん。

 あたしはいつもこいつの左隣でご飯食べてるから、ここが落ち着くの」





「男の京介の隣にあなたみたいなデカいのがいたら狭いでしょう。

 そこは私みたいに小柄な人が座るべきだわ」



「デカくない!!」





あの紛争地域には近づかない方が賢明ですね。



ということは…



「京介さん、隣失礼しますね」



わたしは京介さんの右隣に座ってからそう言った。

こういうときは騒がず焦らずやるのがベターです。



「あ〜!あやせずり〜」



「なにが?」



「加奈子も京介の隣がいい〜」



「そう、でもごめんね。わたしもう座っちゃったから」



「代わってくれりゃーいいじゃん。人数分イスあるしさ〜」



「え〜あっちの空いてるイスの方が景色いいんじゃない?

 加奈子にはあっちがいいよ〜」



「はあ?じゃああやせがそっちに行けばいいじゃ〜ん」



む〜、こっちもこっちで加奈子との領土問題が。





そこで一番頼れる沙織さんが柏手一つ、





「皆さん、ではこういうのはどうでしょうか」





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「なあ、なんで俺一人レジャーシートなの?」



「うっさい!」



「まあ、これが一番無難な解決策でしょうね」



「加奈子もレジャーシートにいこ〜っと」



「ダメだよ、加奈子」



「済みませんわ京介さん」





まあこうしないと場所決めだけで日が暮れちゃいますから、

仕方ないですね。





というか今の一連の流れで分かっちゃいますよね。

そう、桐乃のみならず、瑠璃さんや加奈子もまだ京介さんを諦めていません。



そういうわたしも…



沙織さんはどうなんでしょうか?皆に比べたらあからさまなアプローチはないので、

好きではないんでしょうか。



つまり、京介さんが一人暮らしをすると言った時の状況に似ていますよね。



より厄介なのは、わたしも桐乃も京介さんが好きで、バトルロワイヤルに参加する人数が増えたこと、

それにBGという集団に全員が所属している以上、あまり過激なことはできないようになってしまったことです。



だからこの2年間、京介さんに悟られない程度、皆の仲が悪くならない程度の小競り合いがずっと続いています。



さっきは「桐乃軍団」だなんて比喩しましたが、実質は「京介ハーレム」と言った方が正確かもしれませんね。





「はい、これあんたの分」



「待て!俺の好物の唐揚げがねえじゃねえか!」



「唐揚げはあたしが食べる」



「そんなに食えねえだろうが!!」



「あたしが食べるの!」



「まったく、桐乃。

 よしなさい。こんなにあるのに食べられるわけないでしょう。

 はい、京介」



「おお!

 さんきゅー瑠璃」



「京介さん、お茶をどうぞ」



「ああ、あやせもさんきゅー」



「それでは、皆さんに飲み物も行き渡ったことですし、

 桐乃さん。よろしくお願いしますわ」



「おっけー。

 おっほん、ではBrilliant Girls春の陣を開始したいと思います!

 皆、一杯食べて一杯飲みましょう!お茶を!

 じゃあかんぱ〜い!!」



「「「「「かんぱ〜い」」」」」







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「お!この唐揚げめちゃくちゃうめえじゃねえか」



「そう、そう言ってもらえると嬉しいわね」



「なんかいつもと味が違うような」



「それはごま油のせいかもしれないわね」



「そっか、うめえなあ。

 卵焼きには海苔を入れてんのか」



「ええ、ネギかシーチキンか迷ったのだけれど」



「はー、卵焼きにも色々あんだな」



京介さんは瑠璃さんと料理のお話をしている。



まあ、これだけの料理をしたんですから少しくらい瑠璃さんに役得がなければ悪いですしね。





「さっきはごめんなさい、桐乃さん」



「え?別にいいよ」



「ですが…」



「沙織は気にし過ぎだって。ほら食べなよ。美味しいよ」



「ええ、瑠璃さんの料理は全部美味しそうですわね」





あっちはあっちで桐乃と沙織さんが話してる。



桐乃は京介さん以外が相手だと、すごく柔らかくなったと思う。



元々友達思いだったけれど、優しさというか、労りというか…

そういうのが出てきたと思う。





んで加奈子はと言うと…あれ?加奈子は?



あ、クーラーボックスのところにいますね。

てっきり京介さんのところに行ったのかと…



「加奈子〜食べないの?」



「けっけっけ、花見にただメシ食うだけじゃおもしろくないと思って〜」



そう言って加奈子が手に持っていたのは



「加奈子!それビールじゃない!」



「酒じゃないべ?ノンアルコール」



「へ?ノンアルコール?」



「そ、ほら見てみ」





そういって加奈子に渡された缶ビールには…

本当だ、アルコール0%と書かれている。



「これなら別に飲んでも問題ないだろ〜」



「そうだけど…」



「んじゃとりあえず」



カシャッ!



グビ グビ グビ



「プハー!!!

 やっぱり花見にはビールだろ〜」



「もう、加奈子ったら親父くさいよ」



でもまあ、アルコールが入ってないなら文句言えないよね。







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食事も粗方終え、今は各々が自由時間を満喫してる。



京介さんはレジャーシートに寝っころがって桜を見上げてる。



桐乃はカメラ片手に風景を撮影してる…と見せかけて京介さんの写真を撮りまくってますね。



沙織さんは水筒に入れてきた紅茶でティーブレイク中。

本当に絵になりますね。



黒猫さんは京介さんの隣にペタリと座ってます。





わたしも行こうかな…





「京介〜」



「なんだよクソガキ」



「京介って今年で21だろ〜?結婚とか考えてんのかよ」





ピカピカ ドシャーン!!



いま、確実にわたし達の周りには落雷がありました。



まったく!加奈子ったらなんてこと聞いてるのよ!



「結婚か〜まだ考えてねえな」



「なんだよ、じゃあ彼女とかいねえのかよ」





ピカピカ ドシャーン!!



本日2度目の落雷。



皆がごくりと喉を鳴らす。

かくいうわたしも気になっていました。

こういうことって中々聞くことができないですから。





「彼女か〜できたらいいんだけどな〜」



「はぁ?じゃあ京介は独り身かよ〜」



「わりいか!!」



「悪くねえよ〜。んじゃさ〜加奈子と付き合うべ?」





京介さんがガバっと起き上がり、加奈子の方を見て

「なに言って!!

 ……沙織、すまん。クーラーボックスから水をとってくれ」





「ええ、かまいませんわ。どうぞ」



「さんきゅ。ほら加奈子、飲め」



「い〜や〜だ〜。加奈子にはビールがあるんだもん!」





「『だもん』じゃねえ!お前酔っぱらってんじゃねえか!!」



「酔ってないっすよ〜」





え!?さっきのビールってノンアルコールだったよね?

ノンアルコールでも酔うの!?

雰囲気で飲んだ気分になっちゃったのかな…





「いいから、ほれ」



「ちょ、やめっ…グビ グビ グビ。

 ぷはあ、無理矢理飲ますなよな!溺れるだろ!!」



「溺れねえよ。それよりほら、加奈子。こっちこい」



「なんだよ〜加奈子のこと抱きしめてくれんの?」



「バカ言ってねえでほら」





そう言って京介さんは加奈子をレジャーシートに寝かせて、膝枕をしてあげる。



……わたしも酔おうかな。





まあでも、加奈子が酔って爆弾を投下してくれたおかげでずっとモヤモヤしていたことが解決した。



京介さんはフリー。



その情報はわたしをとっても幸せにしてくれた。



だから加奈子にはお礼として膝枕を許可します。

多分皆もそう思ってるから何も言わないんでしょうね。

桐乃はプルプル震えてるけど。



けれどこの落雷を伴う積乱雲は、もっと成長するような気がします。







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「んで、今日は何して遊ぶ?」



今日はBGとは関係なくわたしの家でお泊まり会。



参加者は桐乃だけ。

人数が増えると話し合いが乱闘騒ぎにまで発展しそうですから。





「それより桐乃。今日は話したいことがあったの」



「はなし?」



「うん、先週の花見で京介さん、彼女いないって言ってたよね」



「…うん」



「そのことで桐乃と話し合いたいの」



「…そっか」



今はわたしも桐乃もパジャマでベッドにごろん。

桐乃、いい匂いするなあ。





「京介さんが彼女いないってなったら今までよりもぐちゃぐちゃになると思う。

 ルールがなかったらめちゃくちゃになるよ?

 BGも崩壊しちゃうかも…」



そう。

話し合いとは「京介さんをどうするか」。



物みたいな言い方で悪いけど、

京介さんをどうするか一定の決まりを作っておかないと、早い者勝ちになったり不公平な結果が生じかねません。



それに、それが原因でBGが崩壊するのもいやですし。





「…あやせはどうすべきだと思う?」



「ん〜わたしはBGが好き。

 あそこにいる人達が好きだし、皆で何かするのも楽しい。

 だから、BGが壊れるようなことはしたくないかな」





これは本心からの言葉。



京介さんとお付き合いできれば、それはそれで幸せでしょう。



けれど、

それと引き換えにBGがなくなるならば、

わたしはそうなってまで京介さんと付き合おうとは思いません。



京介さんとBG、これはわたしにとって両方大切。

だから、できるなら両方を手に入れたい。





「あたしも、BGはみんな趣味とか活動がバラバラだけど、それぞれが頑張ってる。

 あそこ、あたしにとっても刺激になるんだ。

 負けてられない、って」



だから桐乃はサークルをBrilliant Girlsと名付けたのでしょう。

とってもぴったりだと思います。



「んじゃ、BGがつぶれないために京介さんは今まで通り共有にする?」



「……あやせ、あたし達、今年で18歳になるよね」



「え?うん、そうだけど…」



「あたし、気づいたんだ。中3のあたしなんてまだまだガキだったってことに。

 今なら分かる」



「っ!」





桐乃が言った言葉。

私も分かる。

私も最近そう考えていた。



大人になって。18歳になって。

見える景色が変わった。

今まで見えなかったものが見えるようになった。

考えられなかったことも考えられるようになった。



逆に見えてたもの、分かってたものをなくしてしまったこともある。



わたし達は成長したんだ。



それが18歳、京介さんに告白したときの彼と同い年になって分かったことがある。



多分、当時京介さんはこんな景色を見ていたんだろう

こんなことを考えていたんだろうって。



だから桐乃の言いたいことはすごく分かる。





「いまのあたしなら、あたし達ならうまくやれる。

 BGも、京介との関係も、自分のことも」



「…うん」



「それにあたし達もそろそろ受験だしね。京介は就活始まるし」



「それらが終わるまで待つとか?」



「もう待てない」



そう言った桐乃の目は真っ直ぐわたしの目を射抜く。

…全く、桐乃はいつでも格好よくて、私を惚れさせるんだから。



「クスクス。うん、わたしも」



「そっか、んじゃそろそろ決めよっか」



「うん、誰が京介さんに相応しいか。

 でもどうやって?」



「それなんだけどさぁ…」







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――――――――――





「っというわけで、皆には順番に京介とデートしてもらうから」



「…いきなり何言ってるのかしら」



「は〜?意味わかんねぇよ〜」



「あらあら、突然ですわね」



これが私と桐乃の考えた解決案に対する反応。



三者三様ですね。



今日は皆でわたしの部屋に集合です。

あ、もちろん京介さんはいませんよ





「つーまーり!

 あたしとしてはBGがぐちゃぐちゃになっちゃうのは避けたいの!

 だから抜け駆けとかだまし討ちはナシ!!」



「…なるほど、だから皆が平等でいられるように機会を均等に割り振るということね」



「瑠璃ちゃん正解!」



「…『ちゃん』付けはよして頂戴」



「だから順番でデートして、最終的にはあいつに決めてもらおうってわけ」



「…けれどそれを今する必要があるのかしら」



「そうですよね。だから、それを含めて皆で決めたいと思います」





「そういうあなたはどうなの?あやせ」



「わたしは桐乃の意見に賛成です。

 そろそろ決着をつけてもいい頃だと思います」



「そう、加奈子はどうなのかしら?」



「加奈子はぁ、賛成かな〜

 とっとと誰が一番か決めるほうがいいべ?」



「なるほど、私は反対よ。あなた達は受験生でしょうに。

 それに先輩も就活が始まるわ。

 時期としては中途半端すぎないかしら」



「あたしは大丈夫。勉強はしてるし、それにそんなに時間かけるつもりもないし」



さすが桐乃。短期間で京介さんを落とす自信があるのでしょうか。





「わたしも今がいいです。こんなモヤモヤしたままだと勉強に身が入らないし」



それに、もう京介さんへの気持ちがおさえられないってのもありますが…

これは恥ずかしくて言えません。



「加奈子はいつでもいいぜ」



「…そう、けれど…」



「だいじょうぶ!!もう昔見たいにグチグチ言ったりしない。

 その代わり、あたしも全力でやるから」



「…そう。あなたも成長したのね、桐乃」



「あんたはあたしのお母さんかっつうの」



瑠璃さんもBGのことが心配だったみたい。

瑠璃さんも友達思いでBGを大切にしているから当然不安に思っちゃいますよね。







「…なら私が反対すべき理由はもうないわ」



「よし!!んじゃ全員一致ということで。

 じゃあ順番決めよっか」



「んじゃ加奈子が1番な」



「ふ、真打は最後に登場するものよ」



「あやせどうする?」



「ん〜桐乃は?」



「あたし何番でもいいよ」



今、空いてるのは2番か3番。

加奈子の後か、桐乃の後か……





加奈子はなんだかんだで京介さんと相性いいし、

桐乃も二人きりだと仲がいいって言っているし…





「んじゃ…3番、かな」



どっちも変わらないけど、皆の様子も見れるし、印象も後の方が残りやすいし。



「OK。じゃああたしが2番だね。

 デート回数は皆が納得するまでってことでいいよね」



「うん」



「ええ」



「おう」



「よし!!んじゃ恨みっこなしで…」



「あの〜」



会議が全会一致、というところで沙織さんが挙手をする。





「わたくしに発言権はないのかしら」



「へ!?いや…べつに。

 喋っていいけど。どしたの?」



「なぜわたくしにはデートの機会がないのでしょうか」



「へっ!?」



今日沙織さんを呼んだのは、話し合いがもつれたら止めてもらう安全弁としてお呼びしたのですが…

もしかして…



「皆に平等に機会を与えるならば、わたくしにもあって当然だと思いますわ」



「もしかして………沙織も?」









「…ええ、お慕いしています」







「あんのクソ兄貴が〜〜〜!!!!」



…皆そう思ったよ、桐乃。



「だって当然ではありませんか。

 あの優しさ、気配りや気遣い。

 やるときにはやる男らしさ。

 京介さんのような素晴らしい殿方は他にはおりませんわ」



「でも沙織、あんたいいところのお嬢様でしょ」



「あら?関係ありませんわ。

 たとえ京介さんと結婚するとなったとしても問題は特にありませんわ。

 姉さんなんて結婚して海外に行っているくらいですから」



「そ、んじゃ沙織は何番がいいの?」



「わたくしは4番がいいですわ。ですから瑠璃ちゃんが最後の5番目ということでよろしいですか?」



「ええ、私は構わないわ」



「じゃあもういっか、それで」





桐乃がなんか疲れてますね。



「んじゃとりあえず、順番も決まったし、当分毎週末はあいつとのデートに割り当てるから。

 恨みっこなしの真剣勝負だかんね!!」



「「「「おー!」」」」







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待ちに待った京介さんとのデート1回目!

今日はドライブの予定です。



ちなみに、デート内容はすでに全員決定済み。

2回目のデートも最後の瑠璃さんが終わった後に決めるつもりです。



こうでもしないとデートプランがかぶったり、京介さんに負担がかかりすぎるからです。



先々週の加奈子は遊園地。

先週の桐乃はショッピング。

来週の沙織さんは沙織さん宅でお家デート(一人暮らしうらやましい…)

最後の瑠璃さんはピクニック。やはり胃袋を掴む作戦でしょうか。



そうこうしている内に、家の前に京介さんの車が停車。



京介さんが乗っているのは日○のセ○ナ。

バイト代のほとんどをつぎ込んだそうです。



「よう、あやせ。待たせたな」



「いいえ、時間ぴったりですよ」



「そりゃよかった。んじゃ乗ってくれ」



「はーい」



京介さんの助手席!!



なんか京介さんの特別になれた気がします。

BGだと桐乃がいつも助手席に座りますから。





「んで、今日はドライブ行きたいってことだけど。

 どこか行きたいとことかあんの?」



「アイ・リンクタウンで夜景が見たいです!」



「夜景…まだ昼過ぎだぞ」



「そうですね、それまでどうしましょうか」



「う〜ん……

 ってかさ、その手に持ってんのって」



「これ?これはお弁当ですよ」



「手作りか!?」



「え、ええ」



「よし、んじゃとりあえず景色のいいところにでも行ってそれ食べようぜ。

 後のことはまたその後に決めようぜ」



「そうしましょうか」





「場所は…泉自然公園でいいか」



「桜、残ってますかね?」



「もう散っちゃってるかもな。けど俺はあやせの手料理が食べれるならどこだっていい。

 この車の中でもな」



「クスクス。それだと風情がないですよ。

 じゃあ公園に行きますか」



「おう」





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――――――――――



京介さんの運転している姿は何度見ても…なんというか、格好いいです。



キリッと真剣な顔をして、ハンドルを捌く京介さん。

すごく大人の男性ってかんじがします。



「……そんなジロジロ見てなに?顔になんか付いてんの?」



「ジ、ジロジロなんて見てません! ただ…」



「ただ?」



「大人だな〜と」



「大人? …確かに、俺はあやせより年上だけど、大人じゃないだろ」



「いいえ、大人ですよ。 もう二十歳も過ぎてるんですから」









「あ〜世間一般ではそうなんだろうな。

 けど、実際この年になっても何にも変わんねえよ」



「そうなんですか?」



「あやせもこの年になったら分かるよ。

 結局、男はいつまでもガキのままだってな」



そう言ってニカっと笑った京介さんの顔は、確かに少年のような純粋さがありましたが、

同時に大人としての色香も併せ持っているような…ずるいです。



けど京介さんでも子供なら、わたしなんてもっと子供になっちゃいます。



「んで、いきなり大人っぽいとかなんで思ったんだ?」



「だって、車の運転をしてるから」



「ぷっ」



「あ!笑わなくてもいいじゃないですか!」



わざとらしく頬をぷっくりさせる。





「ごめんごめん。

 けどよ、車の運転なんて誰だってできるぜ?」



「そうですけど、周りにはそういう人がいませんから」



「まあそうだな。

 けどあやせも今年で18だから免許とれんじゃん。

 とるのか?」



「まだ考えてません。受験もありますから」



「まあそうだよな。

 でも受験終わって春休みにでもとればいいよ」



「そうですね。考えておきます」



と言うのは嘘。本当は免許なんてとるつもりありません。



だって、免許をとっちゃうと京介さんが乗せてくれなくなるかもしれません。



わたしには京介さんがいるから免許なんて不要なんです。







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「よし、着いたぞ」



「運転ごくろうさまです」



「どういたしまして。

 そのバスケットくれ。俺が持つよ」



「あ、ありがとうございます」



こうやってさりげなく気を遣ってくださるのが大人の男性って感じ。

同い年だとここまで気が付きませんから。

それとも、これは京介さん自身の人間性なんでしょうか。



「ところで京介さん。シートとかってあるんですか?」



「ああ、この前の花見で使った道具は一式乗ったままだし」



「じゃあ二人だからシートだけでいいですよね。これは私が持ちますね」



「ああ、頼んだ」





桜のある南のほうまでずんずん進んでいくと…





「あちゃ〜やっぱり大分葉桜になっちまってるな」



「けど、ちょっとは桜が残ってますよ」



「そうだな。んじゃ…あそこの陰に入るか」



「はい」





京介さんと二人っきりで桜を見たかったのですが…

残念です。

でも葉桜の間にポツポツとピンクが映えているのも、またこれはこれで可愛いです。



「俺、お腹減ってんだけどあやせは?」



「わたしもです。お昼食べてませんから」



「じゃあさっそく食べるか」



「はい、そうしましょうか」





緊張の一瞬です。バスケットの蓋を開ける!



「お?サンドイッチか」



「はい…」



「てっきりあやせみたいな黒髪美少女は和風かと思ったけど」



「びっ!美少女って」



「ん?美少女だろ、お前って。モデルやってるくらいだし」



「知りませんよ!」



全く!京介さんはすぐにそういうことを言うんだから!

言われる方の立場にもなってください!



そりゃ、京介さんから美少女とか言われるのが嫌かと聞かれると、やぶさかではないと申しましょうかなんというか



「サンドイッチにフライドポテト、ミニハンバーグまであんのか。

他には唐揚げにフルーツ。

 全部うまそうだな。食べていいか?」



「ど、どうぞ!!」





京介さんは生ハムとレタスのサンドイッチをつまむと、ひょいっと口に入れた。



「ど、どうですか?」



「もぐもぐ…うん、めちゃくちゃうまいな。

 生ハムの塩っけがいい感じだ」



ほっ。とりあえずは一安心ですね。



「他にも卵サンド、カツサンド、あとは鶏肉にレモンを振ったものとかもありますから」



「おお、色々あんな。作ってきてくれてさんきゅーな。あやせ」



「いえいえ」



京介さんは手を止めず、わたしが作ったサンドイッチを勢いよく食べていく。



作ってきてよかった…!



なんか、見てるだけでわたしまでお腹が一杯になっちゃいそう、もしかすると胸が、かもしれない。





「もぐもぐ…ところでさ」



「はい?」



「なんで唐揚げ?」



「え゛?」



「だって、こいつ以外全部洋食じゃん」



「そ、それは…

 サンドイッチに使った鶏肉が中途半端に余ったからです!!!」



「うお、大声出さなくても…

 そっか、俺唐揚げ好きだから嬉しいけど」



この前、花見のときに言ってましたもんね。



というかこの2年間、京介さんばかり見ていたせいで彼の趣味趣向は大体把握してますけどね。



その後も、京介さんは食べる手を休めず次々とわたしの料理を食べてくれた。





「ふう…ごっそさん、あやせ。めちゃくちゃうまかったよ」



「そうですか。それはよかったです」



「けどいいのか?俺ばっかり食べてた気がするけど」



「い、いいんです。わたしダイエット中ですから」



「ダイエット?おいおい、それ以上痩せてどうすんだよ。

 あやせは今のままで十分魅力的だろ」



「そ、そうですか…

 けど、わたしもちゃんと食べましたよ?お腹いっぱいです」



「そっか…んじゃこの後どうすっかな」



ん〜どうしましょうか。



今はやっと3時前。夜景にはまだまだ早いですけど…って





「京介さん、なんだか眠そうですね」



「ぉお?そうか? お腹膨れて眠くなったのかもな」



「もしかして…疲れてるんですか?」



「いいや、そんなことはないけど」



「よし、じゃあ京介さん。

 ちょっと休憩しましょうか。そのまま昼寝してしまっても構いませんよ」



「昼寝はともかく、休憩には大賛成だな。日陰で風が涼しくて気持ちいいしな」



そういって京介さんはシートの上にごろりと寝ころぶ。



その拍子にわたしとの距離が少し近くなりました。

ドキドキします…!





「あ、そうだ。あやせ」



「なんですか?」



「今日の服、かわいいな。

 ロングスカートとか、あやせみたいな美少女にはぴったりだと思うぞ」



「な、なんですか突然!」



「いや、会ったとき言おうと思ったんだけど、運転してる最中に忘れちまって」



「そ、そうでしたか。ありがとうございます」



これも桐乃の教育の賜物なんでしょうか。

女性のファッションに目を配ってるってはポイント高いですね。



桐乃と言えば…





「京介さん、先週は桐乃とお買い物に行ったんですよね」



「おお、よく知ってんな」



「友達ですから。それで桐乃は何を買ったんですか?」



「桐乃の物は何も買わなかったよ」



「へ?じゃあ何も買わずに終わったんですか?」



「いや?買ったのはこれ」



そう言って京介さんは今日着て来たシャツとパンツを順番に指す。



「京介さんの服を買ったんですか」



「おお、桐乃からのプレゼントだ」



え!?

桐乃がプレゼント!?

なんで孫からのプレゼントを喜ぶお祖父ちゃんみたいな笑顔なんですか!!





「やっぱりあいつ、センスあるよな。

 シャツとかあんま着なかったけど、これだと俺もパリッとしてるように見えるもんな」



うぅ、二人だと仲良しというのはあながち嘘じゃないのかも知れませんね。

しかもプレゼントで、京介さんも気に入りってる様子。



…でも、女性とのデートに妹からのプレゼントを着てくるというのはどうなんでしょう。



デートと思われてないんでしょうか。

それだとへこんじゃいます…



なるほど、桐乃はそれなりにうまくやったみたいですね。





「先々週は加奈子と遊園地でしたっけ」



「おう」



「どうでしたか?」



「楽しかったよ」



「そ、そうですか」



う〜!!加奈子もちゃっかり成功させてる〜!!



…友達の失敗を願うなんて、わたし嫌な女ですね…



「あいつテンション高いし、遊園地とかにはもってこいだよな。

 アトラクション待つのも苦じゃなかったぜ」



皆はそれぞれ成功させてるんだ!

私も頑張らなくちゃ!





それはそうと、気になってることが一つ。



「京介さん、就職はどうするかもう決まってるんですか」



「いや、でも大体はもう決めてあるぞ」



「…お聞きしてもよろしいですか」



「別にいいぞ。俺は一応、教師になろうと思う」



「教師…ですか」



「おう、小学校のな」



言われて、なんとなくストンと納得できました。

容易に想像ができますね。

走り回る生徒、笑顔で子供の相手をする京介さん、笑顔の中心にいる彼…



「そうですか、お似合いだと思いますよ。とっても」



「そうか。そういうあやせはどうするんだ?そろそろ進路決めてんだろ?」



「それが…まだ…」



「そっか。まあそんな難しく考えなくていいと思うぞ」



「そうなんですか?」



「おう。俺も教師になろうと思ったのは最近だしな。

 一応、教職課程は取ってたけど別に教師になりたくて大学決めたわけじゃねえし。

 それに、文系進んでも研究職に進む奴もいれば、理数系でも普通に営業とかに就職する奴もいる。

 法学部は皆がみんな弁護士にはならないし、経営学部も皆が経営者になるわけじゃねえ。

 つまり、なにが言いたいかっつうと」



そこで京介さんは一つ伸びをして





「大学は可能性を広めるところなんだよ。

 確かにネームバリューの有無で就活に影響するかも知んねえけど、

 それだけじゃ決まんねえよ。

 要は4年間でやりたいことを見つけて、そのために努力する。

 それが大学って場所だと思う。

 だからあやせもそんなに難しく考えなくてもいいと思うぞ」



本当に、彼はなんでもないかのように軽く言う。



けれど、今のわたしには全然分からない。

大学、学部、やりたいこと、やるべきこと、自分の適正、就職…



全てが漠然としていて明確なビジョンが持てない。



「まあランク上の大学に行きゃあいいよ。学部も後から変更できるし人生それで決まったりしねえよ」



なんともドライな回答ですね。





でも確かに、わたしはもっと具体的な職業を念頭に大学を選ぶべきだと思っていました。



けどその道の専門知識もないまま、具体的な職業を選択するってのも難しいですよね。



もっと漠然としていていいのかもしれません。



「なんとなく、心のつっかえがとれました。ありがとうございます」



「いいよ、別に。何てったって俺は人生の先輩だしな」



「クスクス…ありがとうございます。先輩」



「おう」



彼には本当にお世話になりっぱなしです。

わたしの受け取った何分の一かでも返せればいいな。



お返し、今できることと言えば



「京介さん」



「ん?」



「膝枕しましょうか?頭、痛いでしょ」



「い、いや!いいよ!」



「遠慮しなくてもいいですよ。わたし、スカートで寝っころがれないですし」



「でも」



もう、こういうときはヘタレなんですから。

いつもは可愛いとか綺麗とか言って攻めてくるくせに。







わたしは京介さんの頭をそっと持ち上げて、無理矢理膝枕をする。



「お、おい!」



「いいじゃないですか、それともいやでしたか?」



「嫌じゃねえけど」



「ならいいじゃないですか」



「……あやせも変わったな」



「そうですか?」



「昔だったらあやせの膝と俺の頭の位置が逆だったかもしれん」



それは、京介さんの頭の上でわたしが正座するということですか?



さすがにそれはしませんが、確かに昔のわたしなら膝枕なんてしなかったでしょう。



「わたしも成長しているんですよ」





今のわたしは気付いてる。

あれだけ彼に攻撃的だったのは好きだったから、照れていたから。

けど、あんなことしても何の意味もなかった。

むしろ、彼に嫌われるだけだ。



だからわたしはああいうことをやめた。

彼に好かれるために。



彼を見下ろすと、目がしょぼしょぼして今にも閉じそう…あ、閉じた。



寝ちゃったのかな?



勉強にバイトにサークル。それにBGだってある。

疲れてたのかも知れませんね。



わたしは彼の黒髪を優しくなでる。

彼の髪はさらさらで、触れているわたしの手も幸せだ。



彼の髪、彼の寝顔、彼の体温、彼の重み…



今は全て、わたしが独占している。



なんて幸せなんだろう。



このまま時間が止まればいいのに。



いや、だめだ。



そうしたら、わたしは彼の友達のままだ。



時間を止めちゃだめだ。



わたしは進めたい。彼女になるために。







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「うお!?」



彼がいきなり起き上がる。



「……もう夕方じゃねえか」



そう、日はもう沈みかけている。



まだ4月ということもあって日の入りも早い。



「すまん、あやせ。爆睡しちまって。

 しんどかったか?」



「いえ、大丈夫ですよ」



「本当にすまん!」



「いえ、京介さんの寝顔も見れたしいいですよ」



「寝顔って。よだれとか垂れてねえよな」



「くすくす、大丈夫ですよ」



「そっか。んじゃいい感じに暗くなってきたし、夜景見に行くか」



「はい!!」







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「すごーい!」



わたし達は今、ザタワーズウエストのエレベーターに乗って、45階まで登っているんですが…



またエレベーターがシースルーで、徐々に視界が開けてきて夜景が目に飛び込んできます!

すごい!



でも、高所恐怖症の人は死ねますね、これ。



エレベーターが45階で止まり、展望ロビーへ。



きれーい!!!

障害物がないから、夜景が遠くまで一望できます!!



「おいおい、あやせ。落ち着けよ」



「だって京介さん、こんなにきれいなんですよ?ほら、はやく行きましょう」



そう言って彼の腕をとる。



「あ、おい。別に夜景は逃げねえよ」



「逃げないですけど早く見たいです」



腕を組んだまま窓際へ。





「ほら、きれいでしょ」



「ああ、こりゃすげえ」



「京介さん、もっときれいな夜景、みたくないですか?」



「なに、これ以上綺麗になんの?」



「展望デッキに上がりましょう」



「デッキ?」



「ええ、そうです」



彼の腕を引き、階段を上って展望デッキに上がる。



「うお、すげえ。吹きさらしじゃん」



「ええ、この季節だと寒くないですね」



「風はすごいけどな」



「その代わり、ロビーみたいに照明がないから夜景がはっきり見えます」



「本当だ」





二人並んで夜景に見入る。

遠くの方まで灯りが続いており、まるで光の海のようだ。



「京介さん、ここはデッキだからぐるっと回れますよ。

 行ってみましょう!」



「はいはい」



苦笑気味に笑う彼。



今、わたし達は南東の方を見ていて、東京湾(かな?)が見えてます。



そこからぐるっと時計周りへ。

南西の方には江戸川が。

それにスカイツリーも見えます。水色に光っていて幻想的です…



西にはサンシャイン60があり、ぐるっと北側、東側も見ていきます。



「京介さん」



「ん?」



「もう1度スカイツリーの方を見に行ってもいいですか?」



「ああ、何度だっていいぞ」



彼の承諾を得て再度南西の方へ。





どれだけ見ていても飽きません。



でも不思議。

これだけの灯りがあるということはそれだけ人がいると言うこと。



普段、気づかないけれどこれだけの人が仕事をし、家庭を持ち、生活をしている。

そう考えるとわたし個人がすごくちっぽけで、脆弱な存在にも感じ……



「あやせ、体冷えてないか?」



「あ、そうですね。少し風に当たり過ぎて冷えてしまいました」



「下に喫茶コーナーがあったから、温かいもの飲みならが見ようぜ」



「そうしましょうか。それにしても冷えてきたなんてよく分かりましたね」



「だってあやせの体が震えてるぞ」



「あっ!!!」



エレベーターから出てずっと腕を組んだままでした…

恥ずかしい…



けど、京介さんと腕を組んで夜景を見れるなんてとても幸せでした。







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「今日は本当にありがとうございました」



帰りの車中で彼に今日1日の感謝をする。



「ああ、俺の方こそ。

 綺麗な夜景が見れてよかったよ」



「すごかったですよね」



「ああ、あんな夜景見たの初めてだ」



「わたしもです」



彼と私が初めてを共有する。それはとても素敵なことのように感じる。



今日1日でわたしは彼に近づけたのだろうか。



わたしの手料理を食べてもらった。

彼の将来の進路を聞いた。

膝枕をしてあげた。

腕を組んで夜景を二人で見た。



どれもこれも嬉しい出来事ばかり。

けれど、それで満足してはいけないと心のどこかで焦ってしまう。





「ほい、着いたぞ」



「え?」



ふと外に目を移すと、確かにわたしの家の前に車が止まっていた。



今日のデートはこれでおしまいだ。



「今日1日ありがとな」



「いいえ、それを言うならわたしの方です」



「じゃあ、またな」



「…はい」



助手席のドアを開け、足を車外に出し、上半身だけ彼の方に向け、こちらを見ている彼の唇にキスをする…





なんてこと、できないですよね。



わたしは何もせずに車外に出る。



「では、お気をつけて帰ってください」



「おう、じゃあな」



そう言って彼の車が発進する。



別に焦らなくていいよね?

まだデートは1回目。次もあるんだから。







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「んで、1順したんだけど」



今日もBG(−京介さん)のメンツでわたしの家に集合中。



「どうだった?」



桐乃の問いかけに対し



「へ、加奈子は大成功かな〜。あいつ、ぜってぇ加奈子に惚れたね」



自信満々に答える加奈子。



「ふ、彼の魂も胃袋ももはや私が掴んだわ」



胃袋はさておき魂を掴むと言うのは黒魔術的ですね。



「わたくしは大満足ですわ」



沙織さんは確か、京介さんとお家デート。もしかして、いくところまでいって…!!?



「ゲームにコスプレにプラモに…目一杯わたくしの趣味にお付き合いいただきましたわ」

いくわけないですね。





「そういう桐乃だってよかったんじゃない?桐乃が買ってあげた服、京介さん気に入ってたよ?」



「へへーん、当然じゃん」



桐乃も嬉しそうだ。



「んで、1順終わったけどどうする?

 終わり?もう1順する?」



「私は再度デートする機会がほしいわね」



「わたくしもですわ」



「加奈子も〜」



「わたしも…もうちょっとチャンスがほしいかな」



「おっけ〜。んじゃ全員一致でもう1回ということで。

 順番は前と一緒でいいよね?」



「ええ」

「はいですわ」

「おぉ」

「うん」



「んじゃ第2ラウンド、開始!」





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2週目も前回同様、すでに全員の行先きが決まってます。



加奈子は鴨川シーワールド。



桐乃は温泉(混浴は禁止)。



沙織さんは本宅の方で豪華AVルームでゲームをしたり、温水プールで遊んだりした後、高級ディナーに連れてくそうです。

完璧、物量作戦に出ましたね。



瑠璃さんは自分の書いた小説を読んでいただくとか。

これだと作家と担当のようですが、なにか2人だけの秘密でもあるんでしょうか。



あ、ちなみにディ○ニーは全員使用不可となってます。

あんな夢の国を使うのは卑怯ですし、使えるなら皆行っちゃいますから。



そして、わたしはと言うと



「お、こいつ人懐っこいな」



「本当ですね。頭摺り寄せてきて可愛いですね」



今は猫カフェにいます。

今日は目的も決めず、街中デート。

さっきまで映画を見ていたので、休憩がてら猫カフェでお茶です。





「舌ザラザラだな」



「京介さんは猫派ですか?」



「どっちかっつーと犬だな。けど、今は猫派に寝返りそうな勢いだ」



「あはは、かわいいですよね」



「ああ、連れて帰りてぇくらいだ」



「京介さんの家はペットは飼ったことないんですか?」



「ねえな。

 昔、親父が犬を飼おうとしたけどお袋が『ダメ』で一蹴してから、我が家ではペットは飼えんことになった。

 あやせも飼ってないよな」



「はい。わたし一人っ子だから本当は猫を飼いたいんですけど…

 お父さんもお母さんも仕事で家を空けることが多いので…」





「駄目ってわけか」



「はい…」



「んじゃ今日は、その分こいつらを可愛がってくか」



「はい!」



レンタルした猫じゃらしをヒョイ、ヒョイと左右に振ると猫ちゃんが反応する。

か、かわいい〜!!



「それより、さっきの映画どうだった?」



京介さんは胡坐をかいた太ももの上にいる猫をなでながら聞いてきた。



「よかったと思います。

 ハリウッドみたいにドカーン!ドーン!

 じゃなくて、ちゃんと二人の感情の動きが表現されていて」



「そうか。けど、恋愛映画ってのはどうも苦手だ」



「そうでしたか……それは、すいませんでした」



「あ!いやいや、そういうわけじゃなくて…

 なんつうか、あやせみたいな年下の女の子と見るのは小っ恥ずかしいんだよ」



「そうなんですか?」





「ああ。

 けど今日の映画はよかったと思うぜ。

 最後はバッドエンドでちょっと鬱だけどさ」



「まあ恋愛すべてがハッピーエンドなわけじゃないですし」



「まあな」



わたしの恋愛はハッピーエンドになるんでしょうか…



「ところで京介さん、やたらと猫に好かれてますね」



「おう、なんでだろうな」



今や京介さんには、膝の上に2匹、肩のうえに1匹、抱っこしているのが1匹で

計4匹の猫ちゃんたちがじゃれついている。



「京介さんの優しい雰囲気を察知したのかもしれませんね」



「そんなんじゃなくてマタタビの匂いがするとか?」





「フフ、しませんよ。

 どうです?猫ちゃん達に癒されましたか?」



「おう、癒されてるぜ」



「最近お疲れのようですから」



そう、今日は映画の他に猫カフェも行こうと考えていた。

それは、京介さんが毎週のデートに疲れているかもと心配していたからだが。



「別に疲れてはねえけどよ。

 最近なんか毎週、誰かしらと遊びに行ってんだよな」



「…そ、そうだったんですか」



勿論、女性陣で順番にデートをすることを決めたのは京介さんには内緒です。

それを言っちゃえば、なんでデートしてるのか理由を言わなければならないわけで。

そうなると、皆が京介さんを好いていることがばれてしまいます。



「そういや先週は桐乃と温泉に出かけたんだけど」



「そ、そうですか」





「そういや先週は桐乃と温泉に出かけたんだけど」



「そ、そうですか」



「前の夜景を見に行った時も、前の週は桐乃と出かけてたな。

 ってか2回連続で加奈子、桐乃、あやせって順番だな」



「偶然じゃないですかね」



「すごい偶然だな」



「本当ですね!」



やばい。このままいけばバレてしまいそうです。

次の周からは順番を変えた方がいいかもしれませんね。



「それより」



とりあえず、今日は話題を変えて逃げ切りましょう。



「先週の温泉はどうでしたか?」



「おう、気持ち良かったぞ。

 温泉めぐりで何個か入ったけど、露天風呂とかも入れたし、リフレッシュしたって感じだ」



「そうですか」



もしかして、桐乃も京介さんの体調に気遣った結果、温泉に行ったのかも知れませんね。





「桐乃と混浴なんてしてませんよね?」



「するか!!妹と混浴とかやばいわ!!」



「京介さんには前科がありますから」



「うっ… けど入ってねえよ」



「そうですか。それならいいんです」



桐乃は約束を守ったようですね。



ここまで足を踏み入れたんだから、突っ込んだ話もしてみようかな。

桐乃のこと、どう思ってるのか。



「それよりさ、この後どうする?」



「この後、ですか。

 京介さんは何かしたいことありますか?」



「ん〜特にないかな」



「じゃあウインドウショッピングでいいですか?」



「ああ、いいぞ。荷物持ちはまかせろ」



「クスクス。はい、頼りにしてますよ」



あーあ逃げられた。

あんなあからさまな逃げ方されたら、疑っちゃいます。







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「京介さん、これはどうですか?」



「おう、似合うと思うぞ」



「本当ですか?」



「ああ、やっぱりあやせはモデルだな。何着ても似合ってるぜ」



今はわたしの服を見て回ってる最中。



できるだけ京介さん好みのわたしになりたいんですが…

京介さんは何を着ても

「可愛い」

「似合ってる」

「いいと思う」

とか、肯定的な返事しかしてくれなくて…



どれが一番いいのかはっきりしない。





「そうだ、京介さん」



「ん?」



「京介さんが一番いいと思う服を選んでくれませんか?」



「え゛?…俺が?」



「はい」



「俺、服のセンスとかねえぞ」



「そういうのは期待していませんから大丈夫です。

 とりあえず、京介さんに好きな服を選んでもらいたいんです」



「そ、そっか… わかった」



そういって、京介さんは百貨店の中をこっちにウロチョロ、あっちにウロチョロ…





「京介さん、外から眺めてるだけじゃ見れませんよ」



「けどよ〜、男の俺が服見てたら変じゃねえか?」



「別にそうは思いませんが…

 男の人が一人で見てたらちょっと変ですけど、今日はわたしがいるから大丈夫ですよ」



「そっか…よっし、よっし!」



気合を入れて京介さんが入っていく。その後を私もついていく。



真剣に彼が服を探してくれている。

それだけで十分うれしい。



「京介さんはどういう服装の女性が好きなんですか?」



「俺か? うーん…今まで考えたことないけど…」



彼は服を探す手を休めずに



「とりあえず、ケバいのとか変なのはナシ」





「変なの?」



「原宿歩いてるような変であることがアイデンティティーになっちゃってるようなやつ」



「あー」



確かに。

ファッションは自分らしさを出してもいいけど、変であることが目的になっちゃってる人もいますもんね。



「あとは…やたら露出してるのも嫌だな…

 まあ、俺にはファッションなんて分かんねえけどよ。似合うのが何より大事だと思うんだ」



「そうですね」





「その点、あやせは黒髪でスラっとしてるからお嬢様みたいなのかがいいと思う…

 というか見てみたいな。

 いや、かっこいいジャケットとパンツスタイルとかも捨てがたい…」



「ふふ、どっちなんですか」



「迷うなぁ…よし!今回はお嬢様っぽくいくぜ」



「そうですか。ではとびっきり可愛くしてくださいね」



その後も京介さんはあっちこっちいって、わたしの顔を見ては商品を戻すと言った作業を繰り返し…



「お、…これなんかどうだ?」





そういって差し出されたのは白色のワンピース。

柄とかはないし、シンプルだけどそれだけに大人っぽい。

それにテールカットになっていてすごく上品な印象を与える。



「いいですね。じゃあこれ試着してみますね」



「え!?試着すんの?」



「試着せずに買うのは怖いので」



「え!?買うの?」



「じゃあ何のために京介さんは探してたんですか。じゃあちょっと待ってて下さいね」



「あ、ああ」



戸惑う彼を残して試着室へ。



すいません。晩御飯食べてきます。



見ている人がいたら申し訳ない。



参考画像の服着てるあやせでも妄想して待っててください

レディースフロアで男一人で待っているのは気まずいでしょうから、さっさと着替えて…



よし。

うぅ、見せるの緊張するなあ…



よし!気合を入れて



「どうですか」



「…」



「京介さん?」



「あやせ」



「はい?」



「結婚しよう」



「ええ!!!?」



「あ、すまん。あまりに綺麗で色々間違えた」





ふぅ。まだドキドキしています…

久しぶりに言われました…結婚しようって。



「いや、すまん。

 でもその服、似合ってると思うぞ」



「そうですか…じゃあこれ、買いますね」



「え?」



「じゃあちょっと待っててくださいね」



またまた戸惑う彼を残して再度試着室に入って着替え直し、試着していた服を購入。



「それで京介さん」



「ん?」



「さっきのワンピースに合わせるものがほしいんですが」



「…また俺が選ぶの?」



「はい。お願いします」



京介さんが再び女性服フロアをウロウロして探し出したのは…



「このカーディガンなんてどうだ?」



つhttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org4443710.jpg.html





京介さんが見つけ出してきたのはグレーのカーディガン。

お尻まで隠れるゆったりとしたスタイルで、派手じゃない程度にラメも入ってる。

バックリボンが付いてるのも可愛いですね。



わたしはそれを羽織り、さきほど購入したワンピースを袋から出して彼に見せる。



「どうですか?」



「うん、そのワンピースにもあやせにも合うと思うぜ」



「そうですか。じゃあこれも買いますね」



レジでお会計をして京介さんの下へ。

これで京介さん好みのわたしが完成しました。





彼の元へ戻ると一仕事やり終えたような顔をしていた。



「その服を着てるあやせ、楽しみにしてるぜ」



「はい、楽しみにしててくださいね。

 じゃあわたしの買い物は終わりです。次は京介さんの服を見たいと思います」



「え…俺の?」



「はい、プレゼントします」



「いや、誕生日でもねえしいいよ」



「でも、京介さんにわたしが選んだ服を着てほしいんです」



「そっか。じゃあ普通に選んでくれ。それを買うから。

 大学生だし服はいくらあっても困らないからな」



「でも」



「あやせも俺が選んだの自分で買ってんじゃん。

 だからプレゼントじゃなくて選ぶだけでいいよ」



「そうですか…」





この前、桐乃がプレゼントした服を彼が喜んで着ていたから、わたしもそうしたいと思ったのですが…

残念ですね。



「じゃあわたしが京介さんに似合う服を探します。

 何を探しましょうか」



「ジャケットは持ってっし…中に着るトップスとパンツを選んでくれ」



「わかりました」



今日、彼が着ているジャケットは黒。

それに合わせるものを探してウロウロ……



「あ、これなんてどうですか?」



「綺麗な青だな」



「ターコイズですね」



わたしが京介さんに見せたのはターコイズのTシャツ。





「んで、下はどうすんだ?」



「下はオフホワイトのパンツにしようかと思ってます」



「そっか」



「ではとりあえずこのTシャツを覚えて、下のパンツがあるか見に行きましょうか」



「おう、そうすっか」



その後、オフホワイトのパンツを探して何店舗か巡り、5店舗目でお目当てのパンツを見つけた。



「これなんてどうですか?細見のストレートで肢がきれいに見えますよ」



「これとさっきのTシャツ…あやせはどう思う?」



「京介さんに合うと思いますよ?ターコイズと白でさわやかですし、

 差色としてターコイズもいいかと」



「よし、んじゃとりあえずこのパンツ試着してみるわ」



「はい」





わたしが選んだパンツを持って京介さんが試着室へ…

「どうだ?」



早っ!

男性ってなんでこんなに速いんでしょうか。



「ええ、サイズも合ってますし、似合ってますよ」



「そうか」



彼は何度か鏡で確認し…



「んじゃこれにするわ。ちょっと待っててくれ」



そういって試着室へ…



1分もかからず元の姿に。



先ほど試着したパンツを買い、さっき見たターコイズのTシャツも購入。





「京介さん、今日買った服は次のデートで着てきてくださいね」



「ああ、あやせもな」



わたしは京介さんが選んでくれた服を

京介さんはわたしが選んだ服を



それぞれ着てくる。



想像しただけで次のデートが楽しみです。







―――――――――――――――

――――――――――



2週目のデートも終わり、満場一致で3週目も実行。



気が付くと今はもう7月中旬になっており、最後の瑠璃さんが終わって恒例の会議が開かれた。



「んで3週終わったけどどうすんの?

 これから夏休みに入るからもっとテンポよくデートできるようになるけど」



「いえ、私は十分よ」

瑠璃さんは3回のデートで手応えがあったのでしょうか。



「加奈子ももういいかな〜」



「わたくしも。このままだとこれだけで満足してしまいそうですから」



「あやせは?」



わたしは…どうなんでしょう。





正直あんまり自信はない。



けど、かといってこれ以上デートを重ねたからと言って成功率が高くなるとは思えない。



逆に、仮に今告白に成功したら夏休みは京介さんと満喫することができる。

それを考えると…



「わたしも、もう大丈夫。桐乃は?」



「あたしもOKだよ」



そっか。皆、京介さんの夏休みを独占したいって考えもあるのかも。



「んでどうしよっか」



「めんどくさいから皆でイッセイに告ればいいじゃんよぉ」



「莫迦ね、加奈子。そんなことしたらあのヘタレは全員振って逃げに徹するわよ」



その可能性はありそうだ。





「では、デートの時のように順番に告白して、最後にお返事をいただくというのがよろしいのでしょうか?」



「そうね。私はそれがいいと思うわ。それなら告白の順番も関係ないし」



「わたしもその方法が無難だと思います」



「あたしもそれで良いかな。加奈子は?」



「それでいいぜ〜」



「よし、んじゃ沙織の言う通り、皆が別々に告って返事は最後に出してもらうってのでいこうか。

 肝心の順番は?」



「加奈子が一番もらうぜ〜」



「ふ、真打は最後と相場が決まっているのよ」

なんででしょう。前と同じ台詞なはずなのに、今回は怖気付いたようにしか聞こえません。



「わたくしは何番でも大丈夫ですわ」



「あたしは…後の方がいいかな」

そっか。桐乃の場合、家が一緒だから保留期間が長いと気まずいもんね。





「じゃあどうしましょう沙織さん。2番と3番が空いてますけど」



「わたくしはどちらでも構いませんわ」



わたしも順番はどっちでもいいんだけれど…



「じゃあじゃんけんで決めましょうか、勝った方が先と言うことで」



「分かりましたわ。では」



「「じゃーんけーん」」



「ポイ」 チョキ



「ポイ!」 グー



「あら、勝ってしまいましたわ」



「では沙織さん。お先にどうぞ」



「ええ、分かりましたわ」





「よし。んじゃ順番は加奈子、沙織、あやせ、あたし、黒猫でいいね?」



「ええ」「うん」「おう」「はいですわ」



「じゃあこれで結果がでるけど…恨みっこなしだかんね」



「当然でしょう」

瑠璃さんの返事に皆が首肯する。



「わたし達BGは永遠に不滅よ!!」



「どこのジャイアンツ軍よ」



「じゃあ皆頑張っていこう!!」



「お〜!」







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明日はわたしが告白をする日。



今日は沙織さんが、昨日は加奈子が告白をしているはず。

二人はどうだったんだろう。うまくいったんだろうか。



告白をするって言ってもなんて言えばいいんだろう。

なんて言えば、わたしの気持ちがちゃんと伝わるんだろうか。



眠れない。

色々なことが頭に浮かんでは、泡のように消えていく。



今まで彼と過ごした時間。

これから過ごすであろう時間。

言うべき言葉、気持ち。



わたしの眠れない夜は更けていく…







―――――――――――――――

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「今度はあやせか」



「…はい」



京介さんの顔がどこか固い。

わたしが告白すると気付いているんでしょうか。

加奈子か沙織さんが言ったのでしょうか。



わたしが彼を呼び出した場所は例の公園。

時刻は夜9時。



なぜ、私はこの場所にしたのでしょうか。

特別、思い出がたくさんあるというわけでもない。

もっとロマンチックな場所だってあったはず。

けれど、私は迷わずこの場所を選んだ。

そう、いつもわたしが「相談」をしていた公園に。





…そうか。わたしは「相談」という名のお願いをいつもここで彼にしていた。

だからかもしれない。



今回の告白も言わば「お願い」だ。



わたしの想いに応えてくれますように。

わたしの恋人になってくれますように…って。



いつもここで、わたしの無茶苦茶なお願いを叶えてくれた彼。

今回も、そうなってほしいと思って私はここを選んだのかもしれない。



京介さんを見ると、2回目のデートで私が選んだ服を着てくれていた。

特別な意味はないかもしれない。

けれど、それだけで泣きたくなるほどうれしかった。





もちろん、私も彼が選んでくれたワンピースを身に付けている。

少しでも、彼に好かれるように。

少しでも、告白が成功するように。





「この公園、懐かしいな」



「…ええ」



京介さんが懐かしむように公園をぐるっと見回す。



「俺はここで『妹が、大ッッ…好きだぁぁぁぁぁぁぁーっ!』って言って、近親相姦上等の変態鬼畜野郎になったんだよな」





彼が軽口をたたく。



わたしが話し出すのを待っているのかもしれない。



そんな些細な彼の優しさにも嬉しくて胸が震える。



「京介さん。わたし、今年で18歳になります」



何を言おうか、結局昨日の夜には決められなかった。

けど、自然と言葉が出てきた。





「ああ、そうだな」



「昔の…わたしが告白したときの京介さんと同じ年になりました」



「…ああ」



「京介さんは多分…当時、こんな景色が見えていたんですね。

 今なら分かります。中3の小娘に告白されたところで困るんだろうなってことが」





「別に、困ったりしなかったぞ。嬉しかった」



「そうですか。けど、わたしは当時『お兄さん』って呼んでましたよね」



「ああ、そうだったな」



そう。わたしは彼を「お兄さん」と呼んでいた。



「桐乃のお兄さん」。





なんてひどい話なんだろう。



彼を「高坂京介」として見ず、「高坂桐乃の兄」として見ていた自分。

なんて愚かで幼かったことか。

できることなら当時のわたしを引っ叩いてしまいたい。



あるとき、瑠璃さんから聞かれた言葉。

「あなたと先輩はどういう関係なの?」―。



わたしはその時、何も言えなかった。



勿論恋人とも、友達とも…



挙句の果てに出てきた言葉が、セクハラの被害者と加害者なんて。

馬鹿過ぎて涙が出てきそう。





「京介さん、わたしは大人になれましたか?」



「ああ、とびっきりいい女に成長したよ」



「京介さん、わたし達はちゃんと友達になれたのでしょうか?」



「ああ、俺達はもう歴とした友達だぜ」



「わたしは…前に告白したときは幼かったかもしれません。

 恋心も、友達の兄に対する憧れも、年上に対する憧憬も…

 すべてがぐちゃぐちゃで区別なんてついてなかったと思います」



「…そうか」



「けれど今は違います。

 今ならはっきりと言える…」





深呼吸ひとつ…





「『高坂京介』さん。









 愛しています。

 

 わたしと付き合ってください」







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告白した日、当初の予定通り「返事は後でください」と彼に伝えてある。



今日はあれから1週間。

桐乃と瑠璃さんも告白をしてから今日で5日目。



今まで散々彼をデートに引っ張り回し、挙句の果てに怒涛の告白ラッシュ。

彼にはすごく迷惑をかけた。

だから、返事はわたし達から催促はしないと皆で約束してある。



かといってわたしが心の平穏を保っていられるかは別問題。



高校生最後の夏休みにもかかわらず、彼にも会えず、BGでも遊べず、勉強も上の空。



何らかの形で結果が早く欲しい。

そうしたらBGでまた仲良く遊ぶことだってできるし、仮に振られたとしてもこの悔しさをバネにして勉強を頑張ることができる。





振られたら…



勿論、想像していなかったわけではない。

一度、京介さんのハートを射止めた瑠璃さんや桐乃がいる。

沙織さんだって息を飲むほどの美女で、性格もよくて彼からの信頼を得ている。



客観的に考えるとわたしが彼と付き合える確率はかなり低いだろう。



けれど、わたしは過去に1度振られた悲しみから立ち上がることができた。

今回も仮にダメだったとしても、立ち直ることはできるだろう…どれだけ時間がかかるかは分からないが。



彼に振られるかもしれないと言う恐怖と、もしかしたら付き合えるかもしれないとの昂揚感。



背反する気持ちのせいで、わたしは落ち着かない日々を過ごしている。







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次の日、京介さんから1通のメールが届いた。



『あの公園で、夜10時から会えないか?』



その時間には特に予定も入っていない。

わたしは『大丈夫です』と返信する。



それに対する彼の返事は

『じゃあ10時にな』―。



これで結果が決まる。



もう彼の中で結果は出ているんだ。

何をしても変わらないだろう。

だからわたしは極力気にせずに、普段通りの生活を送ることで気を紛らわせた。





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「すまん、待たせちまったか?」



京介さんが公園に姿を現す。



今日はわたしが選んだ服を着ていない。

わたしは着ているのに…

これは…そういうことなんでしょうか。



たったそれだけのことで心が絶望に染まってしまう。



「いいえ、わたしも今来たところですし。

 待ち合わせ時間にも間に合ってますよ」



「そっか。



 けど返事のほうは大分待たせちまったな。

 遅くなってすまなかった」



「そんな…それだけ京介さんが真剣に考えたということですから。

 わたしは気にしていません」





「そう言ってもらえると助かる。

 それで、返事なんだけど」



「は、はい」















「あやせ。俺と付き合ってくれ」





「はい…… え?」







今、付き合ってくれと?





「だから。

 俺はお前のことが好きだ。

 

 だから付き合ってほしい」





ツキアッテホシイ



月あってほしい



憑き合ってほしい





音は認識で来てるのに言葉が理解できていない。





付き合ってほしい。

彼は本当にそう言ったのか?



そう理解した瞬間、胸のあたりに暖かいものが溢れだし、きゅっと締め付けられた。



幸福感でいっぱいになる。



けれど確認せずにはいられない。



「わたしで…いいんですか」



「いいとかじゃねえよ。お前のことが好きなんだ。

 誰よりも」



「それは…他の人たちより、ということですか?」



「違う。そうじゃねえよ。俺が好きなのは、あやせ。



 お前だけだ」





は、恥ずかしい台詞をよくこんなにポンポン言えますね…



嬉しいですけど。



「けど…」



「なんだ、付き合う気はなかったのか?」



「違いますよ!けど、けれどなんか信じられなくて」



「まあ、そうかもな」





彼は頭を掻いて



「前に他の奴らと付き合ってたからな」



と苦笑い。



「ええ…よかったんですか?

 瑠璃さんや…桐乃は?」





「ああ。

 瑠璃はいい奴だよ。確かに俺はあいつのことが好きだ。

 けどそれは人として好きってことで、女として好きなわけじゃねえ。

 

 桐乃だってそうだ。

 兄貴の目から見てもあいつはいい女だけどよ。

 けどあいつは妹だ」



『妹だ』。

そう、彼は桐乃のことを妹と認識した。



これは当然と言えば当然だ。

彼も桐乃も同じ両親から生まれてきたのだから、なにをしようと兄妹であることには変わりない。



けど、昔はそうじゃなかった。





すれ違い、一切会話をしなくなった二人―

 この時点では、兄妹は「他人」になっていた。





桐乃の人生相談を通じて会話をするようになった二人―

 そのときには、兄妹は初めて会った「男と女」だった。





そして、色々な体験を通じて心を通わせ始めた二人―

 もうその時には、兄妹は「愛し合う二人」になってしまっていた。





けれど、あれから2年が経った。

その間に、彼は妹を「愛する女性」から、「愛しい妹」へと認識を改めたのかもしれない…



「そうですか。 けど、なぜわたしなんですか?

 よろしかったらお聞きしたいのですが」



「なんでって…理由なんて特にねえよ。

 気が付いてたら好きになってた。

 

 確かに、お前を初めて見たとき綺麗な子だって思ったし、

 桐乃のために一生懸命なお前を見て真面目で友達思いの優しい奴だとは思ったよ。



 それに、BGで一緒になってからはお前のいろんな面をみることができたし。



 けどそんなもんは後付けの理由だ。



 気が付いてたら好きになってた。これが俺の答えだ」

 





「そ、そうですか」





ならば、もう気にすることは何一つない。



「京介さん。









 大好きです。



 私を彼女にしてください」











「ああ。

 これからよろしくな」







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「ふわああああぁぁぁぁぁぁぁ〜〜!!!」





抱き枕をギュッと抱きしめて、ベッドをごろごろ。



やばい!幸せすぎて爆発しそうです!



わたしが京介さんの彼女!!



わたし達、付き合ってるんだ!!!!



その事実を認識するだけで、顔が赤くなり、胸が一杯になって、抑えられない衝動が湧きあがる。



その結果、わたしはごろごろ転がるという何の意味もない行動をしている。



何かしてないと内側から爆発しそう。



「そうだ!!!」



ごろごろ転がるくらいなら、もっと生産的なことをしよう。





『今、メール大丈夫ですか?』

送信っと。



すると程なくして



『ああ、大丈夫だ』キリッ



いや、別に彼は決め顔をしているわけじゃないでしょう。

けど、わたしの頭の中の彼はキリッと決め顔で、優しくわたしの頭を撫でて…



ってストップストップ!



やばい。妄想が止まらない!!



自重しなければ。



『デートのお誘いなんですが、京介さんはいつ都合がよろしいでしょうか』



生産的な行動とは、デートのお誘い。

以前もデートをしたが、あのときは単なる友達としてのデートだった。



けれど今は恋人同士!!

恋人といえばデート!





そう思ってお誘いをしたのですが



『俺は別にいつでもいいけどよ



 あやせは受験生だろ?

 大丈夫なのか?』





……一気に現実に引き戻された。



そうだ。私は受験生。

しかも今は夏休みで、この期間の頑張りで結果が決まると言っても過言じゃないくらい大切な時期。



けれどそんなの関係ない!!



今まで勉強を頑張って来たんだし、ちょっとくらいデートしてても大丈夫なくらいには成績を維持している。



それに、デートを我慢して勉強しろって言われても、全然集中できません。





だからわたしは



『勉強の方なら大丈夫です。だからデートしましょう』



と返信した。



すると、彼からは



『わかった。じゃあデートしようぜ。俺はいつでもいいぜ』



との色よい返事が。





善は急げです。



『明日でも大丈夫ですか?』



と聞くと、



『大丈夫だ。けど、明日なにしようか』

とのこと。



ん〜初めての彼とのデート…

やりたいことはいっぱいあるんだけれど、まずは……そうですね。







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「うお!?すげえ、女の水着ってこうなってんのか…

 そりゃ胸が大きく見えるわ…

 ここまでくりゃ詐欺だろ、これ」





「ちょっと京介さん。それは詐欺ではなくて努力です。

 それに、水着のパッドばかり気にしてないでわたしに似合う水着を選んでくださいよ」





「あ、ああ。そうだったな。 すまん」





そう、今はこの夏に着る水着を買いに来ています。

もちろん水着は持っているのですが、せっかく彼氏が出来たんだから彼氏好みの水着が欲しいので。



「それで、わたしにはどんな水着を選んでくれるんですか?」





「……ワンピースの。

 これとかどうだ?」



つhttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org4444061.jpg.html





「ワンピース、ですか?

 それも確かにかわいいですけど、ワンピースって子供っぽくないですか?」



「……他の奴にあやせの肌は見せん」



ふ、ふわああああぁぁぁぁぁぁぁ〜〜!!!



まったく!まったくもう!!



この人はわたしを悶え死にさせるつもりなんでしょうか!!



…これって、嫉妬とか独占欲ってことですよね?

それってすごいうれしい!





「ですが、高校生がワンピースというのはちょっと」



「嫌か?」



「はい…

 他の人に見せたくないなら上からパーカーなりを着ればいいじゃないですか」



「そっか。じゃあビキニタイプで探せばいいか?」



「はい。よろしくお願いします」



「おう」



そう言って彼はビキニタイプが置いてある方へ。

商品を手にとっては戻し、手に取っては戻し…



「お?これなんて上もセットでいいんじゃないか?」



そう言って彼が差し出したのは



つhttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org4444065.jpg.html





な、なんですかこれは!?



「エッチ!!変態!!」



「な!?ビキニより露出は少ないだろ!」



「そうですけど!逆にエッチくなってるじゃないですか!!」



「…確かに。……駄目か?」



「ダメです!!」



そんな上目遣いで言ってもダメなもんはダメです!!

こんな恥ずかしいの外では着れません。









でもどうしてもと言うのなら、二人きりの時に…



いやいや!!ダメダメ!

自分を安売りしちゃダメ!



それに甘やかすと、京介さんはすぐにエッチなことばっかりしそうです。





「そっか…じゃあこれは?」



つ上http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org4444095.jpg.html

つ下http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org4444096.jpg.html



今度はさっきみたいなエッチな水着じゃない。



白色のホルタ―ネックの、フリルがあしらわれた可愛い水着だ。

下はタイサイド。



「あ、これは可愛いですね。じゃあちょっと試着してみます」



「ああ」



彼を残して試着室へ。



服を脱いで下着姿に。



うぅ…外で裸になるのはやっぱり恥ずかしい。



しかも扉一枚の向こう側には京介さんもいる…





ダメダメ!

変に意識するから恥ずかしいんだ。

無心で…無心で…



下着をさっと脱いで、彼が選んでくれた水着を身に付ける。



ホルタ―ネックって外れそうでこわいですね…

下もヒモを締めて…

よし、OK!



扉を少し開けて彼を呼ぶ。

「京介さ〜ん。着替え終わりましたから見てください」



「ああ…



 ぶっ!!!」



京介さんが鼻の下を押さえる。

もしかして鼻血でも出たんでしょうか。





「すまん、あやせ。

 やっぱりパレオは最低限、巻いてくれ」



そう言って彼はパレオを見に行き、1枚のパレオをわたしに手渡す。



つhttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org4444100.jpg.html



青のグラデーションが爽やかなパレオだ。

わたしはそれをさっと巻いて彼に見せる。



「これでいいですか?」



「ああ、ばっちしだ」



彼が選んだのは白色の水着に、青色のパレオ。





以前、わたしが彼に選んだ服も白と青。



まるで、彼と通じ合っているかのような気がして嬉しかった。



わたしは彼が選んでくれた水着を購入し、明日は一緒に海へ行く約束をした。



京介さんと二人きりでの海水浴!!

すっごく楽しみです!







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翌朝、家の前で待っていると彼のセ○ナが走ってきた。



「おはよう、あやせ。今日は海水浴日和だな」



「はい!晴れてくれてよかったです」



空は快晴。気温も真夏日に迫る勢い。

絶好の海水浴日和です。



「じゃあ行くか」



「はい、今日はどこの海水浴場に?」



「九十九里浜の片貝にしようと思ってたんだけど」



「分かりました。京介さんにお任せしますね」



「ああ、じゃあ乗ってくれ」



「はーい」



助手席のドアを開けて、彼の隣に乗り込む。





彼女として助手席に座るというだけでウキウキしてしまう。



約1時間の車の旅、彼と一緒なら退屈なんてしないですね。









彼の運転は性格の表れでしょうか、とても安全運転で乗っていて怖かったりしません。

割り込みをしてくる車にも道を譲り、車線変更もゆったりとする。



そんなこんなでスイスイと車は進み、目的地である片貝海水浴場に。



「混んでますね〜」



「まあ夏休みで最近暑かったからな」



「じゃあとりあえず行きましょうか。今日は何を持ってきたんですか?」



「パラソルとシートだけ。クーラーボックスはいらねえだろ?」



「そうですね。飲み物はあっちで買いましょうか」



彼がパラソルを持ったので、わたしは自分の荷物とシートを持って砂浜へと降りていく。





「あそこ、空いてるな」



「ええ、ではあそこにしましょうか」



空いているところがあったので、そこにパラソルを立ててシートを敷く。



「じゃあ、あやせ。更衣室に行って着替えて来いよ」



「え?京介さんは?」



「俺は男だし…もうここで着替えるわ」



「そうですか。ではちょっと行ってきますね」



「ああ」



海の家でやっている更衣室を借りて、手早く着替える。

ヒモが外れたりしないように上も下もしっかり括っておかなきゃ。

パレオも巻いてっと。



水着を着て、手鏡で変なところがないか再度チェックし、パーカーを羽織って彼の元に戻る。





「お待たせしました」



「おう。自分で選んでなんだけど、その水着似合ってんな。

 やっぱりあやせは白が似合うよ」



「そ、そうですか。ありがとうございます」



「んじゃ服とかいらねえ荷物は車にしまうか」



「車のキーはどうするんですか?」



「防水ケースに入れて持っとくよ」



そういって彼は首から下げる防水のキーケースを取り出す。



色々持ってるんですね。

多分、わたし達がBGで色々連れ回してるからなんでしょうけど。



そういうわけで、コインケースとキーケースだけは残して、後の服や財布は車の中に。





荷物を車に詰め込んでいる最中に彼がこんなことを聞いてきた。



「さって、早速泳ぐわけだけど。あやせって泳げたよな?」



「泳げますよ!バカにしないでください」



「いや、馬鹿にはしてねえけど。浮き輪とか必要じゃないか」



「あるんですか?」



「ああ、去年使ったのがあったから乗っけてあるぞ」





本当になんでもありますね。



浮き輪かぁ。



「溺れたりしたら大変なので、一応出しておきましょうか」



「おう」





そういうわけで、浮き輪と空気ポンプを車から出す。





「んじゃもう1回パラソルのとこに戻って、これ膨らませるか」



「はい」





再度パラソルの下へ。



パーカーはパラソルの下に置いておきましょう。

車の中に置いておきたかったけど、京介さんからのお願いですから泳いでいない間は着ていないと。



彼が一生懸命に浮き輪を膨らませて、それをわたしに被せる。



「よっと、んじゃ準備も万端だし。さっそく行くか」



「はい!」







そこで、彼がさりげなくわたしの左手を取る。





初めて手をつないだ!!









そんな感動を噛み締める間もなく、彼はどんどんと波打ち際まで歩いていき、足を海水に浸す。









「うお!冷てえぞ」



彼にならってわたしも足をつける。



「きゃっ! 本当ですね。少し冷たいです」



「なら慣れるまで、ここで遊ぶか」



「はい」



二人並んで、波打ち際に腰を下ろす。

わたしは浮き輪を装備したままだから、なんだか間抜けです。



「もう少し入ってみましょうか」



「おう、じゃあ波が顔にかからないとこまで行くか」



「はい」



腰を下ろしても肩までしか波が来ない場所まで進む。





身体をならすために、徐々に入っていく。



「ふ ふ ふわ〜〜〜」



「ふふ、なんだかお風呂に入ったときみたいですね」



「冷たくて気持ちいいな」



「はい」



身体の下の砂が、波にさらわれてサラサラする感覚が気持ちいい。



「どうだ?そろそろ慣れてきたか」



「はい、もう大丈夫です」



「じゃあちょっと沖の方まで行ってみっか」



「はい。あの…」



「なんだ?」



「少し怖いので、手をつないでいてください」



「あ、ああ。わかった」





わたしは浮き輪をかぶっているから、後ろから京介さんが浮き輪に抱き付き足を蹴って進んでいく。



後ろから回された彼の手に、自分の手を重ねる。



「何もしてないのに進むなんて楽です〜」



「その分、俺はしんどいけどな」



「がんばってください」



「おう、任せろ」



海へ行って泳ぐなんて、何が楽しいんだろう。



そう思う人もいるかもしれません。

暑いし、塩水で体はべちゃつくし、日焼けはするし。

しかも、泳ぐだけならプールでもいいわけで。



わざわざ出かけて泳ぐ意味なんてないかも知れません。



けど、彼と二人で来れてよかったと思う。



二人でキャッキャ言いながら、沖合目指して泳いでいく。



ただそれだけで、わたしは楽しかった。







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――――――――――





「疲れた…」



「くすくす、ご苦労様でした」



沖合までいって、砂浜の方まで帰ってきての一言。



「次はあやせが泳いでくれ」



「京介さんは?」



「浮き輪で浮いてる」



「ダメですよ。私が溺れちゃってもいいんですか?」



「いや、泳げるんだろう?」



「泳げますけど。

 京介さんは優しさが足りません」



「ぇぇ〜?」



嘘。彼ほど優しい人は他に知らない。





そのとき



ぐきゅるるる〜〜〜







「腹減ったな」



彼のお腹から盛大な音がした。



「そうですね。もうお昼ですから」



「じゃあメシにすっか。焼そばにお好み焼き、たこ焼き。

 お、ホットドックとかもあんな。あやせは何がいい?」



彼が海の家を見ながら言う。



「ここで食べるんですか?」



「おう、コンビニまで行ってもいいけど、海と言えば海の家だろ。

 あのダサマズいメシを食ってこそ、海に来たって言えるんだよ」





「あの…わたし、おにぎりを持ってきたんですけど…」



「よし、それを食おう」



「え?いいんですか?海の家で食べなくて」



「なんで金払ってマズイメシを食わねばならんのだ。

 マゾか、俺は」



「さっきと言ってること違いますよ」



「いいんだよ、愛しの彼女の手料理の前には高級料理だって負けんだから」



い、愛しの彼女って…恥ずかしいです。



「じゃあ飲み物だけ買って、弁当食うか」



「はい」





そういうわけで、海の家では飲み物だけを買って、車に置いていたお弁当を取り出す。



パラソルの下に戻ってお弁当の箱を開く。



「お握りしか作ってこなかったんですがよかったですか?」



「ああ、食べやすくて丁度いいよ」



「そうですか」



「結構種類あんな」



「はい。

 鮭に梅干し、高菜に昆布。あとは唐揚げを入れたものもありますよ」



「そっか。じゃあ梅干しから。これか?」



「はい。紫蘇を刻んで、梅干しと混ぜてあるんです」



「そっか。じゃあ頂きます。

 もぐもぐ…



 おう、うめえなこれ。

 紫蘇がいい感じだ」



「よかったです。どんどん食べてくださいね」



「おう」





そう言って彼はお握りを次々と食べていく。

本当にお腹が減っていたんですね。

それとも、わたしが作ったからでしょうか。そうなら嬉しいな。



わたしもお握りを一つパクり。



うん、塩加減も丁度だ。



彼と並んで、海を見ながら食べるお握り。



シチュエーションも最高のスパイスになったようです。





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――――――――――





食事も終わってひと泳ぎした後。



「そろそろ帰るか」



「そう、ですね」



二人だとやることが限られてくる。



スイカ割りなんてできないし、ビーチボールも二人だとやりにくい。



結局、泳ぐくらいしかやることはないわけで、水泳部でもないのに延々と泳いでも仕方ない。



だから、それなりに泳いだらもう満足だ。



「じゃああやせは着替えて来いよ。その間に片づけとくし」



「わかりました。では、お言葉に甘えさせていただきますね」



「おう」





彼の好意に甘えて、先に着替えさせてもらう。

とりあえず、彼も着替えを取り出すために一緒に車へと行き、その後は別れて更衣室で着替える。



着替えが終わってパラソルのあった場所へ行くと、すでに片づけが終わっていた。



「おう、もう終わったぞ」



「すいません」



「いや、いいよ別に。

 けど、シートとか荷物持ってもらっていいか?」



「はい。分かりました」



彼と分担して荷物を持って駐車場へ。

トランクに荷物を詰めて、海水浴場を後にする。





「今日は気持ちよかったな」



「はい、暑くてちょうどよかったです。

 けど、まだ波に揺られてる気分です」



「はは、俺もだ。

 寝るときもそうかもな」



「今日はぐっすり寝られそうです」



彼とのデート第2弾も大成功。



写真もいっぱいとったし、夏の思い出が一つ増えた。



けれどまだまだ。

彼との夏休みは始まったばかりだ。



もっともっとデートして、もっともっと思い出が欲しい。



―――――――――――――――

――――――――――





海に行った後も、わたしは彼と時間が許す限りデートを重ねた。



そして今日も今日とて彼とデート。

今日は木更津の花火大会に行く。



浴衣を着て、髪をセットして彼が来るのを待つ。



すると、携帯に1通のメールが。



『着いたぞ』



玄関を出てみると、浴衣を着た彼が。

若草色で彼にとても似合ってる。



「よう、お待たせ。じゃあ行くか」



「はい」



「あやせは黒の浴衣か。綺麗だな」



「あ、ありがとうございます」



黒の生地に鮮やかな牡丹が描かれた浴衣。

褒めてもらってうれしい。





JRに乗って木更津駅へ。

駅を通過するごとにどんどんと人が乗車してきて、車両内はすぐに満員に。



「あやせ、大丈夫か」



「え、ええ。なんとか」



わたしは身長が高い方なので、下駄の分も足すとそれなりに人ごみから頭ひとつ飛び出す。

けれど、押し合い圧し合いまではどうしようもない。

四方八方から押され、せっかくきれいに結んだ帯が心配だ。



「あやせ、ちょっと」



「へ!?」



彼は手をつないでいてわたしの手をぐっと引き寄せて、自分が立っていた場所と私の体を入れ替える。



「まだこっちの方が人が少ないからな。マシか?」



「は、はい」



彼はわたしを他の人から守るようにぎゅっと体を抱きしめる。



彼の胸に頭を預けると、微かに彼の匂いがした。





―――――――――――――――

――――――――――





「わーー!! すごーい!!!」



夜空に何発もの花火が打ち上げられる。



早い目に会場に行って場所を取っていたから、座りながらちゃんと見ることができる。



色々な色、形の花火が打ち上げられる。



「きれいですね!!」



「ああ!」



花火が打ち上げられた音が辺りに響く。



赤、オレンジ、緑、青…



色んな花が咲いては、すぐに消えていく。



その一瞬の綺麗さ、一瞬ゆえの綺麗さや儚さに目が奪われる。





わたしの左手は彼の右手に収まっている。



前に海に行ってからは、デートのときには手をつないでいる。

それだけ彼とわたしの距離が近づいたということだろう。



フィナーレが近いのだろうか。



いくつもの花火が連続で打ち上げられ、空一面に花火が弾ける。



その様は圧巻で、視界の映る限り右から左までが鮮やかな閃光に埋め尽くされている。



最後には一際大きな花火が打ち上げられ、今年の花火大会は終わってしまった。







「…すごかったですね」



「ああ、連発で打ち上げられたのにはテンション上がったな」



「はい!あれはすごかったです。

 空一面がパ〜って花火で埋め尽くされてて」



「綺麗だったよな」





「はい。また、来たいです」



「ああ、んじゃ来年も来ようぜ」



「はい」





今年もまだまだ残っているけど、来年には受験が待ち構えているけど、来年の約束を彼とすることができた。



それはすなわち、来年も一緒にいると言うこと。



未来のことなんて分からない。別れる気なんて今はなくても、何かがきっかけで別れることだってあり得る。



けど今は純粋に、彼とまた花火大会に来る約束ができたことを嬉しく思う。



これからの日々も、彼とともに歩み続けたい。







―――――――――――――――

――――――――――





「ねえ、野菜ばっか焼いてどうすんの?

 後半に肉ばっかとかどうすんの?

 野菜の意味わかってんの?ねえ」





桐乃がリゾートチェアに足を組んだまま京介さんに詰問する。



「うっせえな!じゃあお前が焼けよ!」



「やだ。服汚れんじゃん」



「じゃあ黙って待ってろよ!」



「待ってたら野菜ばっかになんじゃん」



そろそろ止めないと喧嘩になっちゃうかも。



「まあまあ、京介さん。

 桐乃さんもお腹が減っているようですし。

 とりあえずお肉を焼いてはいかがでしょうか」





「まあ沙織がそう言うなら」





さすが沙織さん。怒れる京介を一瞬で鎮めた。





今日は九十九里浜にあるキャンプ場でバーベキュー。

メンツは桐乃や沙織さんだけでなくBGの全員が集まっている。



「京介〜ビール一口くれよ〜」



「うっせえロリっ子!

 酒は20歳になってからなんだよ!

 お前は大人しくカルピスでも飲んでろ」





「え〜」



「そうよ加奈子。ビールなんて飲んだらお腹が膨れるでしょう。

 せっかく今日は海鮮もあるのに、食べられなくなるわよ」



「そっかぁ

 じゃあ今日は我慢する」



「ええ、いい子ね」



「子供扱いすんじゃねぇ」





京介さんへの怒涛の告白ラッシュ以来、

BG全員が集まって出かけるのは今日が初めて。





皆がギクシャクしないか心配だったけど、それは杞憂に終わった。



女性陣同士も以前のままだし、京介さんも誰とでも普通に接してる。



これも、皆がやれるだけのことをやって結果を出したからだろう。

だから、今わたしが京介さんもBGも失わずに済んだのは、彼と皆がデートをすると決めた桐乃のおかげだ。



彼女には感謝しなくちゃ。





「けどさ〜京介〜

 なんであやせなんだよ」



と思いきやいきなり加奈子が爆弾を投下してきた。



「なんでって…別にいいだろ」



「よくねぇよ〜

 加奈子だって告ったんだし、そんくらい聞くケンリあんだろ〜?」



やばい。このままいけばわたし達はおもちゃにされる。

加奈子を止めようかと考えていると



「そうね。私も気になるわね。なぜこの中からあやせを選んだのかを」



瑠璃さんまで〜!?



「あら、確かにそれは気になりますわね。なぜわたくしでは駄目だったのか」



遂には沙織さんまでもがこの話題に食い付いてきた。





後は桐乃だけなんだけど。

彼女は何も言わず、さっきまでと同じくリゾートチェアに座ったままスマホをいじっている。



けど、多分桐乃も気になってるんだと思う。



「俺がいかにあやせを好きか喋ってもお前ら楽しくないだろ?」



「楽しくはないけど納得はできるわ」



「そうだそうだ〜」



「ええ、ぜひわたくしも聞いてみたいですわ」







「…はあ。んじゃ言うけど文句言うなよ」



彼の言葉に皆が首肯する。





「…あやせは美人で」



「あら、見てくれにやられたのかしら。このオスは」



「ちげえよ!

 

 いや、確かにあやせの外見はすっげえ好みだけどよ、それだけじゃねえって。

 



 あやせは前から知ってたけど真面目で努力家で、友達思いのいい奴だったし、

 それに皆とデートしただろ?

 

 そんときにさ、あやせは弁当作ってくれたり、俺が疲れてないか気を遣ってくれてたんだよ。

 それで『ああ、こいつ優しい奴だな』って思ったし、

 

 付き合ってもこいつなら俺を支えてくれると思ったんだよ。

 まあ、そんなん抜きにしても前からあやせのことは気になってたんだけどな」





「そう。それは御馳走さま」



「…お前らが言えっていったんじゃん」



「え〜?加奈子もチョ〜優しかっただろ?」



「お前といると楽しいけどな、なんか妹見てるみたいなんだよ」



「なんだよそれ〜シスコンの告り方かぁ?」



「ちげえよ!」



「京介さんがそこまでゾッコンなら諦めるしかなさそうですわね。

 京介さん、あやせさん。

 遅くなりましたが、おめでとうございます。

 お二人はお似合いだと思いますわ」



「さんきゅー、沙織」

「あ、ありがとうございます!沙織さん」





「まあ私は来世で彼と結ばれるから。

 今世はあなたに任せるわ。あやせ」



「それは祝福の言葉ですか?」



「ええ、私なりのね」



「そうですか。ありがとうございます、瑠璃さん」



「あやせ〜京介のことほっぽりだしたら、加奈子が奪っちまうからなぁ」



「大丈夫、そんなことしないよ。加奈子もありがと」



「ヒヒ」



皆にこうして祝福されるととてもうれしい。

京介さんの隣にわたしがいてもいいと思える。





そこで、今まで黙っていた桐乃が私に話しかける。



「あやせ





 兄貴のことよろしくね」







「うん」





桐乃も桐乃なりに壁を乗り越えたんだろうか。



それは分からない。



けど、桐乃が上辺だけでこんなこと言うような子じゃないことはわたしが一番知っている。



だから、彼女は本心からわたし達のことを認めてくれているんだろう。



京介さんに桐乃、加奈子に瑠璃さんに沙織さん。

わたしが大好きな人たちが笑顔でいる。



改めて、BGというコミュニティーの大切さを実感した。





「よ〜し!んじゃお肉も食べたし、とりあえずひと泳ぎしますか」



桐乃が服を脱ぎ捨てて、水着姿になる。

空気を変えようとしたのかな?



「待って桐乃。わたしも行く」



わたしも桐乃に倣って服を脱ぐ。



「あ、それ新しい水着じゃん。どしたの?」



「この前…京介さんに選んでもらって買ったんだ」



「あら、惚気かしら」



「惚気ですわね」



「ノロケかよ〜」



「…チっ」



「ちょっと桐乃!舌打ちはやめてよ!」





その後も泳いだり、バーベキューをしたり、京介さんが砂浜に埋められたりと色々なことがあったけど、BGで久しぶりに集まれてよかった。







―――――――――――――――

――――――――――



ちょっと助けてくれ。



予定ではこのままラストまで一直線。



でも書こうと思えばデートシーンも書ける。



見てる人がいたら、要望を教えてください。



特にレスがなければ予定通り終わります。



BGでバーベキューに行ってからも、私と京介さんはデートを重ねた。



残り少ない夏休み、できるだけ彼との時間を過ごしたかった。



今日も彼と会う約束をしている。



今日は今までと違ってわたしの家でデート。



彼もバイトをしているとは言え軍資金には限りがあるし、

わたしもモデルを受験のため休業しているから右に同じく。



よって今日はあまりお金をかけずにお家でデート、ということに。



そろそろ彼が来る頃なんだけど…っと携帯が鳴ってますね。



メールを開くと『着いたぞ』とのこと。



急いで玄関を開けると、いつもの優しげな笑顔を浮かべた彼がいた。





「お待ちしてました、京介さん。

 けど、チャイムを鳴らせばよかったのに」



「いや、お母さんが出てきても気まずいからな」



「お母さんは今日はいませんよ?」



「あ?そうなのか。

 …じゃ、じゃあ、今日は二人っきりだな」



「え、ええ。そういうことになりますね。

 と、とりあえず上がってください」



「お、おう。お邪魔するぜ」



二人してドギマギしながら玄関をくぐる。



京介さんが「二人っきり」とか言ったせいで、わたしまで変に意識してしまいます…!





大丈夫!やましいことはないんだから!!



京介さんをわたしの部屋に案内する。



「どうぞ」



「おう。…この部屋も久しぶりだな」



「そうですね」



以前は相談とかでこの部屋に彼を通したこともあったけど、

わたしが高校生になってからはこの部屋には彼を招いていない。



「やっぱりあやせの部屋はいい匂いだな。石鹸みたいな」



「そうですか?特に芳香剤とかはないんですけど…

 自分では分からないですね」



「柔軟剤の匂いとかじゃないか?たまにあやせの服から同じ匂いがするぞ?」





「え?本当ですか?」



「ああ。くんくん。

 ほれ、同じ匂いすんぞ?」



そう言って彼はわたしの肩あたりに鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。



「ちょっ!ダメ!やめてください!」



「あ、ああ。すまなかった」



「お、お茶淹れてきますね!」



「あ、ああ。頼む」



わたしは急いで自分の部屋から飛び出す。











危なかった〜!!



わたしの顔のすぐ横に彼の顔があった。

キスしようと思えばできる…





って何言ってるのわたし!!



も、もちろんわたしだってキスしたいし、恋人同士だからいいけれど、

物事には順序というものがあって、付き合って、手をつないで、デートを重ねて、為人をしってから、それから…





あれ?

じゃあわたし達はもうキスをしてもいいのでは?

ってダメダメ。

冷静になるために一旦、退避してきたんだから。



冷静さを取り戻すために、事務的にお茶を入れる。



湯を沸かし、湯を注いでティーポットとカップを温め、湯を捨て、再度ティーカップに湯を入れて、茶葉を躍らせる…





よし、大分冷静になってきた。





やっぱりキスはまだダメ!



なんでダメかは分からないけど、ダメなものはダメ。



するならもっとロマンチックな雰囲気でがいいし、

わたしのファーストキスはそんなに安くありません。



という結論が出たところで茶葉の蒸らしも丁度いい感じ。



キッチンをがさごそ探してお茶請けを用意し、それらをトレイに乗せて彼のいる自室へ。



「すいません、お待たせして。

 聞いてなかったんですが、紅茶でよかったですか」



「ああ、大丈夫だぞ」



彼の前にティーカップを一つ置き、慎重にティーポットを傾ける。



「どうぞ」



「ああ、ありがと」





彼はミルクも砂糖も入れずにそのまま紅茶を飲んだ。



「…うん、うまいな。

 俺、紅茶とかよく分かんねえけど、いつも飲んでるのより匂いが豊かだな。

 あやせは紅茶も淹れられるのか」



「い、淹れられるだなんて大袈裟です。

 ただお湯を入れただけですから茶葉が良かったんでしょう」





お母さん!わたしに紅茶の淹れ方を教えてくれてありがとう!!



彼が紅茶を飲みながら聞いてきた。



「んで、今日は何したい?」



「……何しましょうか」



「おいおい」



「だって…お外ばっかり行ったら京介さんだってしんどいでしょ?

 それにお金だって大事だし」



「そうだけどよ。どうすっかな〜

 ゲームとか?」



「持ってませんけど。京介さんが持ってきてるんですか?」





「いいや。こうなるとは思わなかったし持ってきてねえよ。

 あとは…酒は飲めねえし音楽聞いても仕方ないし…

 勉強するか?」



「えぇ〜?」



「いや、だってお前受験生じゃん」



「そうですけど、せっかく京介さんと会えたのに勉強は」



「じゃあ後は…映画か?」



「あ、映画。いいですね。

 最近見に行けてないのでそれに1票です」



「んじゃTSUT○YAでも行ってなんか借りるか」



「はい!」







―――――――――――――――

――――――――――





TSUT○YAに着くと、京介さんが邦画コーナーの方に直行。

手をつないでいるもんだから、強制的にわたしもそちらに。



「京介さんは邦画の方が好きなんですか?」



「ああ、ホラーと言えば邦画の方が怖いだろ」





ホ  ラ  ー  ?



なぜ彼女と見る映画がホラー?



「京介さんって…ホラー映画が好きなんですか?」



「ああ、見ててドキドキすっからな」



「……マゾですか?」



「ちげえよ!! 俺はお前らとは違って平々凡々な奴だからな。

 創作物でぐらい刺激がほしいんだよ」



「そうですか…」



これはちょっとびっくりしました。



あの優しくてのほほんとした京介さんが、ホラー映画が好きだなんて。





逆にわたしはホラーが苦手。

洋画のだとまだマシだけど、邦画は全然だめ。

あのジメッとした感じがどうしても無理。



「きょ、京介さん。今日は他のにしませんか?」



「え?」



「例えば…そう、恋愛映画とか」



「恋愛映画か…別にいいぜ」



ほっ。

京介さんが頑固じゃなくてよかった。

これで「俺はホラー以外見たくねえよ!」とか言われてたらチェックメイトでした。



「けど意外だな」



「ほぇ?」



「あやせがホラー苦手だなんて」



「苦手なんて言ってません!!」



苦手ですけどね。





「え?じゃあホラーでよくね?」



「だ、ダメです!」



「なんで?」



「カップルでホラー映画とか変じゃないですか!」



「いや、別に変じゃないだろ」



「変です!」



「そっか、変なのか。じゃああやせとはこれ見れないな」



彼の手には一つのDVDが。



「何ですか?それ」



「これ?ネットで怖いって評判の奴だ。今まで見たことなかったし丁度見ようと思ってたんだけど。

 あやせが無理なら家で桐乃とでも見るかな?」





「……桐乃と?」



「ああ、あいつもホラー映画好きみたいでよ。

 俺が見てたらしょっちゅう隣り座って見てんだよ。

 だからこれも桐乃と見るわ」



「京介さん!!!」



「は、はい?」



「見ましょう!!それ!!わたしと!!!」



「あ、はい」





―――――――――――――――

――――――――――





「あやせ、DVDってどこで見んの?」



どうしよう…

わたしの部屋だとパソコンになるけど、怖いのなんて自室で見たくない…



かと言ってリビングだと大画面で余計怖くなっちゃうし…



うぅ〜



「じゃ、じゃあリビングで」



「おう、やっぱり怖い映画は大画面に限るよな」



何でウキウキしてるんですか。



うぅ、桐乃に対抗心燃やすんじゃなった…orz



けど今さらやっぱり嫌とは言えないし…



「ほら、あやせ。用意できたぞ。

 こっちこいよ」



「は、はい」





京介さんがDVDをセットしてソファに腰掛ける。



わたしも彼の隣に。



「…あやせ、近くないか」



「そ、そうですか?丁度適度な距離を保ってると思いますよ!?」



「そっか、別にいいけどよ」



彼と腕が触れ合う程度に密着して座る。

う〜だって怖いんだもん。



彼がさっそく再生ボタンを押す。



この映画は一家が自宅で死亡し、その空家に住んだ住人が次々と不幸に見舞われるという話だそうで…



わたしは正直画面を見てられません。





霊が映ったら彼の左腕に抱き付いて、目を閉じてガクガク震えてるだけ。



音がしたら耳を塞いで彼に抱き付く。







ふと音が止んだ。



「あやせ、ホラー苦手だったのか」



「に、苦手じゃ、あり、ません」



この状態で言っても意味がないですね。

目には涙が浮かんでるし、体も震えてる。



「すまなかった。お前がホラー苦手って知らなかった」



そう言って、彼が強くわたしを抱きしめる。



「うぅ…すいません」



彼はDVDを止めて、TVを付ける。

バラエティの笑い声が聞こえる。

ちょっとだけ安心できた。



「もう映画は止めよう。とりあえず飲み物でも飲んで落ち着こうぜ」





「…OKわかった。

 じゃあ飲み物一緒に取りに行こうぜ」



「は、はい」



そう広くないリビングを通ってキッチンへ。

その間もわたしは彼の背中にギュッとしがみついたまま。



「あやせ、何飲む?」



「コ、ココアを」



わたしは粉末が仕舞ってある場所を指す。

そこから彼が取出し、お湯で溶かして牛乳を入れる。



「ホットか?」



「いいえ、アイスで」



「じゃあほい」



彼がつくってくれたココアを一口。



ふう、少し落ち着きました。

けど怖いものは怖い。

飲み物を持って二人してリビングへ。





TVではバラエティが、わたしの手には彼の作ったココアが、

そしてわたしの体は彼にギュッと抱きしめられている。









いつまでそうしていただろうか。



気が付くと辺りは暗くなっており、京介さんがリビングの電気を点ける。



「あやせ、もう7時過ぎだけど。親はいつ帰って来るんだ?」



わたしは絶望の言葉を言わなければなりません。



「今日は……帰ってきません」



「…は?」



「お父さんの短期出張にお母さんもついて行ってますから。

 帰って来るのは明日の夕方になります…」



「そっか… あやせ1人には」



そこで彼にギュッとしがみつく。



「…無理だよなあ。どうすっかなー」





「と、とりあえず晩御飯にしましょう」



彼を引き留めるためにそんな提案をする。



「そうだな、腹も減ったし。食い終るまでにどうすっか考えるわ」



「は、はい。京介さんは何か食べたい物ありますか?」



「冷蔵庫に食材は?」



「冷蔵庫には…豆腐と御揚げ。あとはお肉もありますし、野菜もそれなりには」



「何だったら作れそうだ?」



「ん〜京介さんの好きな唐揚げは作れますよ。

 後は…中華でまとめるならチンジャオロースとかマーボー豆腐とかですかね」



「よし、んじゃそれ頼むわ」



「はい、わかりました」





「じゃあ俺も手伝うわ。なにしたらいい?米でも研ごうか?」



「いいえ、京介さんには別の仕事を与えます」



「なんだ?」



「わたしの後ろに立って、ギュッと抱きしめていてください。

 じゃないと…怖くてキッチンに立てません」



「おう、まかせろ」



彼の後ろからギュッと抱きしめられて料理を開始する。

動きにくいけど仕方ないんです!!

こうでもしてないと怖くて縮こまってしまいます。



わたしが右に動くときにはカニさん歩きで二人でトコトコ。

左に行く時も二人でトコトコ。



そんな体勢でやってたもんだから、料理が終わったときには1時間も経っていた。





「料理、どうやって食うの?」



「どうやってって…」



そうだ。普通に別々のイスに座れば彼と離れてしまう。

それは何としても避けなければ!



彼の手を取ってイスに座らせる。



そしてその上にポスン。



「あやせさ〜ん。前が見えないんですけど〜」



「だ、大丈夫です。私が食べさせてあげますから。

 ほら、あ あ〜ん」



「あ、あ〜ん。 お、マーボー豆腐うまいな。ラー油でピリッと辛くて」



「よ、よかったです」



箸を持ちかえて自分も一口。

うん、悪くない。





その後も箸を持ちかえながら彼に食べさせ、自分で食べて…



食事もいつもの倍以上の時間がかかっていた。



「よし、食べ終わったし洗い物は俺がするわ」



「結構です。その代わりにギュしてください」



「はいはい」



だって彼の後ろに抱き付いても背中が怖いんですよ!!

前には抱き付けないし…



そんなこんなで洗い物も終わってソファに座る。



もちろん、わたしは彼の膝の上。





「んでさ、この後なんだけど」



「は、はい」



「俺ん家来るか?」



「え?…大丈夫ですか?

 お父さんとか」



「親父は…何とかなんだろ、土下座でもして。

 桐乃の友達なんだし理由話せば何とかなると思うぞ」



「そ、そうですか。

 ご迷惑でないならお願いします」



「おう」



そう言って彼は携帯を取り出して家に電話。





「おう、俺だけど…いや、俺だって、京介だって。

 え?本当だっつうの。お袋、おふざけはいいから親父に代わってくれ

 ……

 あ、親父か。実はさ、桐乃の友達のあやせって子がさ。家で一人なんだってよ。

 それでさ、家に泊まらせてあげたいんだけど…

 ああ。ああ、分かった」



「どうでしたか?」



「親父はいいってさ。その代わり、家に帰ったら俺たちの関係をきちんと説明するように、だってさ」



「そ、そうですか」



「別に緊張することはねえよ。結婚の挨拶じゃねえんだし。付き合ってますって報告すりゃ終わりだよ」



「わ、分かりました」



そういうわけで今日は京介さんの家にお泊り。

着替えとかを用意して、あ、もちろんその間も京介さんが後ろから抱っこしてくれてますよ?



用意が終われば早々に家を出て、彼の家へ。





用意が終われば早々に家を出て、彼の家へ。



彼が玄関の鍵を開け、玄関をくぐると桐乃がリビングから飛び出してきた。



「あやせ〜!!!」



そのまま彼女はわたしの胸にダイブ。



「っとと」



「あやせが家にお泊りなんて初めてだね!めちゃくちゃ楽しみ!なにしよっか」



あ、そっか。

桐乃もいるし、今日は桐乃の部屋にお泊りか。



彼の部屋じゃなくて残念……なんて思ってませんよ!!?





とりあえず、京介さんとわたしはリビングに行き、お父さんとお母さんに事情を説明。

その後、お付き合いさせていただいていることも報告した。



お父さんはあんな強面(失礼かな?)なのに

「京介のこと、よろしく頼む」って頭を下げられるし、

お母さんは

「京介にも春が来たのね〜」って息子をおちょくって騒ぐしで、

わたしが思ってたような修羅場は特になかった。



けど、彼がどれだけ親に愛されているかすごく分かった。



その後は桐乃の部屋に行って荷物を置き、桐乃と一緒にお風呂へ。



二人とも体を洗って湯船へ。





「ってかなんで今日は泊まりに来たの?

 今までだって親いなくても一人で留守番してたじゃん」



「そう、なんだけど…

 あのね、今日京介さんと怖い映画観ちゃって」



「あぁ、それでか〜。あやせ怖いのダメだもんね」



「うん…それで、一人であの家にいたくなくて」



「なるほどね。まあいっか。そのおかげであやせが泊まりに来たんだし」



「あ、あのね、桐乃。今日怖いから…」



「だいじょーぶ。まかせなさい。

 今日はずっとそばにいるよ」



そう言って桐乃がきゅっとわたしの両手を掴む。



兄妹揃って温かい手。





「ありがとね」



「けどあいつ何考えてんだろ。これは後でお説教だね」



「ちがうの桐乃。京介さんはわたしが怖いの苦手って知らなくて…」



「え?そうだったの?けど彼女のことなんだし知ってて当然でしょ」



「フフ。桐乃、無理いってるよ」



お風呂を上がってからも、桐乃は本当にずっと一緒にいてくれた。

ずっとわたしの手を握ってくれた。



それを京介さんが羨ましそうな目で見ていたのがなんだか可笑しかった。



彼におやすみなさいの挨拶をして、桐乃の部屋へ。





ラグの上に布団が敷かれていたが、好意を無碍にして心苦しいけど桐乃と一緒にベッドの中へ。



その後も桐乃と色んな話をした。



高校生活も残り少ないこと、受験のこと、大学、モデル、将来、それに京介さんのこと。



久しぶりに桐乃とゆっくりしゃべれて話題は尽きない。



気が付いたらわたしはいつの間にか眠りに落ちていた。





―――――――――――――――

――――――――――







翌日、目を覚ますと桐乃の姿がなかった。

朝食かな?

勝手に家の中をウロチョロするのは憚られるし…



そう言えば、隣は京介さんの部屋。

とりあえず彼の様子でも見に行こう。



彼の部屋のドアをノック。

……反応がありません。

寝てるのか、朝食を食べに行ってるのか。



「失礼しま〜す」と言ってドアを開けると、いた。

彼はまだ寝ていた。





顔を覗き込むと、大口を開けていて間抜けだ。

けど、こんな姿でさえ可愛く見える。

好きな人の姿なら、なんでも可愛く見えるんですかね。



とりあえず声をかける……が起きない。

肩を揺さぶる。



「ぉ……あやせか…」



「おはようございます京介さん」



「おはよう」



目を覚ました彼は徐々に目を開く。



そして完全に目が開いたときには何を思ったのかいきなり土下座をし始めた。



「ちょっ、どうしたんですか?」



「あやせ、昨日はすまんかった!!」





昨日……ああ。ホラー映画を見たことか。

けどあれは、わたしがちゃんと言わなかったのが悪い。

けど、そう言っても彼はなっとくしてくれなかった。



「そうだけどよ、なんかお詫びさせてくれ!

 じゃないと俺が納得できねえよ」



とのこと。



ん〜。別に彼は責める気はないんだけど。

せっかくだからお言葉に甘えよう。



「そうですか。私は本当に気にしてないんですけど。

 じゃあ温泉に連れてってください」



「温泉?」



そう、温泉。桐乃が以前、二人で温泉旅行に行ったときにいいな〜とずっと思ってた。



「はい。しかも泊まりで」





「泊まりで?俺は大丈夫だけど、お前ん家はいいのか?」



「分かりません。だから京介さん。まずは親の説得に協力してください」



「……マジでござるか〜」



「ござるござる」



そういうわけで朝食を食べた後、二人してパソコンで泊まる宿を検索。

桐乃は隣の部屋で勉強しています。



二人であれこれ言い合いながら泊まりたい宿を決定。

旅行って行くのも楽しいけど、こうやって計画を立てているのも楽しい。



わたしの親には、夏休みも残り少ないし早い方がいい、ということで今日さっそく行くことに。



夕方、お母さんにメールすると今最寄の駅についたとのこと。



だから少し時間を置いて彼と一緒にわたしの家に。









そして、彼と付き合っていることを報告。

お父さんはびっくりしていたし、お母さんは少しだけ驚いた様子。



彼は真面目に付き合ってること、清く正しい関係であることなどを真摯に説明し、

夏休みの思い出として温泉旅行に連れて行きたいとお願いした。



すると、意外にすんなりOKがもらえた。



多分、今まで彼にはBGで世話になっていることをお母さんは知ってるし、そのことはお父さんにも伝わっていたのでしょうか。

それとも、彼の人畜無害な風貌が功を奏したのでしょうか。



理由はなんであれ両親からもOKをもらった。



と、いうわけでわたし達は晴れて親公認のカップルに。

……親公認。



なんかいい響きです。



そして彼とわたしは温泉旅行に旅立つことに。





―――――――――――――――

――――――――――





「いらっしゃいませ。本日は当館をご利用いただき、誠に有難う御座います」



「は、はあ」



宿泊する宿の方からの丁寧なあいさつに頭を掻きながら「はあ」と返す彼。

もっとどっしりしていてくださいよ!



宿の方から施設案内を受け、さっそく今日はわたし達が泊まる部屋へ案内された。



部屋は畳で中央にテーブルが置かれた普通の部屋。



けれど違うところが一つ。



この部屋にはテラスがあり、そこには露天風呂が。



そう、この部屋は露天風呂付き。



わたしがわがままを言ってそうしてもらった。





「んじゃ早速温泉に行くか」



「はい」



わたし達は観光に来たんじゃなくて温泉に来たから、まあそれくらいしかやることがない。



「どうする?とりあえず大浴場に行くか?」



「そ、そうしましょう」



客室に備えられた露天風呂はいつでも入れますからね!!

今じゃなくていいですよね!!



というわけでタオルを持って大浴場へ。

その行きしな、ロビーに置かれた貸切露天風呂の予約を見る。



「今は……使用中だな。どうする?予約しとくか?」



「え、ええ。そうしましょう」





ぎゃ〜〜!!!

貸切り! 混浴!!

まだ心の準備が…!!



「っしゃ、2時間後に予約しといた。だから2時間は自由行動な」



「は、はい」



うぅ。どうしよう……



彼はなんでもないかのように平然としていて、飄々と大浴場の方へ。

手を引かれて私もついていく。



暖簾の前まで来て彼が一言。



「2時間も入ってたら貸切風呂と連ちゃんになるし、今はとりあえず1時間半でいいか?」



「はい」



「じゃあ1時間半後にまたここでな」



「はい」



そう言って彼は鼻歌でも歌いだしそうなほどご機嫌な様子で暖簾をくぐった。





わたしも温泉は楽しみですけど!

この後の混浴を考えると…



とりあえず、時間は有限。

わたしも暖簾をくぐって脱衣所へ。



さっと服を脱いで浴場に…



ふわあああ〜!!

すっごく広い。



色々あるみたい。

案内図を見ると、お風呂は8種類。

サウナもある。





とりあえず、わたしは近くにあった御影石造りのお風呂へ。



はあ……温まる〜



ここの湯の効用は美肌疲労、回復、冷え症改善とのこと。





そうだ!!サウナに行こう!!

少しでも痩せなければ!!



そう思い立って湯船には物の数分で出てサウナへ。



サウナはミストサウナらしく、ジメッとしている。



頑張って汗をかかなきゃ!



イスに腰掛けじっと待つ。



というか確かに温泉に行きたいと言ったのはわたしですよ?

それに、客室付きのお風呂や貸切の混浴風呂もあるのがいいと言ったのもわたしです。

わたしだって女の子だから、好きな人と一緒にお風呂っていうのは憧れる。





けれど、心の準備ができてるのかと言えばそれは別問題であって、京介さんにはその所の配慮が欠けています!



ああ、どうしよう。

一応水着を持ってきてるけど、温泉に付けてもいいのかな?



タオルを巻くとか?

お風呂に付けるのはマナー違反だけど、この際そんなこと言ってられない。



ああ、どうしたら…!!!



ダメだ。熱さで頭も茹ってる。

冷静な思考を取り戻すためにサウナを出て水風呂へ。



その後も、とりえず色々なお風呂に入ってみたけど、全然リラックスできない。

身体の疲れはとれるだろうけど、あくせく考え事をしてるせいでちっとも休まらない。



けど、時間は刻々とすぎていき…





「おう、あやせ。上がったか」



「はい…」



「じゃあ30分ほど部屋で休んでから貸切に行くか」



「ええ、そうしましょう…」



万策尽きた。いえ、単に無策だっただけ…



部屋についてからも彼は部屋をウロチョロしたり、テレビを見たりとリラックス。



時間は無情に過ぎていき…



「あやせ、そろそろ時間だし貸切の方に行こうぜ」



「はい…」



タオルを持って貸切風呂へ。



脱衣所は当然こじんまりしたものが一つ。





「?あやせ、脱がねえの?」



「ぬ、脱ぎますけど!京介さん先に行ってください!」



「あ、ああ」



彼はそそくさと脱いで、腰にタオルを巻いて早々にお風呂へ。



とりあえず浴衣を脱いで下着姿に。



誰も見てないけれど、もうこの状態で無理!!



パスタオルを胸に巻いて放心状態。











ええい!!女は度胸です!!



一気に下着を脱いで、いざ京介さんがいるお風呂へ!!





扉を開け放つと、オーシャンビューが視界に飛び込んできた。



お風呂は檜でしょうか。いい匂いがします。



「おう、あやせ。ちょー気持ちいいぞ」



「そ、そうですか」



不作法ですが、バスタオルを巻いたまま浴槽へ。



ふわあ……気持ちいい。



「海は見えるし温泉は気持ちいいし…

 最高だ〜」



彼はどこまでも普通のテンションで温泉を満喫していた。



むっ。



これはこれでむかつきますね。



わたしはこんなにドキドキしているのに…





「京介さん、なんでそんな普通なんですか?」



「なんでって」



「わたしがこんな格好なのに」



「いやだって、お前の水着姿の方がよっぽど露出度高かったじゃん」



そうですけど…そうですけど!!



水着とお風呂じゃ全然違うでしょう!!



腹が立ってきました。



ここまでコケにされたら、女が廃るというもの。



わたしは彼の腕に抱き付く。



「うっ!!?」



効いてる効いてる。



やっぱり京介さんも意識するんですね。





「どうしたんのですか?京介さん」



「い、いや!あやせ。む、胸!当たってる!!」



「当ててるんです」



「ちょ!ちょっとやめてくれ」



彼が腕を振りほどこうとする。

そうはさせません。



そんなことをしていたせいでしょうか。

もともと結び目が弱かったのか、私が巻いていたバスタオルがはらり…





「ぶほっっっ!!!







 って、あやせ。乳首ないの?」





「ありますよ!!!!!

 これは水着用のヌーブラをしてるんです!!」



「な、なな」



「な?」





「なんじゃそりゃーーー!!!

 俺の純情を返せよ!!!

 てっきりあやせの胸が見えると思ったのに!!」



「な!!知りませんよそんな純情!!!!」



そんな言い合いをしていたせいで持ち時間の30分はあっという間に終了。

せっかくのオーシャンビューもあんまり見られなかった。





その後も休憩をはさみながら温泉に行ったり、海の幸に舌鼓を打ったりと温泉旅行を満喫。



夕食も終わり、今は部屋に付いている温泉に二人で入っている。



「……またヌーブラしてんの?」



「当然です」



だって恥ずかしいじゃないですか。

裸を彼に見せるなんてできません。



そりゃ、わたしだっていずれは…って思ってますけど。

まだまだ心の準備ができてない。



まだ付き合って1月も経ってないからいいよね?





「この露店風呂からも海が見えるな」



「はい。星空も見えますよ」



「ほんとだ…はあああ、贅沢だ〜」



「くす、そうですね」



温泉に入って海と星空が見える二人っきりの空間。



は!?



もしや、これはキスをするいいシチュエーションでは!?



そう思って彼の傍につつつと近づく。



「お、おい。またか?」



「またってなんですか、またって」



「いや、胸を押し付けんのか?」



「そ、そんなことしませんよ」





「そうしてくれ。我慢するのにも限界があるからな」



「我慢って…」



「そりゃ俺だって男だからな。

あやせと一緒にいるだけでも危ないのに、押し付けられたりしたらもう無理だ」



そっか。



彼もわたしとそういうことしたいと思ってくれていたのか。



いつも飄々としているから気付かなかった。



けど、考えたら当然だ。



好きな人と繋がりたい。



恋人同士だったら望んで当然だ。



そんなことにも気づかない程、自分にいっぱいいっぱいだったことに、改めて自分が子供だったと反省する。





それとともに、彼の優しさに胸が温かくなる。



いつも私を気遣ってくれる彼。

わたしが傷つかないように、わたしが自由にできるように…



そんな彼に、自然とキスがしたくなった。



シチュエーションなんて関係ない。



ドキドキさせたいからとかじゃない。



ただ、自然とこの愛しい人に口づけをしたいと思えた。



「京介さん…」



わたしは少し上を向いて、目を閉じる。



今のわたしではここまでが限界。

ここから先は彼にしてもらいたい。





彼はわたしの意図を察してくれた。



肩に両手を置き、ごくりと喉が鳴る音がした。



永遠にも思える時間。



閉じた瞼に影が差した。



来る。



ちゅ。



触れ合うだけの軽いキス。



キスは何味がするんだっけ?レモンだっけ?



けど味なんてしなかった。





その代わり、彼の熱が伝わった。



熱い。



熱い、熱いキス。



まだ、彼の唇がわたしのにキスしているかのように錯覚する。



唇に触れる。



そこは確かに熱を帯びていた。



これはわたし自身の熱なのか。彼が残していった熱なのか。





どちらでもいい。



彼とわたしの二人の熱だ。

わたしは彼と一つになれた気がした。



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温泉旅行が終わってからも、わたし達は残り少ない夏休みを一緒に過ごした。



あ、温泉旅行ではキス以上のことはありません…でしたよ?





夢だったディズ○ーにも二人っきりで行けたし、縁日にも行った。

機会があればまた話すこともあるかと思います。



勿論、受験生であるわたしは遊び呆けてばかりもいられないので勉強もしていますが、彼と会う時間も欲しかったので勉強会ということで彼と一緒に勉強をしたりしている。



現役大学生に教えて貰えるから、分からない所はその場で解決することができ、とても助かってる。



9月になり、わたしは残り少ない高校生活に戻った。

京介さんはまだ夏休みですけどね。

大学生の夏休みって長いですね。



さすがにこの時期になると、皆が受験に向けてピリピリした空気になる。



わたしも進路が決まった。

後はそれに向けて受験勉強に励むだけだ。





月日はどんどんと流れ、徐々に京介さんに会えない日が増えてきた。

彼に会えない日はとても悲しいし、つらい。



世の遠距離恋愛をしているカップルはどうやってるんでしょう。

わたしなら無理です。



ちゃんと会えたのはクリスマスくらいでしょうか。



その他は少し会って話すか、勉強会ぐらいでまったり彼とデートなんてできなかった。



その悔しさや苛立ちを糧に私に勉強に励んだ。

来年もう1回、こんな切ない時間を過ごしたくはないですからね。



大晦日も一人で勉強していて心がすごく落ち込んだ。

だから2日分のノルマをこなし、正月には彼と初詣に出かけた。

神様にはわたしの志望校合格と、彼の安全を祈願しておいた。

1人で2つもお願いするなんて図々しいかも知れませんが、500円をお賽銭したんだからいいですよね?





正月が終わってからはあっという間だった。

学校も授業がないから家で勉強していたし、センター試験も目前まで迫っていた。



2日間のセンター試験を終えたら次は願書を出さなければならない時期になっていた。



わたしの第1志望は国公立。

だから私立は滑り止め1つと、もし第1志望がダメだった場合に行くそれなりの偏差値のある大学2つを受験した。



手応えとしてはまあまあ。多分受かってるんじゃないかと思います。



その10日後ぐらいには第1志望の大学の受験。

目まぐるしくて大変です。



それらが全部終わったらあとは結果を待つだけ。



私立は2つとも受かっていた。



国公立の合格発表よりも、私立の入学手続きが先にあるから入学金は支払わなければならない。

これってどうにかならないんですかね?

入学しないかもしれないのに入学金を支払うって。



そんなこんなで第1志望の合格発表。

これでだめだったら後期日程を受けなければならない。











結果は合格。



びっくりした。



もちろん、受かるために頑張ったし、それなりに手応えもあった。



けど全然実感がわかない。



受かったらもっと「やった〜〜〜!!!」



ってなるかと思ったけど、案外冷静。



けど、心の内から沸々と喜びが湧いてくる。



受かった。

そう、わたしは4月から大学生になるんだ。



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「よ、あやせ。

 スーツ姿、似合ってるな」



「あ、京介さん。ありがとうございます」



「なんかエロいOLみたいでいいな」



「もう!エロいは余計ですよ!!」



今日は大学の入学式。

わたしもスーツを着て出席した。



まだ慣れないスーツに身を包んだわたし。

これで少しは大人になれたのだろうか。



京介さんには、入学式が終わってデートをするために会場まで車で迎えに来てもらった。





「んじゃ行くか。乗ってくれ」



「は〜い」



何度も乗った彼の助手席。

ここはもうわたしの特等席です。



「結局免許はとらなかったんだな」



「わたしには今のところいりませんから。だって京介さんがいますし」



「俺はアッシーか。

 けど就職のときに普通免許くらいは必要になるぞ?」



「そうなったらそのときにとりますよ」



「でも驚いたよ」



「何がですか?」



「大学。俺と一緒だって知らんかった」



そう。わたしは彼と同じ大学に進学した。





勿論、彼がいるからと言う理由で選んだわけじゃない。

偏差値も高いしネームバリューもある。

だからこの大学を選んだんだけど。



京介さんと同じ大学というのはやっぱりうれしい。

彼とは3歳差だから、中学高校は同じ時期に通うことはない。



やっと京介さんと同じ学校に通うことができる。



まあ、彼は単位もほとんど取り終ってるし、これから教育実習でほとんど学校には来ないんだけど。

それでも彼と同じ大学ということで色々教えて貰ったりできるし、たまには行き帰りが一緒になることもあるだろう。



「学部は法だって?」



「はい」



「なんで法学部にしたんだ?」





「なんとなく…ですかね。

 法律って本当はとても身近にあるものなのに全然知らないから勉強しときたいって気持ちもあったし、

 それに法を整備する官僚にも、法曹界にも入れるし、法務部とかにも就職できそうじゃないですか」



「そっか。いいと思うぞ、法学部。

 きっちりしたあやせには似合ってるよ。

 じゃあ4年間で何になるか決めなきゃな」



「はい」



以前、京介さんが言っていたこと。

大学はやりたいことを見つけて努力する場所。



わたしはこの4年間でみつけることができるだろうか。



「今日はどこに連れてってくれるんですか?」



「内緒だ」



「え〜?」



「とりあえずは昼飯だな。景色のいいところ見つけたからそこに行こうぜ」



「はい!」





先のことなんて分からない。

大学にいる4年間でやりたいことを見つけられないかもしれないし、見つけたとしても実現できるか分からない。

普通に就職することだってありえる。

そういうのを考えると恐怖で足が竦みそうになる。



けど大丈夫。

隣には彼がいる。



いつもわたしを助けてくれた優しい彼。

付き合ってからずっと私を支えてくれた彼。



そんな彼がいれば、わたしはどんなことにだって立ち向かっていける。





困ったときはまた車で迎えに来てもらえばいいんです。







それに

「実はわたし、進路を一つもう決めてあるんです」





「お?そうだったのか。

 んで、何になりたいの?

 検察官?」





「いいえ、













 専業主婦です❤」





終わり